◇年長者二人の心配◇
俺は気が付かないうちにレオの好感度を下げるような事をしてしまっていたらしい。
最初の印象がよかっただけに、余計に堪える。
しかも理由がよくわからない。
推測はいくつか浮かぶが所詮は推測。
ただ嫌いだから嫌いという類のものかもしれない。
しかも、間に入ってクッションになってくれそうなウィルは多忙を極めていてすっかりアテにならない。
あの件以来、朝の鍛錬も庭でするのをやめてしまった。
俺は耐えられなかったんだ。へたれとしか言いようがない。
それで、早朝から弁当を作ると砦へ一人で行ったり、ギルドの訓練場で過ごしたりするようになった。
砦にいけばライラさんやクリスさんが魔法を教えてくれるし訓練場に行けば無料で訓練が受けられる。
そこで顔見知りになった初心者同士のパーティに臨時に入れてもらったりもして冒険者の仕事も経験を積んでいった。
治癒魔法の使い手ということで概ね歓迎されたし、威力は低いが少しずつ攻撃魔法も扱えれるようになってきていて、思ったより頼りにされたりもした。
落ち武者や丸禿筋肉の周囲は相変わらず柄が悪かったので、顔を合わせないように注意していたので得に問題は起こらなかったし起こさせもしなかった。
だが、朝食を一緒にとらなくなった俺をウィルは心配していたようだった。
「ちょっといいか?」
早朝、ウィルが俺の部屋をノックした。
「何か問題は起きてないか?」
久しぶりに見るウィルだ。
俺の起きる時間に合わせて起きたらしい。起き抜けでまだ夜着にガウンといった服装だった。
ちゃんと睡眠時間をとっているのであろうか?
目が少しだけ充血しているようだ。
最近は特に忙しいらしく、夜は皆寝静まった頃帰ってくるし、朝は俺の方が先に家を出ているので、砦にいったとき、遠目で仕事中なのを見かけるだけになっていた。
レオとの鍛錬も続けているのかどうなのか。
「別に何も…」
俺は答えた。表情が硬くなっている気がする。
「レオも最近隠し事をしているようだが…心あたりないか?」
「…いいえ」
レオが隠している事なんか知らない。そもそも顔を合わせていないのだ。
心あたりあるとすれば、ウィルに、居候している俺が嫌いって事を隠していることかな。は、嫌われたもんだな。
「冒険者ギルドに出入りしているようだが、素行の悪い者もいる。レオはそういう連中とすぐぶつかるから、関わらないように注意しているのだが、アリサは大丈夫か?嫌なことを言われたり、されたりしてないか?」
…あなたの弟に嫌な態度をとられています。とも言えず俺は首をふった。
「たしかに口は悪かったりしますが、だいたいにおいて気のいい人が多いですよ。
一緒に行動する相手は選んでいますし」
俺は、さりげなく観察して、実力が上すぎない、女性の多い、歳の近いパーティを選んでいる。
そういう連中は、まだ擦れておらず、冒険に対して慎重だし、同性も一緒というのはいろいろと安心できる。
女子にはトイレの問題とか着替えの問題とか…いろいろあるからな。
それでも迷った時は、受付のお姉さんやダールマさんに聞いている。
俺だって死にたくはないし、冒険先で危険な目に会いたくない。自衛には気をつかっている。
「そうか、心配しすぎかな。過保護かとも思うが…預かったからには怪我などさせたくなくて。」
そういって、微笑んで頭を撫でてくれた。
「王都へ早く連れていってやって、今後の身の振り方とかも考えてやりたいが…
先日の騒ぎで余裕がなくなった。すまんな。もう少し辛抱してくれ」
ウィルの側は心地よい。日向にいるような気がする。
よりかかって甘えてしまいたいような気持ちになるが…それをしたら自分で立っていられなくなってしまうだろう。
今だって十分、彼には甘えている。
「…これで必要なものを買え、一番安いナイフひとつで、外に出ていると聞いたぞ。」
彼は片手にもっていた革の袋を俺の手に握らせた。
「…気づくのが遅くなって悪かった。…冒険者デビューおめでとう」
本当は冒険者などさせて危ない目に会わせたくないのだが、と言いつつ、その手で、俺の手ごと、包み込んだ。
「これだけは約束してくれ、決して危険に飛び込んでいかないように」
目をしっかりと合わせて言うので、俺も彼の目を見て頷いた。
「いい子だ」
両頬をその大きな手で挟まれ、それから髪を梳かれた。
「約束だぞ?」
小さな子に言い聞かせるようだったが、この人はいつもそうだ。
みんなのお兄さんでみんなの団長で、みんなから頼られる人。
「わかっていますよ」
俺も微笑んで答えた。
次の日、砦の診療所にいくとクリスに掴まった。
「レオと喧嘩したようだって聞いたけど?」
診療所の患者側の椅子に俺を座らせ、お茶をすすめながらクリスは言った。
「…喧嘩したわけじゃありません。」
俺は目をそらせて言った。
むしろ一方的に嫌われているだけだ。
――俺が弱いから。自立できず、ウィル達のお荷物になっているから。
情けないことに、そんな事がダメージになって俺は弱腰になっている。
異世界人だから仕方ないだろと開き直ればいいことなのに。
クリスはため息をついてから俺の肩に手をおいた。
「そうか?それならいいが。最近二人一緒のところを見ないから気になってね。
喧嘩じゃなけりゃいいけど。
レオ絡みで…ウィルに言えなくて困ることがあれば、俺に言えよ?
あの年頃の男子はいろいろ難しいからな。俺がレオに言ってやるよ」
情報の出どころは…ライラさんかな?基本的に治療院に閉じこもり気味のクリスが、最近の、俺とレオのよそよそしい空気に気が付くはずもない。ついでになんか余計なことを吹き込まれていそうだ。
「それとな、アリサにちょっと聞かせたい話があって。…まずは俺の話を黙って聞けよ?」
いいな?驚くなよと前置きをして、クリスは話しはじめた。
「三日前、仲買人の倉庫が襲われた。いずれも高品質のコアを扱う店の倉庫ばかりだ。だからここ二日のウィルは今まで以上に輪をかけて忙しい。」
ぶっそうな事件だな。この間の襲撃で、どこの関係者の倉庫も魔獣のもたらした素材やコアで潤っているはずだ。
それを狙ったのなら、目のつけどころがいいというか抜け目がないというか、狡猾だな。随分と手回しがいい。
それに忍耐強くもある。魔獣の襲撃はいつ起こるのか予測がつかず準備を整えて 周到な計画をたてていたとしても、からぶりの方がおそらく多いに違いない。
おそらくプロだろう。
昨日今日思いついて出来る盗人働きとは思えない。
「その事件に、君達二人と行動して一緒に怪我人を救助してまわった、あのインベントリもちの商人が関わっている可能性が出てきたんだ」
俺は驚愕した。俺の中ではあの商人さんは良い人の中に分類されている。
あの人が…何故?
「ウィルはあの商人を見た時に違和感があったと言っていたんだ。どうも『隷属の誓い』かけられているのではないかとね」
『隷属の誓い』は主に奴隷が主人に刃向かったり、逃げたりしないようかけられる一種の呪いのような状態らしい。以前の砦見学の時に、冒険者向けに奴隷をレンタルしている商人がいて、どうして彼らが逃げないのかと聞いた時に教えてもらったのだ。
ウィルは「鑑定スキル」もちだ。たとえ『隷属の誓い』がステータス上では隠されていたとしても、ちょっとしたステータスの不自然さは見えたかもしれない。
あの時、ウィルは豹頭だった、だから精度的に違和感ぐらいしかわからなかったのかも?
「用意がよかっただろう?清潔な布に大量の水。まるで魔物の襲撃が起こる事を知っていて用意していたみたいだった」
クリスは鑑定のスキルは持っていないと思う。
だけど、タイミングよく、治療に必要な物を大量にインベントリに持っていた商人に
ちょっとした疑念を感じたらしい。
「それに、同じインベントリ持ちの勘でいうんだが、あそこまで容量の大きなインベントリを持つ人間が「才能がなくて魔術師になれなかった」とはあり得ない事なんだ。」




