◇強い想い◇
名もなき森。
それでもリスボレイの町からは近いはず。方向さえ見失わなければ、大丈夫なはずだ。
森に一歩入ると、昼なお薄暗く、生き物の気配すら感じられない。
まるで、ここからは人間の領域ではない、と明確に線引きされているようだ。
ごくり
唾を飲み込めば、手の平にびっしり汗をかいていることに気がつく。
もう戻れない。人を殺めてしまった俺には、元の世界に戻る資格がない。
何でもない顔をして、平和な羊達の群れにまざっては生活していけない。
レオ達は無事に追手を振り切れただろうか。
最後に見たレオは必死な表情を浮かべていた。
・・・それでも心配してくれたんだ。
レオには嫌われている。それでも、俺の事を気にして、手を取ろうとして
手をのばしてきた。
レオ達が無事ならそれでいい。
俺はここでは元々存在していない人間なのだ。
このまま消えてしまったとしても、たいしてこの世界には影響がない。
――ウィルは?
哀しんでくれるだろうか、俺がここでいなくなったら。
すぐに俺のことを忘れて、俺がこっちの世界に来なかったなら、結ばれたかもしれない人と結婚して家庭をもって…。
IFの世界を考えると足元が急に頼りなく感じる。
底抜けの奈落に墜ちていくような、そんな不安な気持ち。
しっかりしろ。まだ死ねないだろ、瀬尾野アリサ。
自ら死を選んだりできない。しない。
俺は生きると決めたのだ。俺が生きている限り、あの子は、あの幼馴染は俺の記憶の中で生きている。
あの透明な微笑みを浮かべて、いつものように…。
俺が居なくなったら、誰が彼を覚えているというのだ。
彼の家はぞくに言う「放置家庭」だった。
保育園、放課後児童クラブ。近所の塾。
俺達はよく共働き家庭の子どもが預けられる場所で一緒だった。
違うのは夜は帰ってくる俺の両親と違って、夜だけでなく、土曜日も日曜日も、彼の親はよく彼を一人きりで家に残していた。
迎かえに来ない彼の親に呆れて、俺の家族は、よく俺と一緒に彼を連れて帰って、そのまま泊めたりした。
小さい頃は一緒に風呂に入ったり、ゲームしたりした。
兄弟のように育ったが、俺が中学に入った頃から、彼の方で遠慮しはじめて距離が出来た。
彼の親が何の仕事をしていたのかは知らない。
ただ、愛情を満足に与えられず育ったわりには、彼は素直でまともに育ったと思う。
ただ、独りの時間が長すぎたのだろう。他人の感情の機微を読むのが下手だった。
でも、それは彼のせいじゃないじゃないか。
どうしたらあの悲劇を防げたのか、今もわからない。
俺は生きている間、ずっと繰り返して考える。
答えを見つけだす、その時まで。
強くなる。
誰にも奪わせない。俺のこの思いを。この決意を。
深呼吸をした。
さぁ生きていくためのあがきをはじめよう。




