30 どうやらミンスクの代官を探しているらしい
「私に何かできることなどございませんわ」
「それは嘘ね。あの侯爵夫人の教育を受けた上で認められてウェリントンに嫁いだ貴女だもの。貴女にどれほどの期待がかかっているのかは、簡単に想像できるわ」
公女殿下が……私を誉めるような発言をしてくるのはなぜかしら?
背筋が寒くなるのですけれど? ちっとも喜べませんわ!
「そうね……例えばだけれど……」
そう切り出した公女殿下に対して、話の続きを促すように私は小さくうなずいてみせる。
「……私のものとなる30年間、港の関税を今の半分にしてしまうなんて、どう?」
「港の関税を今の半分ですか?」
「そうよ。これ、どうかしら? ウェリントンにしてみれば困るのではなくて?」
……困る可能性はゼロではないでしょう。
でも、無駄ですわね。教えませんけれど。
確かに他のウェリントンの港よりも関税が安くなるのなら……多くの船がミンスクに寄港するようになるかもしれませんわ。
でも、だからどうなの、という話です。
ミンスクの周囲は完全にウェリントンに囲まれている、公女殿下にとってはいわば飛び地となっている領地です。それも敵地の中に、ですわ。
ミンスクは元々ウェリントンの一部なのですから。
だから……公女殿下が関税を下げた分だけ、陸路の関所で通行税をかければよいのです。
そうするだけで……結局ミンスクを利用する商人たちは今までと同じ税を取られることになります。
その結果は……ミンスクという港町の中だけで商売する者たちのみ、下げられた関税の恩恵を受けることになります。そうたくさんはいないでしょう。
それ以外の……ミンスクで荷を下ろして、そこから王都など他の内陸の都市へと運ぶつもりの者にとっては今までとほとんど何も変わりません。
ウェリントンにしてみれば、どうせ、ミンスクが公女殿下の手に渡る30年間は関所が必要になりますし。
海運業の商人たちにしてみれば、それなら別にミンスクの港をわざわざ利用する必要もないのです。
陸路で届けたい最終地点に最も近い港を利用するだけでしょうから。
ミンスクの発展には寄与する可能性がありますけれど、それもそこまで大きくはないでしょう。
もちろん大きく発展したとしても何も問題はありません。公女殿下が発展させて下さるのなら、30年後にありがたくその恩恵を丸ごと受け取るだけですわ。
……30年間その恩恵を受け続けた、ミンスクの町だけで商売をしていた者たちはウェリントンに返還された後に不満を感じるかもしれませんけれど。
そういう者はミンスクの港の関税がいくらになったとしてもミンスクの港を利用せざるを得ませんから、領主としては少し不満に思う者が増える程度で大した問題ではないと考えられます。
為政者に不満を持っている者など、元々どこにでもいるのです。
そして、関税を下げた結果として……。
公女殿下ご自身の収入は減る可能性もあります。
まあ、関税を下げた分以上に、ミンスクが大きく発展すればどうなるかは分かりませんけれど。
少なくとも関税引き下げによるミンスクの発展が目に見えるまでは、公女殿下の収入は想定よりも少なくなるでしょう。
その期間がどのくらいになるか、という話ですわ。
逆にウェリントンとしては……公女殿下の手に渡るはずだったミンスクの港の関税の半分を陸路に設置した関所で得られるのです。
渡したはずの、失くしたはずの関税が関所で手に入るのですから……やりたければどうぞご勝手に、という話でしょう。
むしろ……ウェリントンが対抗して陸路の関所の通行税を他の港の関税よりも高くなるようにしてしまえば……。
ミンスクの発展は大きく阻害されることになるでしょう。
……いずれウェリントンの手に戻るミンスクをはっきりと衰退させるのは悪手なので匙加減が難しい部分ですわね。
「うふふ。これ、なかなかいい案ではなくて? ミンスクの町が今よりもきっと発展するわ」
「実に素晴らしいことですわ。公女殿下には為政者としての才覚がおありになるようです」
「あら、そう? 無表情でそんなことを言われても困るわ」
「30年間は公女殿下の支配下となります。何をしようと公女殿下の思いのままに」
私がそう言って軽く頭を下げると、公女殿下は嫌そうな顔になりました。
「……貴女、私が関税を引き下げた場合の対策を既に思いついているわね?」
「いいえ、公女殿下。私には政治は難しくて無理ですわ」
「それも嘘ね。はあ。手強い人……」
ふん、と鼻を鳴らして不機嫌そうな顔で公女殿下は私を見つめてきます。上位者にそんな顔を向けられると緊張するので嫌ですわ。
「……まあ、一応聞くけれど……貴女ならやるかしら? 関税を半分に?」
「さあ、私には考えつかないことでしたので何とも申し上げられません」
「それなら、貴女だったらミンスクを手にして何をするの?」
「私ですか?」
「ええ。今の私のように、30年間、ミンスクを手にしたとして」
……全てをはぐらかすというのも、公女殿下との関係性を完全に崩してしまうかもしれません。
何という加減の難しい話なのでしょうか。
だから公女殿下を相手にしたくなかったというのに。
王妃陛下は公女殿下に課題を出しつつ、私にも課題を出してらっしゃるのかもしれませんわね……。
お義母さまからの課題からようやく逃げられたというのに……はぁ。
まあ、もし私だったらという話なら、アイデアはいくつもあります。
そのアイデアは私の宝ですから、それを教えるつもりはないとしても……。
「……私ならば、今のまま、特に、何も」
最低でもこれだけは絶対的なラインですわね。
「特に何も?」
「ええ。何もしませんわ。関税もその他のことも、今まで通りに」
「……私が関税を半分にするのが嫌だから? そういう話かしら?」
公女殿下はどうやら……私が関税引き下げを止めさせようとしていると感じたらしいですわね。
ミンスクの関税率など本当にどうでもいいのですけれど。
「公女殿下は公女殿下の思いのままになさったらよろしいか、と。ミンスクの30年間は全て……公女殿下のための時間でございますもの」
「……そう」
そこで公女殿下はにやりと笑いました。
「やっぱり貴女は面白いわね。貴女しかいないわ、今の立場もそれにふさわしい」
「……何の話でしょうか?」
「ねえ、エカテリーナ……貴女には、ぜひともミンスクの代官になって欲しいの。私の代わりに、よ?」
……いきなり、とんでもないことを言い出しやがりましたわ!?
ウェリントンから慰謝料のひとつとしてもぎ取ったミンスクを!?
ウェリントンの一員たる私の手に預けるとはいったいどういう考え方をしてやがりますの!?
「貴女が代官になるのなら、実質的にはミンスクもウェリントンの手にあるまま、ということ。貴女はウェリントンの跡継ぎに嫁いだフォレスター子爵夫人なのだもの。まあ、ミンスクからの収入の一部は私のものになるとしても、ウェリントンにとってもそこまで悪い話ではないはずよ」
ふさわしいって、そういうこと……?
私がウェリントンの人間だからこそ、奪ったはずのミンスクを委ねる意味がある、という……?
なんて大胆な……奇策を打つのでしょうか……。
「それに王妃陛下にも、私と貴女の関係が良好であると思ってもらえるわね。何といっても私の代官を務めるのですもの」
「……その話は、ミンスクを手放してまで実現させなければならないものでもないのでは?」
公女殿下は少なくとも……ウェリントンとの関係を今の状態のままで続けていくことは避けたいと考えているのは理解できました。
王妃陛下に求められている私との関係だけでなく、国内で最大の財力を持つウェリントン侯爵家と敵対し続けることの難しさを解消する一手としては……アリかもしれません。
……私にとってはやや面倒な仕事ではありますけれども!?
代官となった場合、私は30年後のために手を抜く訳にはいきませんわ!?
面白そうですし、手持ちの資金を増やせる可能性もありますから悪い提案ではないというのが……ずいぶんと嫌らしい手ですわね。
「私がミンスクに直接乗り込むとしても、もしくは貴女ではない誰かに代官を任せるとしても……ミンスクでウェリントンの人材をそのまま流用すれば、彼らはどうにかして私腹を肥やそうとする可能性があるわ。だからといって別のところから引っ張ることができる人材には限りがある。無理よ。でも、貴女が代官になればそうはいかない。ウェリントン本家と直接つながる貴女を相手にして、不正に手を染めるのは、流石にねぇ?」
公女殿下は……税収の一部とはいえミンスクから手に入るかなり高額の金銭を手にすることができるはずです。
全てを誰かに……この場合は私に、押し付けることで。
自分で領地を経営することにそこまで興味がないのであれば……公女殿下にとってはうまい話ということになるのでしょう。
私のメリットは……うん。あると言えばありますし、ないと言えばないですわね。
代官として私もかなり高額になると予想できる収入が手に入るでしょう。
あとは、私がやりたいようにミンスクを扱えるという点くらいかしら。公女殿下にそういう約束をして頂く必要はありますれけど。
それも……ウェリントンには口出しできない状況で、私がミンスクを自由にできますわね。そこはとても面白そうではあります。
報告は必要になるとしても、公女殿下の代官である限りお義母さまにも口出しはできませんわ。
私個人の収入を増やすため、という視点でなら……先ほどの関税の引き下げについても考慮に値しますし……。というか、私が代官ならミンスクの関税を引き下げた上で関所の通行税も準備しますわ。
ウェリントンに連なる者……というか、ウェリントンの中核を担う次期侯爵夫人としては、これは受けるべき話だと思います。
公女殿下のお言葉が本気なのであれば。
まあ、せっかく手にしたミンスクという優良物件ですもの。
公女殿下は本気ではない可能性の方が――。
「あまりお戯れを口になさらぬ方がよろしいのでは?」
「ふざけてなんていないわ。だって……」
そこで公女殿下は、このお茶会の中で一番、不機嫌そうな顔になりました。
「……どうせ私、政略で国外に出されるもの。ミンスクをずっと見ていられる訳ではなくてよ?」
――本気ではない可能性の方が高いはずなのに、その可能性が一瞬で消えてなくなりましたわ!?
国外に!?
政略で嫁ぐというのなら!?
ミンスクの代官とわざわざやり取りするよりも誰かに任せて金だけむしり取った方がどう考えても楽チンですわ!?
知りたくもない国家の外交政策を!?
こんなところであっさり漏らすなんて!?
お転婆すぎる公女がいますわ!? こんなところに!?
「……依頼は王妃陛下を通じてウェリントン侯爵家に届けるつもり。ミンスクの代官は貴女に受けてもらえると嬉しいわ」
王妃陛下を、なんて。
本当に、公女殿下は本気のようですわ……。
まあ、条件次第ではありますけれど……ミンスクに関する数字面をスチュワートに調べてもらっておかなければ……。
ウェリントンとしても悪くない落としどころと言えるかもしれません。




