◇死闘・レオ2◇
ブブブ、ブブ
耳障りな羽音が聞こえてきて、一瞬、敵も俺も動きを止めた。
くっそ。血を流しすぎたか。
肉を食う巨大な黄色と黒の蜂の姿が、戦いの場の空を舞っていた。
敵兵達は見る間に戦意を喪失させ、後ずさって撤退の意志を見せはじめた。
キラーポイズンニードル・ビー
長たらしい名前のこいつにも種類があって、小さなものなら、冒険の初心者にですら狩られ、いいお小遣いになる。
だが、これほど大きい個体の群れとなると、災害級と言ってよい。
近くに巣穴でもあったのだろうか。
獲物の臭いに引き寄せられだんだんと数を増していく。
「うわぁぁぁ!」
叫び声のあがった方を見ると、草原狼ほどの個体の蜂、3匹ほどに敵兵の一人が纏わりつかれていた。
蜂は尻をぐっと曲げ、その毒針を取りついた兵士の鎧の隙間目がけて刺そうとしている。
「ヒッ!ヒィィ!」
意外と薄いプレートらしい。蜂の巨大な顎が、取りついた別の敵兵の鎧を切り裂いている。
すでに毒針に刺されたあとなのか、敵兵士の蜂を振り払う腕も力がこもっていないようだ。
兜が落ち、露わになった胸部に蜂が顔をつっこむ。
白目を剥いて敵兵士は倒れた。ビクビクと痙攣している。
突っ込んでいたプレートに顔をつっこんでいた蜂が、赤い塊を引きずり出しながら顔をあげた。
複眼が血で汚れているのを触覚で拭いている。
虫達の供宴がはじまった。
やばい!俺はきびすを返した。
馬は?乗れる馬は?
目で探すが、とっくにこの場を離れているか、蜂たちに倒され纏わりつかれすでに食われはじめていた。
アジャール草原を抜けたはずのリスボレイ付近に、まだこんな上位ランクの魔物がいるとは。
兵士達の何人かは蜂と斬り合い何匹かを駆除しているようだが、数の暴力には逆らえないようだ。
俺は走った。アリサを残していった方角へ。
まだ生きているなら、アリサも危ない。
羽音が聞こえた。俺を狙って上空を旋回していた蜂が背後から急降下してきたのだ。
振り向きざまに剣で真っ二つに薙ぎ払った。
が、それとは別にもう一匹、俺を狙っていたようだ。
「囮とか虫のくせに小癪な!」
篭手で毒針を避ける。続けて反対の手の短剣で羽を落とす。
ぶしゅっ!
地面に落ちた蜂は毒針から毒液を発射した。
体を捻ってよけたが、もう一匹襲いかかってきた。
「ちぃぃぃ!しつこいっ!」
そいつを両断すると、さっきの地面に落ちた蜂が再び毒液をかけてきた。
「しまった!」
わずかにかかった毒液が腕をつたう。
「やりやがったな!これで終わりだ!」
羽を落とされ、蟻のような姿になったそいつに留めをさす。
いそいで毒液のかかった部分の篭手をはずす。
篭手で防いだはずの攻撃の痕が腕にうっすらとついていた。
垂れた液体はその傷口にまで達している。
俺は旅人の服の革の部分をまくり上げるとアンダーシャツを切り裂いた。
それで腕の上の方をしばる。
これは、アリサがやっていたことをマネたものだ。
「毒消しを…」
俺はベルトをまさぐった。目がまわる。もう回ってきたのか。
ようやく取り出し、蓋を歯で取り、傷口にもっていった。
ふるえる手で傷口に垂らし、残りを口にもっていく。
「か、ふっ」
しびれてうまく呑み込めない。空になった容器が手からすべりおちる。
どこかへ隠れないと、こんな状態でここに倒れているわけにはいかない。
俺は力の入らない両手足を叱咤して、地面を這った。
どれほど進んだろうか、やがて力つきた。
あげていた頭がついに支えていられなくなって俺は地面に顔をつっぷした。
口の中まで土が入ってくる。息がしずらい。
「…冒険者ですかね。まだ少年のようです」
上から声が降ってきた。
首に冷たく、固いものが押し当てられたようだ。
「…まだ生きています」
スっと首に押し当てられたものが引かれた。
「どうせ…もうどうもできないでしょう。このままに」
首を切られたのかもしれない。まだ落ちてはいないようだが。
しびれていて感覚がないのが救いだ。
「…生きたまま食われるか毒で死ぬのが早いか。どちらにせよお優しいことだな。ダルトン。留めをさしてやるのが親切だと思うのだが」
「直接手を下すのは寝ざめが悪うございます」
ダルトンと呼ばれた男は、俺の斬られた首とは反対側に手をあてた。
「ああ、もうこんなに脈も弱い。」
「もうよい。好きにしろ。ダルトン。ただ魔石はすべて収納せよ。兵士も撤収させ骸はすべて回収しろ。証拠を残すな。」
俺に留めを刺そうとした男の声が遠ざかっていく。
「蜂どもは、駆逐しておく。そいつらの魔石の回収も頼んだぞ」
「我が主のおおせのように」
ダルトンと呼ばれた男は俺の首筋に手をあてたまま言った。
その時には、もう俺の目は見えなくなっていた。
息が苦しい。苦しいのに呼吸はどんどん弱弱しくなっていく。
俺は…
…アリサ…
そう自分が呼びかけた事すら認識する前に、俺の意識は失われた。
そこには土埃にまみれた少年が、倒れているだけになった。




