◇ヤンデルとグレテル再◇
「おまえ、いい臭いがする」
ニルスが俺の背後にピッタリくっついてくんくんと鼻をならす。
お前は犬かっ!
犬の獣人のベイリーだってそんな失礼なマネはしなかったぞ。
「庭におりましたから、ラビオラの香りが移ったのでしょう」
香料として使われるラビオラは花も綺麗なため、どの家でも庭に植えてある。
実際はあのあと亜空間に行って軽くシャワーしたときに使ったボディシャンプーの香りなんだが。
「俺の愛人になれよ。手当ははずむからさ」
「将来を誓った相手がおりますので」
俺は契約奴隷だ。契約以外の事には料金が発生するし本人の了承も必要だ。
そういう意味では使用人の方が扱いが酷いかもしれない。
貴族に直に雇用されている使用人は、雇用人に逆らえない。仕事を失う事になるからだ。
最も奴隷は私物がもてないし自由もない、犬猫と同等扱いだから、そういう意味では使用人より地位が断然低いんだが。人扱いされないしな。
「ふん。おもしろい。どうせ平民だろ?俺がそいつから奪ってやろうか」
壁ドンをしてせまるニルス。ちょっと待て、誰かとキャラがかぶるじゃないか。
だいたい俺は「好みじゃない」のだろ?初日に言われた事きっちり覚えてるかんな。
「お兄様、おふざけはいい加減になさって?アリサは今日は私とお買いものにいく予定なんですから。」
ラーナが言う。黙ってればかわいい系なのだがこいつが「ヤンデル」の方だ。
対して兄の方が「グレテル」だ。ガラスの10代を地でいってる男だ。
名付けて「ヤンデルとグレテル」。
絶賛反抗期中ということもあって、本当に扱いが面倒くさい。
「お前も、俺から逃げるのか?」
ほらほら小芝居がはじまっちゃったよ。
「私はお兄様から逃げないわ。私のすべてはお兄様の物」
見つめ合う兄妹、困惑する周囲。
「おねぇちゃん。おねぇちゃん」
すっかり元気になったリュリュが俺の服の袖をひっぱる。
「何してるの、ご主人様たち?」
「見ちゃだめです。」
俺はリュリュの両目を手でふさぐ、教育に悪いだろう、あれは。
だいたい子爵が俺を買った理由がラーナの「お兄様以外の男性が近くにいるのはうんざり」と言ったからだったとか。とんだブラコン娘だ。
護衛の人だってこんな我儘娘の近くに好んで近づきたいわけでもあるまいに、随分な言いぐさだ。
その割に、護衛の人には見目麗しい男を選んでいるんだから、まったく意味がわからない。
「お兄様以外の男性は瞳に映すこともいたしませんわ」
それは嘘だ。あまりにも堂々と言うもんだからあきれ果てる。
ラーナ一行はいつも人目を浴びる。見目麗しい者がそろっているからだ。
まぁ俺は除いてくれ、リュリュはそれに入る。
ラーナは実は人目を浴びるのが快感になっているのではないかと俺は踏んでいる。
「よく似合っているわ。アリサ」
というわけで俺に押し付けられたお仕着せも華美だ。
どこのベルバラだというようなフリルフリフリな鎧下に白地に金の略式鎧。
自分で言うもなんだが、中性的で倒錯的だ。
こんなん俺じゃねぇ。
リュリュは可愛らしい「小姓風」な服装だ。こっちは本当にかわいらしい。
小芝居が終わるのを待って、俺達は馬車で町へ出かけた。
ラーナ(お嬢様)の魂胆はわかっている。リュリュを見せびらかしたいのだ。
病気が治って、子どもらしく肉もついてきたリュリュは本当にかわいらしかった。
そもそも兎人族は気軽に買える奴隷ではない。
病気で在庫品だったから俺のオマケのように売られたのであり、ダルトンの薬がなかったら今頃は死んでいたかもしれない。
兎人族のリュリュと、美形の護衛をひきつれ、貴族の子女の出没しそうなところをしゃなりしゃなりと練り歩く。もちろん魂胆があってのことだ。
あ?俺、俺のことはおいといてくれ。
そうして目立つことにより
「シュタイン家のラーナ様の新しい従者をごらんになって?」
「まぁ、兎人族の子だわ。かわいい~」
「護衛のあの方ハンサムね」
「そうだわ、今度のお茶会に、ラーナ様もおよびしましょう」
となるわけだ。
どういうわけかシュタイン家の人々は貴族世界では、あまり歓迎されていないらしい。それは貴族として死活問題だから、当主であるキャスター・シュタインもキラキラの衣装を着て社交界でアピールに必死だし、娘のラーナも見目麗しい従者で他の貴族の注意をひこうと必死だ。
ガラスな10代のニルスは除くがな。
俺としては実でがんばれと言いたい。
領地経営でがんばるとか、優秀な人材を王宮に送り込むとかな。
まぁでも2年の契約なのだ。俺が口を出す問題でもないしどうでもいい。




