37 断れないのなら、引き受けて利益に変えましょう!
「……あなた、また肌が綺麗になっているようね……?」
「お義母さま。私を呼び出したのはお肌の話でしたか……?」
見るだけでなく、実際に私の腕に触れて肌触りを確認するお義母さま。
そんなに真剣な目で確認する必要、ないでしょうに……。
「違います。ミンスクの代官の話です」
「ええ、頂いた手紙ではそうでしたわ」
「公女殿下の来訪での報告は読んでいたけれど……。まさか本当にそういう動きになるとはね……。ああ、もうしばらくしたら王都での社交も終わるし、私も領地に戻る前にサンハイムへ行きたいわ。山荘を借りてもいいかしら?」
「もちろんですわ、お義母さま。ご自由にお使い下さいませ」
お義母さまにウェリントン侯爵家の王都屋敷に呼び出されて、いきなり温泉の話ですわ。
……そんなに肌が綺麗になっているのかしらね? 自分ではよく分からないところなのだけれど。
お義母さまなら、新館の方を使って頂いても問題ありません。
そうすると……本当に、ステラが言うようなラホース式大浴場ブームが起こる可能性もあります。何といってもお義母さまですから。
ウェリントンの財力なら、王都の屋敷の改装など問題ありませんし……。
温泉については無理ですけれど。湯を沸かしての大浴場ですわね。とても贅沢ですこと。
まあ、温泉の話は本題ではありません。
私と一緒に王都へと戻ったケイトは、既に教師陣によって連れて行かれてしまいました。
頑張ってね、ケイト。しっかり学んで役立つ人になるのよ……?
冬の大半は過ぎましたから、王都もずいぶんと寒さがマシになっているようです。
サンハイムの山荘は温泉が温かいだけで、気温は王都よりも低いのです。あちらの気候に馴染んでいたので、王都の寒さはずいぶんと優しく感じます。
その分、お義母さまから受ける扱いは冷たく感じるのかもしれません……。
「……王妃陛下からあなたに対して、ミンスクの代官を務めないかと打診が入りました。あなたへの打診だけれど、これはウェリントンへの打診でもあります。代官なんて、本来なら女性に対して打診するような役ではないけれど……。それまでの事情は把握しているかしら?」
「いいえ、存じません。公女殿下がサンハイムの山荘までいらっしゃったので、その場でいきなり提案されたということくらいです」
私としては、突然、公女殿下がそういう提案をしてきたことに驚いたのですけれど。
王妃陛下に私と仲良くするように命じられた公女殿下としては、なかなかの奇策を思いついたのではないでしょうか。
公女殿下とウェリントンの関係改善にもつながる一手ですから。
「……国王陛下は誰か、代官として送り込みたい方がいらっしゃったようなの」
「そうでしたか。どなたに?」
「誰かは分からないわ……。ただ、公女殿下が王妃陛下と話し合って、それを止めたようね」
「あのお二方が、ですか?」
「そう。それに、貴女が流した噂の影響もあったでしょうね。まったく……サンハイムにいても好き放題にするのだから……」
やるべきことをやらなければお義母さまは私の評価を下げてしまうではないですか……。
それにしても……国王陛下は私ではなく、他の誰かを代官にしたかった?
もちろん、男性に、ということでしょう。
そうすると、王妃陛下からの『打診』という形になっているのは、そのせいでしょうね。
私が断る可能性を残すことで、国王陛下の希望を叶える余地を残す。
だから、『打診』にした、と。
……王妃陛下が、私に断ってほしいと思っていたかどうかは、判断が難しいところです。
ウェリントン侯爵家とリーゼンバーグス公爵家の和解に繋がる話ですから、国王陛下であったとしても簡単に横槍は入れられません。もちろん、それは王妃陛下も同じ。
でも、そういう国王陛下の動きが水面下であったのなら、前もって噂を流して正解でしたわ。私以外の誰かだと、ウェリントンとの和解という形には見えないでしょうから。
それにしても、王妃陛下と公女殿下……あのお二方が結託している……!?
いえ。
あくまでも話し合っただけなら、それぞれの目的は別、ということもあり得ますわ。
狙いは別でも、やるべきことは同じ、という可能性はあります。
「……女性の領主の地を男性に任せる形が嫌だった、という話は入っているわ。王妃陛下としては女性の立場を高めたいのでしょう」
「そのあたりが絡んでの『打診』ですか……」
基本的に女性は領主になれません。
この国では王家の関係のみ、女性が領主になることもあります。歴史上、女性領主がいなかった訳ではありませんけれど、現在は法の定めによって女性で領主となれるのは王族のみです。
例えば、公女殿下のように王位継承権を有しているのなら、領地くらい治められなくてはなりませんから。
今の公女殿下は、ウェリントンから婚約破棄の賠償として手に入れたミンスクの港の領主ということになりますわね。
王妃陛下は権力欲が強めですから、分かる気がします。
もしかすると、女性が領主となる道を拓きたいのかもしれません。今の王国法では男性で長子という厳しい制限がありますから。
でも、公女殿下はそこまで権力志向ではないと感じましたけれど……。
あの方が、女性の地位向上などと、前向きに取り組むようには思えませんわ。
ああ、だから……私を代官にして、利益の一部を受け取る形がいいのかしら?
……公女殿下にうまく使われた気がしますわね?
女性の地位向上といっても、私や公女殿下が全てを動かすようなことは不可能です。
トップとして決定権を握ることはできても、それを実際に動かすのは男性になりますから。
「……実際には男性にやらせるというのに?」
「そもそも、やりたがる女性は少ないでしょう」
「それはそうかもしれませんけれど、いない訳ではないですわ、お義母さま」
私やお義母さまのように。
旦那様のサポートという立場を超えて、積極的に経営に参加することもあるのです。
「……エカテリーナ。貴女、形だけの代官になるつもり?」
「まさか。私なりにウェリントンのために動きたく思います」
これは、言っておかなければなりません。
そうでないとお義母さまは断るように言いかねないですから。
身内だからか、お義母さまが見せつけるように、はぁ、とため息をつきました。
「……ウェリントンとしては、公女殿下との和解という意味でも、実質的にミンスクを渡さずに済むという意味でも、貴女に受け入れて欲しいと考えているわ」
「ええ、そうするつもりです」
「でも、あなたは自分の利益をしっかりと手にするつもりでしょう?」
「ウェリントンの海の宝石が……安く見られるなんて許してよいのですか?」
「よくないわよ。だから、しっかりおやりなさい、エカテリーナ」
お義母さまの言質は頂きました。
私、ミンスクの代官として色々と稼ごうと思いますわ!
ただ……国王陛下の希望を潰した形になっていることについては気にした方がいいかもしれません。
見えない敵を作ってしまったかもしれないので……。




