◇あ々…無情◇
「うん。クリーミィでもったりとしたお味」
倒れた魔獣の切り口の肉を切り取って、マリィとリリィが味見した。
よく食えれるな。
そう思っていたが俺も口の中に無理やり押し込まれた。
――甘エビのような味だった。うんいける。
いけるけど、こんなことしてる場合じゃない。
なんとかアジャールへ行く方法はないだろうか。
俺が考えている間にも、縄梯子のようなものを調達してきた、レンブラント達、シュタイン家私設騎士団が降りてきた。
降りる時はのぼり棒とか蔦を利用してきたらしい。
「これ、Cランク相当じゃないですか・・・」
開口一番、レンブラントは呆れたように言った。
倒したのは兎耳の幼女なんですけど?
あははとは乾いた笑いを浮かべるトーマス達。
俺達、というかリュリュが倒したのはトリプルヘッドミルワームというCランク相当の魔獣だった。
甘エビのような味がする高級素材だ。
「さ、ニルス様、迎えにきました。帰りましょう、そちらの横穴から向こうは冒険者ギルドに調査を依頼いたしますから」
怪我をしたハッサンは騎士の背中に括り付けられて、上から引っ張り上げられ、俺達は梯子を上った。
飛べる魔物は湧いてくるだろうが、とりあえずあのミルワームやラプトルみたいなのはこの竪穴を昇ってこれないだろう。
俺達はすんでのところで命拾いをしたと言える。
俺達の落ちた竪穴は、新しいダンジョンの入口だった。
ダンジョンの中のダンジョン。
ダンジョンはひとつの産業だ。
今まで学生の経験値稼ぎにしかならなかったレベルの低いダンジョンに、いきなり高レベルのダンジョンが加わったのだ。
これでダークジール近郊は潤う。
ダンジョンひとつで、獲物を狩る者、探索をする者が集まり、それらをあてこんだ宿屋や食事処、武器、武具の店、おねぇちゃんが居るようなお店や、とれた素材を売買する店などが軒をつらね、一気に経済活動が活発になる。
お手柄ということで、ニルスたちは国王から褒美の言葉をもらったようだ。
とりあえず、デビットの事はでは溜飲を下げた。
リングルの妹の社交会デビューへの嫌がらせが、まだ心配だが、彼らがトーマス達をアイテムを奪った上でダンジョンに放置したことは、調べられて明らかになっている。
しばらくは嫌がらせをしてくることもないだろう。
目立つだろうし。
新ダンジョン発見の情報はダークジール中に広まった。その中にはデビットがした嫌がらせの話も入っている。いい面の皮だ。
人々は面白おかしく噂をした。
社交界も、町の中も新ダンジョンの話とその発見のきっかけになった事件の噂でもちきりだ。
俺は、そんな狂騒の波に一人だけ乗れず、ただひとつだけの事を考えていた。
「アジャール平原、やぶられただろ?あそこ、今孤立してるもんね」
砦のみんなは、町のみんなは無事だろうか。
魔物で溢れたっていったいどういう事なんだろう。
いくら考えても、奴隷に許されるのは主人の命令に従う事だけ。
気ばかり焦るが、事態は動かず、情報も入ってこない。
ここはワルシャール国ですらないのだ。
「おねぇちゃん、元気だして」
リュリュが慰めてくれる。
「ありがとう」
言葉だけだ。元気になれるはずもない。
もう一人、景気のいい話に乗れない奴がいる。ニルスだ。
双子の妹のラーナが、侯爵家に養子に出される可能性が出てきたからだ。
「義母上は、俺を捨てただけでなく、妹まで俺から奪うつもりか!許せない。許せない。憎い。」
家に帰ってきたものの、部屋に閉じこもり、部屋の中のものを手当たり次第に投げつけたり壊したりしている。
ニルスの精神が悲鳴をあげているのを俺は感じていたが、俺も同じだ。
他人を思いやるような余裕なんかあるはずもない。
シュタイン家はひどく荒れている。
その中で当主たるキャスター・シュタインだけが、異変に気がついていないかのように精力的に社交活動をしていた。
つまり家を顧みていないのだ。
「おにいさま・・・」
ラーナも荒れるニルスをどう扱っていいのかわからず、やきもきするだけで、
使用人もニルスの顔色を伺ってなにもできず、レンブラントすらも投げつけられた物で額を切るような怪我をするほどだった。
トーマス達も様子を見に来てくれたが、ニルスは「会いたくない」の一点張りだ。
食事にも出てこないものだから、使用人達も皆、恐れつつも心配している。
しかし、声をかけても部屋のドアすら開けてもらえず拒否され、ほとほと困り果てている。
一通り、使用人達が声をかけて失敗したあと、順番が俺にも回ってきた。
ラーナからニルスに食事をもっていくよう命じられたのだ。
誰が声をかけても私室の扉は開けられなかったのだ。俺でもだめだろ。
そう思って、ニルスの部屋の扉を叩いたのだが、思いかけず、ドアが開けられた。
「入れよ」
食事のカートごと、部屋にひっぱり込まれた。
「お前も出身地のアジャールが心配だろうな」
ニルスの目には狂気が宿っているようだ。
「でも、俺から離れることは赦さない。うちの・・・俺の奴隷なのだからな」
なんとか笑おうとしているようだが、くちびるのはじが痙攣したようになるだけだった。
「なぁ。裏切らないでくれよ。俺、どうなっちまうか、自分でもわからないんだ。デビットに復讐する。裏切ったトーマス達はどうにか赦せた、だけど、ラーナだけは、ラーナは・・・」
ニルスは両膝を床について目を手で覆った。
「俺は自分が怖い。復讐のことを考えると、押えられなくなる。きっとみんな壊してしまう。ラーナも、きっと俺に失望して・・・」
ポタポタと大粒の涙が床に落ちる。
「俺から離れていってしまう。俺を置いて、みんないってしまうんだ。なぁ、俺はどうしたらいいんだ?アリサ。俺は自分が自分で怖い。この胸の中のドロドロしたものを、どうしたら振り払える?どうしたら他の連中のようにうまく・・・処理できるようになる?」
「ニルス様」
俺は困惑することしか出来なかった。
彼の胸のうちを打ち明けられても、俺にできる事はない。
ましてや、俺はアジャールの町へいくために、シュタイン家を出ていきたいと考えているのだ。
ニルスの傍らに、とどまり続けることはできない。
俺にラーナや、ましてや彼ら兄妹を置いて再婚してしまった育ての母だった義理の母の代わりをすることも、できない相談だ。
ニルスは俺の腰にしがみついた。
「奴隷は、主の命令には逆らえないんだろ?傍にいろ。命令だ。赦さないからな、離れたら殺す」
それは、俺には無情ともいえる命令だった。




