◇言いがかり◇
今日の俺の仕事はラーナ嬢の護衛とエスコートだ。
馬車から降りる時のアレはできないが、ドアの開け閉めなどはする。
馬車から降りる時は、護衛のレンブラントという青年が手を貸してくれた。
この青年、背格好がウィルと似ている。
ウィルのことを思い出して胸がキュンとする。
心配しているだろうなぁ。
もう彼のキスマークはどこにも残っていない。
「愛している」の甘い囁きも目元に優しく落とされるキスも、もう記憶の彼方だ。
何とかして連絡を取りたいが、携帯も郵便システムも整備されていないのだ。
情報伝達は軍や貴族の私的通信か、知り合いに頼むしかない。
あとは冒険者ギルドに頼むか・
奴隷の身分じゃそれもできないだろう。
(会いたいな)
ため息をつきつつ、貴族女子ご用達の店のドアをくぐる。
こういう店にはドアマンがいるので俺がドアを押さえている必要はないが先に店内に入って、安全を確認し、ラーナを待つ。
ラーナの背後を護衛の青年が守り、ラーナの一歩うしろをリュリュがちょこちょことついてくる。ほほえましい。
女性向けの店なので他の男性の護衛は店の外で待機だ。
ラーナが店に入ったのを確認し後ろに控えていると俺に視線が集まっているのを感じる。
「彼女は女性なので」
ラーナが空気を読んで説明する。
ああ、男子が入ってきたと思われて見られていたんだ。
「まぁ、女の方だったの?」
「凛々しいからてっきり」
「…素敵」
ちょっと待ってくれ、なんでそこのご令嬢は頬を染めているんだ?
「男性の護衛だと怖いけど、あの方みたいな人がついてきてくれたら安心ね」
ラーナはあっという間にサロンのご令嬢様方に囲まれた。
おかしい、リュリュに誰も食いつかない。何故だ!
俺とリュリュはサロンの隅で待機をする。
飲み物やお菓子などの給仕はすべて店側がしているので俺の出番はない。
油断なく会場の様子を見張るぐらいしかすることもない。
ラーナはヤンデルが優秀な社交家だ。如才なく人を裁き、それとなく自分を売り込む。周囲を索敵してみるが怪しい動きはない。
けっきょくそこで半日ほどすごし、サロンを出た。
ラーナは、ちょっと目のやり場に困るような下着をサロンで購入していた。
「うふふ。これでお兄様を…悩殺」
とか呟いているけど気にしない。聞こえません。
リュリュがあくびをした。もうお昼寝の時間だ。なんだかんだ言ってまだ小さいのだ。
「どうぞ。寝かせてあげて?」
と意外と常識的な対応でお許しが出たので抱っこする。
するとレンブラントが俺からリュリュを取り上げた。
「私が抱っこしましょう」
兎人族の少女を抱っこするイケメン・・・。
ごっつぁんですと俺の脳内の友人が久々に登場して彼を拝んだ。
店の前の通りはやや狭いので馬車はやや離れたところに止まっている。
ほんの10メートルくらい歩くだけだ。がその日はついてなかったのだろう。
2件先の店から出てきたご貴族様の若者と思われる一行がラーナを認めた。
「落ち目のシュタイン子爵家の者だぜ」
「寝取られ子爵の娘か」
ガラが悪い。
ラーナは眉間に皺を寄せ速足になる。
「お高くとまりやがって」
「俺達は眼中にないってよ」
わざと聞こえるように言っているのだ。失礼なやつらだ。
レンブラントも険しい顔をしている、主人を侮蔑されるのは面白くないものな。
「よう、俺達と話をしようぜ」
「よくもこの間は恥をかかせてくれたな」
「兄貴とばかり踊って、かわいそうだから誘ってあげたのに」
ラーナの顔はゆがんでいた。今にも泣きそうなのを必死に我慢しているようだ。
「おい、無視すんなよ」
若者のひとりがラーナの肩を掴もうとしたので俺は間に割ってはいる。
「…なんだお前」
「少し御戯れがすぎるのではないのですか?・・・この臭いはお酒を召し上がっていますね?」
まぁレンブラントがいるからこう強気に出れるんだけれども。
「酔って、他家の娘に狼藉を働こうとは・・・外聞に関わるのではないのですか?」
「なまいきだぞ!使用人の癖に!」
正しくは使用人ではない、奴隷だ。
こちらに掴みかかってきそうだったので、簡単な足さばきで避けてやる。
相手はよろけた。ふん、所詮は酔っ払い。
俺はサロンから出てきた別の女性に声をかけた。
「そこのご婦人、証人になってくださいますね?この方は酔って因縁をつけてきてあまつさえ、繊細なわが主人を侮辱して狼藉を働こうとしました」
婦人は頷き、しっかりと約束してくれた。
「わたし、最初から見ていましたわ。証言いたします」
騒ぎを聞きつけて、何なの、何?何?という風にサロンからわらわらと人が出てきた。店主も出てきてちょっとした見世物だ。
「さぁ、このように衆目の集まるところでも、さっきのような暴言を吐かれますか?
いささか品性を疑いたくなる行為でありますね」
居心地が悪くなったのか酔いが醒めたのか、若者のひとりは仲間を止める。
「お、おい帰ろうぜ」
だが、さっき掴みかかろうとした若者は引き下がらない。
「なんだ、お前。女の癖に」
まただ。女の癖にとかなんだよ。男に生まれたからってそれがそんなに偉いのか。
「寝取られ子爵の娘がえらそうに、踊る相手選んでんじゃねーよ」
いやそれ逆恨みだよね?カッコ悪すぎるだろ。
別の若者が剣に手をかけた、脅しのつもりかもしれないがこんな町中で剣を振り 回すとか正気の沙汰とは思えない。憲兵にでも現場を見られたら言い訳もできないだろうに。
「受けてたちますわ(うちのレンブラントが)」
ラーナが叫んだ。手袋を脱いで相手に投げつける。
それは異世界でも通用する決闘の合図だ。
「私は踊る相手を選ぶ!地位や脅しになんか屈しないわ」
今なんか副音声で「その程度の顔面偏差値で私と踊りたいですって?笑止!」
って聞こえたぞ。
本音すぎるだろう。
「女と決闘だなんて、笑われてよしだ。ここで決着つけてやる」
おいおい、冷静になれよ。たしか私闘は禁じられているはずだぞ。
冷静に考えれば、実際に相手をするのは護衛の者だとわかるだろうに。
手をわきわきさせている。コイツ、ラーナに何するつもりなんだ。
あれか、抱きついて触るつもりか。
下種い
俺の中で何かが凍った。
相手が動くより早く俺は足を踏み出す。掴みかかってくる相手の足を払い、倒れかかったところで腕をつかんでテコの原理で捻って地面に勢いよく落とした。
柔道の技だ。若者はしたたかに背を打ってうめいた。
俺のような小柄な人間が上背のある若者を投げ飛ばしたのだ。
見物人から歓声があがる。
「酔って、いきなり動いたから躓いたんだな。危ないなあ」
俺はシレっと言ってやる。
別の若者が抜きかけた剣は手刀で落としてある。
「ほら、あなたも剣を落としています。酔いすぎですよ。危ないのでこちらのご友人に渡しておきますね」
若者の中で冷静そうな一人に彼の剣を拾ってわたす。落とされた方は剣が落ちたのにも気が付いていないようだ。
「さぁお嬢様、帰りましょう」
レンブラントはリュリュを下ろす事も忘れてポカンと口を開けている。
俺はさっさとラーナを馬車に押し込んでリュリュを馬車に乗せてもらった。
「それではみなさま、お騒がせいたしました。ごきげんよう」
最後にそう挨拶をして御者をせっついてその場を離れる。
背後からどよめきと拍手があがった。
ウン。そこそこいい仕事したよ俺。




