◇修羅場の予感◇
「こりゃ酷いや」
あらためてニルスの部屋を見ると、その惨状に俺は呻いた。
カーテンは引きちぎられ、壁には穴が開き、ありとあらゆるものが投げつけられて壊れて、床に転がっていた。
「あーあ、これもあれも、お高いものっぽいのに」
俺は足元に転がっている、割れた壺を拾い上げた。
花瓶のなれの果てのようだ。
ニルスの癇癪のとばっちりを恐れて、ここには使用人の誰もが近づかない。
この部屋の主人であるニルスは俺をここに閉じ込めたまま、今は眠っている。
出ていきたいのだが、扉には何か魔法がかけられているようで押しても引いてもビクともしない。
契約奴隷という形態をとっているので、この部屋の片づけは契約外だ。
もし、俺にこの部屋の片づけを命じたならば、シュタイン子爵は俺に相応の対価を払わねばならない。
が、俺が自主的にここを片づけたならば、シュタイン子爵は俺にその分を支払わなくてもよい。
奴隷法の抜け道というか、穴というか、釈然としないものがあるが、どうにもこれを俺はそのままに出来なかった。
せめて床を見えるようにしたい・・・。
インベントリにゴミを収納する。いわば塵取りがわりというか、掃除機がわりというか。
そしてそれを亜空間に放出する。
部屋の中のゴミはなくなった。
すっきり♪
俺は気が付いていなかった。ニルスが目を開けて一部始終を見ていたことに。
亜空間への扉を開いたついでにレオの様子を見に行くことにする。
ニルスは暴れ疲れて寝てしまったようだし、一緒に部屋に閉じ込められた俺には当面やることがない。
もう一度だけ、ニルスが寝ているかどうかを確認してから、俺は亜空間に足を踏み入れた。
亜空間の中は、どこか懐かしいような夕方のような日差しが、太陽もないのに空間を満たしている。
ここはいつも夏の夕暮れのような明るさだ。
アジャールの草原を少し歩くと記憶の中のウィルの家を俺の記憶から再現した家が建っている。
玄関のドアを開けて家の中に入り、二階へとあがる。
廊下のつきあたりの左側、そこがレオの部屋だ。
彼はすっかりと目覚めていた。
「調子はどう?」
「・・・ここは?」
「亜空間…らしいよ。そこにアジャールのウィルの家を元にイメージで家を作ったの。だからここは、アジャールでもないし、本物のウィルの家でもない。」
窓を開ける。レオの部屋からの眺めは見たことがなかったので、多分本物とは違うように見えるはずだ。
ここは俺の記憶の中の家なのだから。
「どのへんまで覚えている?」
「蜂に襲われた・・・それから記憶がない」
「じゃ、それからの話をするね」
俺は軽く深呼吸をする。心を落ち着けて、なるたけ平坦に聞こえるように。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・じゃ、俺を助けるために。奴隷に。。。」
レオは俺の方を見て申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「…なんていうか。すまない。王都に行って、すぐに君を解放するために動く」
すぐにでも飛び出していきそうなレオの腕を掴んであわてて言う。
「それより、ウィルが、アジャールのみんなが・・・大変なことになっているらしい。そちらの方、お願いできるかな」
俺は例のダンジョンでトーマスが言っていた、『砦が孤立しているらしい』というニュースをレオにした。
「砦が孤立・・・」
レオの顔色が一気に悪くなった。
「平原に魔物があふれたと?それは、リスボレイからの・・・一件と繋がっていたということか…」
ステルスイケメンのエド・コスナーやレオの友人のカミルやバートンが無事に王都まで逃げ伸びていたのなら、リスボレイでの一件は王都へ情報として伝わったはず。
当然、調査隊やら討伐隊など王都からの派兵が間に合っていれば、アジャール砦が孤立するような事にならなかったはず。
いや、王都からの派兵が間に合ったとしても、それを上回るような魔獣暴走が起きたと言う可能性もなきにしもあらずだ。
リスボレイの一件では暗躍する謎の軍隊も動いているを見た。
そして、レオの事は助けてくれたが、どうもあの商人さんは敵方陣営の人のようだ。
どうもきなくさい。
それゆえにアジャールでお世話になった人の安否が焦燥をもって気にかかる。
「レオ、わたしの奴隷解放よりも、むしろ砦の方を優先してほしい。」
「・・・そういうわけにはいかないだろう?お前に何かあったら・・・兄さんに顔向けが出来ない」
つかんだ両手をふりほどいて、逆にレオに両肩を捕まれた。
「それに・・・俺が安心できないんだよ。どんな奴に買われたんだ?まさか無体な仕打ちをされてはいないだろうな?」
一切のこまかしは聞かないぞという表情で顔を覗き込まれた。
「兄さん以外に、お前を自由にできる奴がいるとか考えただけで・・・おかしくなりそうだ。」
ウィルに似た顔で覗き込まれ、心臓がはねる。
「自由にって・・・」
それは、性的に自由にされてるのか?という問いなんだろうが、あけすけすぎて恥ずかしくなる。
「契約奴隷として買われたんだよ。貴族の子どものお守りとして」
性的奉仕は契約外なので俺は拒否できる。
しかも2年で奴隷としての契約は満了する。
「本当なんだろうな?」
レオに厳しい調子で問われ、頷く。両肩を痛いほどの力で掴まれていたのが、はずされ、レオのその腕は俺の背にまわされた。
ええ?と思うまもなく抱きしめられていることに気がつき、慌てた。
「レオ、そういう方面の危険はないから・・・あの、離して?」
「お願いだ。ちょっとの間、このままで・・・」
レオのかすれた声が耳元で聞こえた。
レオの頬と俺の額がくっつき、額にレオのやわらかな髪を感じる。
ウィルより少しだけ明るい色の髪が目の前にある。
それが動いたと思ったら、リップ音がして、頬にキスをされたと気がつく。
「ありがとう。そしてごめん、俺を助けるために・・・奴隷落ちまでさせてしまってすまない。」
ふかいため息をつきつつレオが言った。いっそのことかなり艶めかしい声の響きだった。
心臓がうるさいくらいに脈を打つ。
まったく、ウィルに似すぎているんだよ、レオは!
だから勘違いしそうになってしまう。
その時、冷え冷えとした声が抱き合ったままの俺達にかけられた。
「そいつは誰だ?」
誰何する声に俺は驚いて振り返った。
ニルスだ。
ニルスが青い顔をして俺達を睨んでいた。




