◇トレイン◇
もっとうまい書き方があるんじゃないかと試行錯誤しています。
つたない文ですが読んでくれて本当にありがとうございます。
一般に魔力の総量によってインベントリに収まる容量は決まるのだそうだ。
ただ一般的に、インベントリを持っていない人間からしたら、容量の多い少ないから持ち主の魔力を計るのは容易ではない。
容量の大きさは本人でしかわからないのだから。
「でも、あの人、薬の類は持っていませんでしたよ」
俺は思い出して言った。
襲撃を予想できていて、怪我人を助けるつもりで、水と布を大量に持っていたならば、大量の薬の類もインベントリに納めていたはずだ。
「そこで『隷属の誓い』さ」
クリスは苦々しく言った。
「『隷属の誓い』をかけられると主人の命令には逆らえない。でも、命令にないことは本人の意志でできる。
彼は魔獣の襲撃を予想出来ていた。もしくは彼の主人が予想をしたのを聞いていた。被害がひどくなることも想像がついていた。主人の命令には『隷属の誓い』があるため逆らえない、しかし怪我人や死亡者をたくさん出すのは彼にとって不本意だった…そう仮定すると?」
「主人の命令には逆らえない…でも命令にないことは出来る…んですよね?」
俺が言うと、クリスはじっと俺を見た。
「一緒に行動して…彼のことをどう思った?」
「いい人だと…思いました。少なくとも悪い事を企んでいるとは思えませんでした」
「彼は受けた命令から逸脱しない範囲で被害を減らそうとしていたのではないだろうか?もし命令されていたのが『屋台の商人に扮しての砦の情報の収集』だったとしたら」
商品に布を選び、砦に屋台の商人として潜入する。主人の命令を遂行しながらもその時が来たら救助に加わる。怪我人の手当には清潔な布と水は必需品だ。
布を扱ったのは、薬を扱うのとは違い、主人側に目的を邪推されにくい。
命令された事には逆らっていないし、命令されていない事は出来る。
もしかして、無理やり奴隷にされたのかもしれない。
魔術師として優秀なのならば、奴隷落ちなどせずともいくらでも生活の糧は稼げるはずだからだ。
「でも…どうして、魔物の襲撃を予想出来ていたと考えるんですか?」
そこがどうしてもわからない。
そもそも予測つく事でもないと思うのだが…。
周期とかを計算すれば、何かの法則性はあるのかもしれない。でもそれを一日単位で予測することは不可能だ。
魔物はこっちの予定など気にしないだろうし。
クリスは、珍しく吐き捨てるように言った。
「トレインさ。人為的なトレインを引き起こして魔獣を砦に引き寄せたんだ」
トレインか…あれかな。
ゲームなどをしているとMPやHPが少なくなったり武器の耐数値がなくなって失ったり、あるいは実力以上のフィールドに乗り込んで行って、魔物に囲まれて逃げだし、大量の魔物を引き連れて逃げているプレイヤーを見ることがある。
魔物が魔物を呼び、手がつけられないほど大所帯になった状態で他のプレーヤーを巻き込むものだから嫌われていた物であるが、それを現実に、この世界で起こしたのか。
さすが異世界、そういう事も普通にあるのか。
「トレインに使われたのは、主に若者達だった。王都から攫われて捜索願が出ている子もいたよ。全員死んでいたが…」
そこで、俺の手を取ってゆっくりとクリスは聞いた。
「アリサ、…君もさらわれた者の一人じゃないかい?ウィルは君のことを庇って隠しているようだけど、何か子細があるんじゃないのか?そしてあの商人は君が逃げた『攫われた若者の一人』だと気が付いて、君の行動を見張っていたのではないのか?」
俺がアジャールの草原でウィルに拾われた頃、ちょうどトレインに使われた若者達もここへ向かって輸送されたと思われる。
たしかに疑われるようなタイミングだ。
でも、俺は異世界からここに来たのだ。王都や周辺地域から攫われた若者の一人ではない。
そのことを知っているウィルは、俺に「トレイン」の話をしなかったが、そうでない者はうがった見方をするかもしれない。
そもそも記憶喪失者を保護したからと言って自分の家に住まわせるとか、普通に考えたらあることではないのだ。
そこに何かあるのではないかと人は考えるだろう。
「クリス。それはないと思う。攫われたわけではないよ」
記憶喪失という設定を信じている人には、信憑性はないと思うが、実際は記憶喪失ではなく異世界人なのだから、それはきっぱりと言える。
「じゃぁ、何故…ウィルは君を囲い込んでいるのかい?」
異世界人だからとは言えない、ウィルも関係者の一人だ。
それを知らなければ、ウィルの俺に対する扱いは度が過ぎる程、親切すぎる。
彼の人間性をしらない者ならばこう思うだろう。
「気に入った、わけありの女」を囲っていると。
あぁ、何かわかってしまった。
レオは俺がウィルを騙して…保護させていると、そう思っているのだ。
あの嫌い方は、記憶喪失を装って、ウィルの同情を引いているとでも疑っているのかもしれない。
ウィルは私情に負けて依怙贔屓をするような人間ではないのだ。
――普通なら。
だから、レオにとっては、俺はウィルを謀って、取り入ろうとする悪女なのだ。
そう仮定すれば合点がいく。
…もしそうなら、酷い誤解だ。
俺は、ウィルに頼るよりどうしようもないと言うのに
・・・しっかりしろ、俺。
世界は理不尽だと、むこうの世界でも知ったはずじゃないか。
こっちだって理不尽なことは当然起こる。
今更じゃないか…瀬尾野アリサ。
あの子が奪われて死んでから1年ちょっと、お前は何をしてきたんだ?
泣かないように、奪われないように強くなるんじゃなかったのか?
涙がこぼれないように上を見た。
いつからだろう、上を見ると涙が止まりやすいって気が付いたのは。
某スキ○キソングの歌詞は本当だったんだな。
いつの間にか心配顔のクリスさんの顔が近くにあった。
涙ぐんだ所を見られてしまったらしい。
「…ごめん。言えないような事を聞いて」
すっかりしょげている。
「もし、君があの家に居ずらいのであれば…ここを手伝ってくれても…少し離れてみれば冷静になるかもしれないし。外から客観的に見れると思うし」
チラチラと俺の様子を見て言う。
なんかひっかかるような言い方だな。ライラさん辺りが、なんか物凄い話にしてクリスにしたんじゃないだろうか。
とんでもないドラマ仕立てになっていない事を祈ろう。
ありがたい申し出だけれど、レオともこのままではいけないし、何よりまだここで骨を埋める気はない。『異世界人ネットワーク』ともコンタクトを取って、帰る方法がないのか調べたりもしたい。
強制トレインで殺された若者達にくらべたら、レオから邪険にされている事ぐらい何のことはない。少なくとも俺は生き延びている。
もちろん、こんな異世界に飛ばされちゃって、俺ってかわいそうだなんて今更自己憐憫するつもりもない。
「ありがとう、心配してくれて。言えないような事件に巻き込まれてもいないし、記憶はその内戻るんじゃないかと思って気にしないようにしているんだ」
明るく見えるように肩をすくめて軽く言うと、クリスはため息をついた。
「君のことを心配している者はウィル以外にもいるよ。抱え込まないでね。
もちろん、俺も治療師の卵はいつでも大歓迎だからね」
いつでも大歓迎、とのところでちょっと頬が赤くなった。変な意味じゃないからなと付け足す。
…別に変な意味に取ってないんですけど…。
困惑しつつ感謝をして、治療院を出た。
クリスさんも大概人が良いな。ちょっとした知り合いにすぎない俺のことを気にしてくれたりしてな。
うまく行かないときはうまく行かないように回っているものさ。
レオとの関係をそう切り捨てて、俺は家に帰った。
明日は装備品を見にいこう。
レオについてきてもらいたかったけど、思い切ってギルドで誰かに頼んでみよう。
うまくすればアドバイスぐらい誰かからもらえるかもしれない。
その日は家にまっすぐ帰って庭でずっと竹刀を振った。
弱い自分と決別できるように、祈りをこめて。