41 正体は分からなくても敵はやってくる
お知らせです!
『第10回アーススターノベル大賞』におきまして、この作品が『銀賞』を受賞しました!
これも、この作品を読み続け、支えて下さったみなさまのお陰です!
本当にありがとうございます!
今後、書籍化へ向けて努力していくことになると思いますので、これからも引き続き応援をよろしくお願いします!
「……捕まえた者からの情報は?」
「残念ながら、トカゲの尻尾まで、としか」
「そう」
王都内で少しウロウロとして……これはナナラブ商会の事業の関係でフォレスター子爵家の王都屋敷と旧ケンブリッジ伯爵邸をどうしても行き来しなければなりませんので、ついでに、ということです。
もちろん護衛の数は見える人数も、隠している人数も増やした上で、ですわ。
そうやって怪しい動きをしている者を誘き寄せて捕らえたのですけれど……。
どうやら敵の正体までは暴けなかったようです。
騎士たちが拷問をした上でのことでしょうから……それでも必要な情報が手に入らないというのであれば、相手もうまくやっているのでしょう。
いくつも間を挟んで、後ろ暗い仕事を引き受ける者たちへ依頼するという形で。
ウェリントンも同じようにやることですから……依頼主が分からない方法はいくつもあるのです。
できれば王都にいるうちに敵が誰なのかははっきりさせておきたかったですわね。
……証人として捕えたとしても、そのことで相手を追及できる訳ではありませんけど。
そのあたりが貴族家同士の争いの難しいところです。
でも、手先となっている者を捕えた、というだけでも相手には圧力をかけられますから。
敵がいるけれどそれが見えていないというのはかなり厄介です。
だからといって、こちらが引きこもってしまうと何もできませんから、本当に面倒な話ですわね。
「各地の視察を取りやめる気はございませんか?」
「ミンスクの代官を引き受けた以上、必ずミンスクには行かなければならないでしょう? 代官の代官を派遣するなどと言い出したら、公女殿下も私を代官にすることを撤回してしまうかもしれないし」
「……やはり、そちらの関係だと奥様はお考えなので?」
「そこは……分からないわね」
今、敵となっている可能性があるとすれば……。
まず、旦那様と公女殿下の婚約破棄で原因となった……カーディフ伯爵家。
はっきり言えば原因は旦那様なのだけれど……その相手のカーディフ伯爵令嬢にも責任はあると言えばあります。
何より、そのカーディフ伯爵領に騎士団を賊として送り込んだのはお義母さまですし……。
タイミングがそうだから、証拠はなくてもあちらはウェリントンが犯人だと確信しているでしょう。当然、恨まれていると考えていいはずです。
次にライスマル子爵家とその寄親であるマンチェストル侯爵家。
また、それに付随して……旦那様とダンスを踊った三人の令嬢たちの家も……。
マンチェストル侯爵家との話は大夜会の時についているのですけれど、あちらが心から納得しているということはありえないので……。
ウェリントン侯爵家というより、私個人への恨みという可能性が高い部分になりますわね。
そして、私がミンスクの代官となる話を受けたことで……その立場になれるはずだった誰か、です。
国王陛下が代官に任命しようとしていた方がいらっしゃるようなのですけれど、それが誰なのかはまだ掴めていませんの。
情報を集めるために王妃陛下を頼ると、その後が怖いですし……公女殿下もそれは同じです。借りを作ってしまうと返さなければなりませんので。
問題は……この敵の動きに、王家がどこまで関わっているのか、ですわ……。
……他にも細かいものはたくさんあるかもしれません。
例えば、大口の顧客を奪ったマクベ商会……ライスマル子爵家の一件で失敗した商会ですわね。当然、恨まれていると考えられます。
また、リバープール侯爵家も可能性があります。愛人にしたいと考えているナルミネ・モザンビーク子爵令嬢を私が保護している形になっていますから。
ものすごーく低い可能性ですけれど、弟のライオネルやお父さま、お母さまだって、私に対して思うところはあるでしょうし。
「想定される敵には全て対応できるようにしておかなければなりませんわね」
「想定外にも、です、奥様」
「……そうね」
一番恐ろしいのは認識の外からの攻撃ですわね。
スチュワートの忠言、心しておきましょう。
「……予定通り、王都を離れます。ケイトも一緒ですもの。護衛は増やせるのでしょう?」
「義理の妹を巻き込むことに躊躇のない奥様はウェリントンを統べる力を既にお持ちだと、家令として誇らしく思います」
「あの子もいずれはウェリントンの名を名乗るのですもの」
私だけが苦労するのはおかしいでしょう?
ケイトにも頑張ってもらいますわ!
では、エカテリーナ、視察へ行きます!
王都を出発して、三日目。
馬車が途中で止まりました。
「……クリステル」
「はい。確認します。タバサ、ユフィ、訓練通りに」
タバサとユフィが静かにうなずきます。
アリーとステラとオルタニア夫人は別の馬車に乗っているので、こちらにはおりません。
訓練通りとは……?
クリステルが馬車を出て、タバサとユフィは座席の下の引き出しから何かを取り出しました。
それは……小さなクロスボウでした。
「……クロスボウ?」
「はい。殺傷力は足りませんが、敵が馬車の中に入ろうとした瞬間、確実に一撃を」
「二人ですから二撃です、お嬢さま」
……まあ、この二人がクロスボウを使う状況になった場合、それはもう負け戦ですけれど。
タバサもユフィも、手際よくボルトを設置していますわ。
いつの間にそんな訓練を積んだのかしら?
「……あなたたち、そんな訓練をしていたのね?」
「はい。お嬢さまを守るためですから」
「エカテリーナ様はこの命に代えても必ずお守りします」
「他にも、ナイフやフォークなんかでも戦う訓練をしておりますので、いつでもお嬢さまをお守りできますよ」
タバサがふんと鼻息荒く、胸を張りました。
……ナイフやフォークで?
頭の中で「?」がいっぱい浮かんできましたわ?
「……ナイフやフォークでは戦えないんじゃないかしら?」
「いえ、エカテリーナ様。食事中に不意をつかれた場合、その場にある物でいかに時間を稼ぐかという点が重要になるとクリス様から教えられました」
クリステル!?
あなた、この子たちに何を教えているの!?
……でも、これが高位貴族に仕えるということでもあるのでしょうね。
身分が高いというだけで、命の価値が変わってくるということ。
だからこそ、高位貴族にはより高い意識と権力への自覚が必要なのです。
権力を濫用するのではなく、忠誠心を持って使える者や領民たちを違った形で守れるように。
……お祖母さまに何度も、そういう話を聞かされたものです。
守られる分だけ、権力で守るという相互契約ですわ。
馬車の扉が開いて、クリステルが顔を見せます。
「タバサ、剣を」
「はい」
タバサが座席の下の引き出しから剣を取り出して、クリステルに渡します。
クリステルは剣を受け取ると、鞘から抜きました。
「奥様、襲撃です。しばらくは馬車の中でお待ち下さい」
クリステルの言葉に、車内が緊張します。
護衛の数は足りていますし、色々と手も打っていますけれど……怖さはあるのです。
タバサとユフィの表情も固くなりました。
「問題ありません。15分か20分もあれば片付きます。ユフィ、内側から鍵を」
クリステルはにこりと微笑み、馬車の扉を閉じました。
……ドレスに抜身の剣なんて、本当にクリステルは騎士なのね。
私にできることはクリステルたち、ウェリントンの騎士を信じることだけです。
クリステルたちは私やケイトを守るために全力を尽くすでしょうから。




