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やっとお帰りになったと思ったら



 本館で持て成し続けた公女殿下はようやく王都へとお帰りになりました。


 やっと……やっとですわ!

 本当に……ほんっとうに……長かったのです……。


 正しくは持て成し続けたではなく、持て余し続けた、でしょうけれど。


 サンハイムの山荘にいたウェリントンの誰にとっても、ですわね。


 雪というものはなかなか、厄介ですわ。

 王都へと帰って欲しい方がなかなか帰れないのですから。


 別館である新館に私は遠慮して控えさせて頂きました。謙虚な姿勢で、自ら喜んで別館に、ですわ。

 ええ、ええ。本館は大切なお客様のためにしっかりと、楽に過ごせるような空間にしなければなりませんものね。

 公女殿下に気を遣わせるなど、あってはなりませんわ!


 もちろん、日中には本館の公女殿下のところへとわざわざ挨拶伺いもしましたわ。

 それはもう、何度も、何度も……何度も、ですわ。別館に近づかせないように。


 絶対に新館の大浴場には気づかせたくありませんでしたので、公女殿下とその関係者を本館にとどめておく必要がありましたから。


 あの方、おそらくですけれど……ラホース式でエカテリーナ風味の寝湯もつけ加えられた大浴場を見つけたら、裸のお付き合いを強要したでしょうし。

 大して仲良くもないのに裸のお付き合いとか、距離感がおかしいと思うのですけれど……あの公女殿下ならやりかねません。

 仲良くなるためには全てを晒すべきだわ、とか……すごく言いそうですわ……。


 本館の猫足バスでも温泉は楽しめますから、公女殿下は大浴場のことには気づかぬまま、温泉に満足してお帰りになりました。

 みんなで見送りましたけれど、心からの笑顔で送り出しましたわ!


 私の侍女たちも……もちろんそのトップであるオルタニア夫人も……新館の大浴場の素晴らしさには感動しております。

 私が使う時には遠慮してしまいますけれど、私が使わない時には自由に入ってよいと伝えておりますから……毎日、楽しんでもらえているようですわ。


 特に女湯は猫足バスとは違って残り湯などではなく、源泉かけ流しの綺麗な湯ですので満足度はとても高かったようです。


 侍女も、騎士も、使用人のみなさんも……微妙な上下関係によって猫足バスだと残り湯を使う者も出てしまいますからね。

 王都でお風呂の準備をするよりは楽だとはいえ、サンハイムの山荘でも猫足バスのお湯を入れ替えるには作業が必要ですもの。


 侍女だけでなく、使用人たちも同じですわ。

 むしろ公女殿下の滞在中は本館での仕事と新館での仕事を交代しながら使用人のみなさんは働いておりましたもの。

 できるだけ公平にこの山荘のみなさんが新館の大浴場を利用できるように。


 知らぬは公女殿下御一行ばかりなり、と。

 本館を公女殿下に譲っている慎ましい夫人だなんて、公女殿下の侍女たちにはなかなかの評判でしたとか。

 お屋敷の大きさは本館の方がはるかに大きいですものね。そちらを譲っていたのですから当然とも言えます。


 もちろん、雪の中、大変だろうとは思いましたけれど……護衛の騎士の中から伝令は送りました。王都へ。

 公女殿下がこちらに滞在しているうちに、ウェリントンのお義母さまにはいろいろと知らせておくべきですから。


 ……公女殿下のご滞在を最も許せないのは伝令役となった騎士ではないかしらね?


 せっかくの休暇的な何かが雪中行軍へと変更になってしまって、騎士の方には本当に申し訳ないとは思います。

 でも、それもこれもウェリントン侯爵家のため。

 そして、公女殿下のせい。


 私は悪くありませんわ、たぶん。そう思いたい……。


 今頃、伝令の騎士から話を聞いたお義母さまは私がミンスクの代官になることについて検討していらっしゃることでしょう。

 そして、最終的にはその落としどころを受け入れるはずですわ。

 オルタニア夫人の見立ても私と同じです。


 取られたはずのミンスクが……半分以上取り戻せるようなもの。


 ウェリントンとしては明らかに損害を抑えられる一手になりますわ。

 私個人にも利益はありますし、王妃陛下を通されてしまえばどうせ断ることはできません。


 お金が稼げるのなら……まあ、私としても問題なく受け入れられる話ですわ。


 ……どこまでが公女殿下のお考えで、また、どこまでが王妃陛下のお考えなのか、気にならない訳ではありませんけれど。


 考えても分からないことは分からないものですわ。

 可能性だけは追及して、対策を講じておくべきだと思います。


 今はとにかく……やっと公女殿下がお帰りになったので、今度こそ温泉三昧でのんびりと過ごすことができそうです。

 ドクズな旦那様のお顔を拝見しなくてもよい環境にはるばる王都からやってきたというのに、公女殿下によって平穏は奪われていましたから……。


 ……そんなことを考えたのが失敗だったのかもしれません。もしや、公女殿下の呪いなのでは?


「奥様。先触れがございました」

「え? ……えぇ?」


 私はつい、我慢できずに顔を歪めてしまいました。

 ようやく、のんびりできると思ったところでしたので……。


「奥様……公女殿下のご滞在でお疲れでしたから、そのお気持ちは理解できますけれど、どうかお顔に出されませんように……」


 やっとあの公女殿下が帰ったと思ったら!?

 今度はいったい誰ですの!?


「ロマネスク伯爵令嬢から、明後日にはこちらに到着すると」

「……あら。意外な方ね。まさかケイトがここに来るとは……」

「ウェリントンの夜会での様子を見る限り、奥様を慕っておいででしたから」


 サラスケイト・ロマネスク伯爵令嬢は、ドクズな旦那様の弟であるロベルティアーノ・ウェリントン侯爵令息の婚約者ですわ。

 私にとっては義妹と言うべきかもしれません。


 お義母さまによる厳しい教育を共に受けた仲ではあります。私はそうする必要があったので短期間で終えましたけれど。


 でも、ケイトが私を慕っているというのは……オルタニア夫人の勘違いではないかしらね……?


 でも……そうね。

 ケイトがここに来るのであれば……大浴場の素晴らしさを伝えなければならないでしょう。


 あの子はまだデビュタントを終えていませんけれど、若くてもよりよい肌を目指すべきですわ。


 これは裸のお付き合いを実践しなければ……うふふ。

 実質的には護衛であるクリステルはもちろん、他の侍女たちも私と一緒に入浴はして下さいませんからね。


 その点、ケイトであれば私と一緒に入浴しても問題ない立場です。


 きっと寝湯で髪を洗ってもらう気持ち良さをケイトにも理解してもらえるはずですわ!


 やってくるのがケイトだと知って、私は少し前向きな気持ちなるのでした。






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