第5話:叔父の背中と、廃品の値段
朝日が昇り始めた住宅街。チュンチュンとスズメの鳴き声が、心地よい目覚まし代わりになる。
退院から数日。俺の二度目の人生は、思いのほか順調に滑り出していた。
「うん、十七歳の身体は目覚めがいいなあ。三十二の頃は朝起きるだけで腰が痛かったってのにな」
古びた木造二階建てのキッチンで、俺はエプロン姿で手際よく包丁を動かしていた。
トントンと小気味良い音を立ててネギを刻み、隣のコンロではベーコンと卵がジュージューといい音を立てている。
小鍋の味噌汁をお玉ですくい、小皿で味見をした。
「うん。出汁がしっかり効いてる。完璧だ」
ガチャ、と玄関のドアが開く音がした。
「はぁ……疲れた……」
重い足取りで入ってきたのは、作業着姿の叔父・神代孝一だった。四十代前半のはずだが、顔には深い疲労の色が刻まれ、年齢以上に老け込んで見える。
工場勤務の夜勤明けだ。俺も前世では徹夜明けの朝日を何度も恨んだから、その身体の重さは痛いほどわかる。
「叔父さん、おかえりなさい。夜勤お疲れ様です」
「真? お前、こんな朝早くから起きて……体はもういいのか?」
キッチンから顔を出した俺に、叔父は靴を脱ぐ手を止めて驚いたように目を丸くした。
「ピンピンしてますよ。朝飯、できてます。風呂入る前に食っちゃいます?」
「おいおい……これ、全部お前が作ったのか?」
テーブルに並べられた豪華な朝食――焼き鮭、ベーコンエッグ、納豆、具沢山の味噌汁――を見て、叔父は絶句した。
俺は照れくさそうに頭を掻いた。
「退院してから、なんか料理のコツみたいなの掴んじゃって。大したモンじゃないですけど」
「……っ」
椅子に座り、湯気の立つ味噌汁をズズッとすすった叔父の目尻が、みるみるうちに下がっていった。
ホッとしたような、泣きそうな表情になる。
「……美味い。五臓六腑に染み渡るな」
「凝ってますね、ガチガチだ」
俺は叔父の背後に回り、肩を揉み始めた。作業着越しの筋肉は石のように硬く、疲労の蓄積を物語っていた。
「俺たち二人を引き取ってから、無理して仕事増やしてくれたんでしょ?」
少し大人の男としての、真剣な声色になっていた。
叔父は少し気まずそうに視線を逸らす。
「バカ言え。お前たちがいるから頑張れるんだよ。……ただ、俺が不甲斐ないせいで、お前たちに苦労ばかりかけちまって、すまんな」
「謝るのはこっちです」
俺は、肩を揉む手に力を込めた。
「今までたくさん背負わせちゃって、すいませんでした」
叔父は、俺の大人びた言葉と雰囲気に驚き、振り返って俺の顔を見た。
「真……お前、なんか……」
俺は、いつもの高校生らしい無邪気な笑顔を意図的に作った。
「俺ももう十七ですから! 家のことは俺に任せてください。叔父さんは自分の体、もっと大事にしてくださいね」
「……ああ。頼もしくなったな」
叔父は少し涙ぐみ、嬉しそうにご飯をかきこみ始めた。
その丸まった背中を見つめながら、俺は小さくつぶやく。
「うん。せめてこの叔父さんに受けた恩は帰さなきゃ」
▽ ▽ ▽
チャイムの音が鳴り響く、晴天の下の高校の校舎。
黒板には複雑な数学の数式が並んでいるが、俺は欠伸を噛み殺しながら余裕の表情でノートをとっていた。
(あいつの記憶と、三十二歳までの俺の人生経験が合わさると、高校の勉強なんて驚くほど簡単なんだよなあ)
昼休みになると、友人二人が俺の席にやってきた。
「おい神代、次の数学の小テスト、ノート見せてくれよ!」
「ほらよ。丸写しすんなよ、ちゃんと内容を理解しろ」
笑みを浮かべてノートを差し出すと、友人Bがノートを受け取りながら感心したように言った。
「お前、退院してからなんか雰囲気変わったよな。落ち着いてるっていうか……変にオッサンくさいっていうか」
ビクッ!
俺の額に嫌な汗が滲む。
「お、オッサン!? 誰がオッサンだ! まだピチピチの十七歳だぞ!」
「ピチピチって言葉のチョイスがすでにオッサンなんだよ!」
友人Aが大笑いしながら俺の背中をバシバシ叩く。俺も釣られて一緒に笑い合った。
窓から吹き込む心地よい風。バカみたいなことで笑い合える時間。
(……まあ、こういうバカ話も悪くねえな。三十二歳のバツイチには眩しすぎる、青春ってやつだ)
▽ ▽ ▽
放課後。
人通りのない河川敷の、橋の下。そこには、壊れた自転車や廃家電などがこんもりと不法投棄されていた。
「さてと、今日の『バイト』を始めますか!」
ジャージ姿に着替えた俺は、腕まくりをして廃材の山を見下ろした。
前世の遺産として財布に入っていたキャッシュカード。その中の四十万円は、いざという時の最後の保険として温存しておく。日々の生活費は、このゴミ拾いで直接『現金』を作る作戦だ。
俺は、錆びた自転車のフレームをガシッと掴み、目を閉じた。
「ただのゴミでも、鉄資源としての価値はあるはずだ。……交換!」
脳内に、インターフェースのようなリスト画面が浮かび上がる。
『スクラップ自転車=1670円』
『廃バッテリー=700円』
「よーし、いいねー!」
俺が掴んでいた自転車とバッテリーが、一瞬の光と共にフッと消滅した。
そして、俺の手のひらには、ジャラッという硬貨の音とともに2370円の現金が乗っていた。
「廃品回収業&不法投棄の清掃ボランティア。俺ってば社会貢献しすぎじゃね?」
俺は次々と壊れた扇風機や電子レンジなどの粗大ゴミに触れ、小銭や千円札に変えていく。
「交換! 交換! どんどん行くぜ!」
あっという間に周囲のゴミの山は綺麗さっぱり無くなり、俺はポケットに分厚くなった現金をねじ込んだ。
「ふぅ……一丁上がり。今日の稼ぎは八千円ってとこか」
夕方、自室に帰宅した俺は、部屋の隅にある古いノートパソコンの埃を払った。
「ゴミ換金もいいが、それだけじゃただの魔法使いだ。三十二歳の俺には『大人の武器』がある」
前世の職業、ウェブデザイナー。
このスキルを使わない手はない。古いパソコンだが、デザインソフトさえ動けばこっちのものだ。
俺はキーボードを高速で叩き、スタイリッシュなポートフォリオを組み上げた。前世でツテがあった広告代理店の連中なら、名義が違っても実力主義で仕事を発注してくれるはずだ。
「『初めまして、フリーランスの神代です。御社の案件に最適な提案書をお送りします』……と。送信ッ!」
エンターキーを勢いよく叩く。
数分後。パソコンから「ピコン」と小気味良い通知音が鳴った。
「おっ、さっそく返信だ」
画面には、『素晴らしいデザインですね。ぜひLP制作をお願いしたい』の文字。
「よし! これで在宅フリーランスとしての安定収入ルート確保だ」
俺は椅子に深く腰掛け、ニヤリと笑った。
異世界の神様からもらったチートと、前世の社畜時代に培った処世術。案外、この二度目の人生、イージーモードで無双できちゃうかもしれないな。




