32 義妹が義母の課題を持ってやってきた
「リーナお義姉さま。突然の訪問をお許し頂き、ありがとうございます」
「よく来てくれました、ケイト。どうか、こちらでゆっくりなさって」
サラスケイト・ロマネスク伯爵令嬢を迎えて、席に招きます。
流石に、遠方からの到着後すぐ大浴場へ導く訳にもいきません。まずはお茶会です。
「そちらに」
「はい、お義姉さま」
ケイトは来年の大夜会がデビュタントとなります。
既にウェリントンの夜会には参加しているため、ドクズな旦那様の弟の婚約者としてのお披露目は済んでいますわ。
甘さ控えめのクッキーを私がひと口、食べてから、ケイトにも勧めます。その間にタバサが紅茶を淹れてくれました。
……義理の妹になる令嬢を相手に、いきなりお好み焼きを用意したりはしませんわ。あれは公女殿下への持て成しであると同時に嫌がらせでもありましたから。
ここの温泉を楽しむうちに、いずれはお好み焼きも食べるでしょうけれど……。
「それで……突然だったけれど、何かあったのかしら?」
「その……お義母さまが……」
ほんの少し表情を曇らせながら、ケイトはお義母さまと言い出しました。
「ブラスガーの村を発展させる方法を検討するように、という課題を……それで色々と考えてみたのですけれど、何度提案しても合格を頂けずに困ってしまって……」
「ブラスガーの村、ね」
どうやらケイトはお義母さまからの課題をクリアできずに困っているようですわ。
私がお義母さまからの課題を受けずに済むように、全力で反抗した結果……私に課題を出せなくなった分までケイトが背負ってしまっているのかもしれません。
……義理の娘を鍛えようという愛情のひとつではありますけれど、お義母さまはかなり厳しい方ですから。
ブラスガーの村というのはというのはとても小さな村ですわね。小さいからといって重要度が低いとまでは言えません。
ウェリントン侯爵領の中央部に位置するブラスガーの村は、鉄鉱山がある鉱山町ウェデヴォへの街道の最後の村ですわ。鉄鉱石の輸送における宿場町のひとつです。
発展させられなくても特に問題がないから、教材としてケイトに与えたのでしょう。
それにしても……何度提案してもダメだったというのは……。
「ケイトはどのような提案をしたのかしら?」
「まずはライ麦の増産を提案しましたの」
「ライ麦……どういう方法で?」
「開拓です。あそこは宿場町ですから、周囲の土地は余っていますし……」
ある程度の水源を確保できれば開拓によってライ麦の増産は可能かもしれませんけれど……あの近くでは麦のための水の確保も難しいかもしれません。
井戸をそんなにたくさん掘るというのもどうかと思いますし……。
「農業用水の確保についても合わせて提案してみたのかしら?」
「え?」
あら。
この様子では畑を増やしましょうって感じの提案をしたのでしょうね。それは流石にお義母さまも合格をあげられないと思いますわ。
ケイトは本当にお嬢様らしいお嬢様ですからね。
農業と水という基本的な部分すら、考えから抜け落ちてしまうのかもしれません。
「例えばため池……貯水池を用意した上での開拓や開墾なら、お義母さまも合格を下さったかもしれないわね」
「お義姉さまのおっしゃる農業用水が……貯水池なんですの?」
「他にも灌漑用水路とか、色々な方法はあるわ」
ただ、根本的な問題として……ウェリントン侯爵領ではライ麦をそこまで必要としていないでしょうから。
ライ麦にこだわって提案するのであれば、その先も考えなければならないかもしれません。
例えば……酒造。ライ麦を原料とするのなら、ウイスキーかしら?
まあ、お酒もまだ飲み慣れていないでしょうし、そういう発想にはなりませんわね、ケイトなら。
それでも結局は水の確保の問題が残りそうですわね。
「他の提案は?」
「ええ、その……ライ麦では合格を頂けませんでしたから、観光ではどうかと思ったのです」
「観光……」
「ブラスガーの村は宿場町ですから宿はありますもの」
……ブラスガーの村の周辺で観光とは?
鉱山の見学とか、かしら? それって社会見学なのでは?
もちろんケイトの言う通り、宿場町だから宿はありますわ。
それはでも……王都や避暑地の高級ホテルのような宿ではなく、輸送を担当する者が寝るための木賃宿というか……。
「観光というからには、どこか観るべきところがあるのよね?」
「ええと、それは……湖とか? チェスター湖のような? 舟遊びも楽しいですし」
「……ブラスガーの村の近くに湖はないわよ?」
「そうなのですか?」
「……ケイト」
「はい、お義姉さま」
返事はとても素直です。
元々は同格の伯爵令嬢ですし、私の方が年上ということもあって慕ってくれています。
でも、もっとお勉強を頑張って!?
「まず、ブラスガーの村についてもっと調べてから考えましょうね?」
「まあ! どうやって調べましょうか?」
「ここでは課題を忘れてゆっくりしなさい。せっかく温泉のあるところまで来たのだから」
サンハイムの山荘には地理書なんてないですわ……。
一応、書斎もありますけれど、小説や戯曲などの物語がほとんどです。のんびりと過ごすための場所ですもの。新館の方には書斎すら用意しておりませんし。
でも……ケイトを巻き込んでしまえば、王都に帰らずそのまま侯爵領を目指すという手もあるかもしれませんわね。
さっきケイトが口にしたウェリントン侯爵領のチェスター湖には私の別荘もありますし。
この季節だと凍っているでしょうから、舟遊びはできませんわね。
いっそ、ケイトと一緒にブラスガーの村を見てみるというのも面白いかもしれません。
ケイトの勉強に協力するというのは素敵な言い訳になりそうです。
とりあえずラホース式の大浴場でしっかりとケイトを満足させてから、ですわ!




