第6話:続けばいいのに
小学校の校門前。ランドセルを背負った羽奈が、友達と手を振って別れるのが見えた。
「バイバーイ、また明日ね!」
俺は校門の少し離れたところで、大きく手を振った。
「おーい、羽奈!」
「あ、お兄ちゃん!」
俺を見つけた羽奈は、パァッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
その頭をポンポンと撫でる。
「今日も一日お疲れさん。クレープでも食って帰るか?」
駅前の商店街にあるクレープ屋で、俺は換金で作った千円札を出してクレープを二つ買った。
「はい、お釣り二百円ねー」と店員のおばちゃんが小銭を渡してくれる。
羽奈はイチゴと生クリームたっぷりのクレープを受け取りながら、少し心配そうに俺を見上げた。
「ねえお兄ちゃん、最近すごくお金持ちだけど……どうしたの?」
鋭い。だが、不法投棄のゴミを魔法で換金しているなんて言えるわけがない。
俺は少しも慌てず、完璧な笑顔で嘘をついた。
「ああ、新聞配達の件数を増やしてもらったんだ。だから小遣いには余裕があるぞ」
羽奈はパァッと安心したような笑顔になった。
「そっか! 無理しないでね、お兄ちゃん」
「おう」
俺は羽奈の頭を撫でながら、申し訳なさに視線を逸らした。
(嘘ついてごめんな。でも、お前には余計な心配かけたくねえんだ)
▽ ▽ ▽
夕方のスーパーの野菜売り場。
カートを押す俺の隣で、羽奈が楽しそうに歩いている。
「今日の晩ごはんは何にするの?」
「んー、オムライスなんかどうだ? ふわとろのヤツ」
並んでいる野菜を吟味し、カゴに玉ねぎや鶏肉を入れる俺を見て、羽奈は両手を挙げてピョンと跳ねた。
「やったー! オムライス大好き!」
帰り道、買い物の入ったビニール袋を提げて歩く俺の手を、羽奈がギュッと握ってくる。その小さな手の温もりが、どうしようもなく心地よかった。
夜のリビング。
テーブルの上に並べられた、黄金色に輝くオムライスを見て、羽奈が歓声を上げた。
「わぁ……卵がキラキラしてる!」
「隠し味に、ちょっといいチーズを入れてあるんだ。冷めないうちに食え」
エプロン姿で腕を組む俺の前で、羽奈はスプーンで一口食べ、とろけるような顔になった。
「ん〜っ! ほっぺた落ちるぅ!」
口の端にケチャップをつけながらモグモグと食べる姿を見ているだけで、胸の奥が温かくなる。
ふと、羽奈が少し真面目な顔になって言った。
「叔父さん、最近ちょっと元気になったよね。お兄ちゃんが美味しいご飯作ってくれるからって」
「……そうか。なら、俺の『バイト』もやり甲斐があるってモンだ」
夜。
羽奈の寝室で、ぐっすり眠る彼女の掛け布団を直してやる。
「……おやすみ、羽奈」
静かにドアを閉め、ベランダに出て夜風に当たった。
高校生活を満喫して、ゴミ拾いとデザイン仕事で稼いで、妹と美味いメシを食う。
夜空の星を見上げる。俺の表情は、自分でもわかるくらい穏やかで、満たされていた。
「前世の俺には考えられなかった、充実した日々だ」
自分の両手をじっと見つめる。十七歳の、若くて可能性に満ちた手。
「こんな平和な日々が、ずっと……ずっと続けばいいんだけどな」
▽ ▽ ▽
運命の休日。
よく晴れた河川敷の芝生にレジャーシートを広げ、俺は腕によりをかけた弁当箱を開けた。
「わぁっ! フルーツサンドもある!」
「俺の特製だからな。たっぷり食えよ」
満足げにふんぞり返る俺に、羽奈はサンドイッチを頬張りながら満面の笑みを向けた。
「お兄ちゃん、最近すごく楽しそう! 前よりもずっと!」
「……そうか? まあ、楽しいのはホントだけどな」
俺は羽奈の頭を優しく撫でた。
「お前と一緒にいるからだよ、きっと」
「えへへ……私も、今のお兄ちゃん、だぁいすき!」
食後、二人で川沿いの遊歩道を散歩した。俺の片手には、水が少しだけ残った一リットルのペットボトルが握られている。
「腹ごなしに少し歩くか。風が気持ちいいな」
「お兄ちゃん、見て! お花!」
道端のタンポポを摘んで見せる羽奈に、俺は微笑んで頷いた。
「おう、綺麗だな。……ん?」
突然、前方の川岸から、空気を裂くような女性の悲痛な悲鳴が上がった。
「誰か! 助けて! うちの子がっ……!」
俺と羽奈は、弾かれたように声の方向を見た。
数日前の雨で増水し、茶色く濁って流れが速くなっている川の真ん中。
小さな子供が、ものすごい勢いで流されている。
「ごぼっ……だずげ……!」
その光景を見た瞬間。
俺の瞳孔がギュッと収縮し、額からドッと滝のような冷や汗が吹き出した。
「……川で、子供が……」
脳内で、警告音が鳴り響く。
平和な日常の終わりを告げる、絶望のサイレンだった。




