54 祝勝会
祝勝会は日が落ちてまもなく、ディウド守備隊長でありバロウ男爵家嫡男である若様の勝利宣言で始まった。
バロウ男爵邸の大広間には、ディウド守備隊の面々、魔獣討伐隊の隊員たち、冒険者ギルドの関係者、そして男爵家の家族とディウドの街の有力者たちが集まっている。
若様が『核』を討ち取ったことを宣言し、討伐隊を称え、守備隊を労い、ギルドへの感謝の言葉を発するごとに、会場に拍手と歓声が沸き起こった。
「――それでは、『核』討伐の立役者である英雄アドルファス・デュアー将軍、皆に一言お願いいたします」
若様に促され、アドルファスが壇上に上がると、自然と会場が静まった。皆、抑えきれない興奮を滲ませて、英雄の一挙手一投足に注目している。
「魔獣討伐隊、ディウド守備隊、そして冒険者ギルドの勇者たちよ。皆のおかげで『核』たる魔獣を討伐することができた。皆の勇気と勝利をここに称えたい」
一際大きな歓声が上がる。アドルファスが片手を挙げて合図すると、会場は再び静かになった。
「諸君の誰が欠けても、この素晴らしい勝利は得られなかっただろう。だがあえて一人、最大の功労者を皆に紹介したいと思う。……聖女ロジー、壇上へ」
「は、はいっ」
高らかに名を呼ばれ、ドキドキしながら向かう。迎えにきてくれたアドルファスに手を引かれ、一緒に壇上に上がった。
ほんの数日前、同じこの場所でアドルファスと再会した時、私は冷や汗をダラダラ流しながら壇上のアドルファスを見上げ、それから会話もそこそこに逃げ帰った。
それが今、アドルファスの手に自らの手を重ね、その隣に並び立っている。
「すでに知っている者も多いだろう。『核』の討伐にあたっては、聖女ロジーによる多大なる貢献があった。彼女なくして『核』の討伐はなしえなかったと断言できる。奇跡の聖女ロジーを皆で讃えよう!」
わっと沸き起こる歓声と拍手に包まれながら、私は夢でも見ているような心地だった。
こんなにも多くの人から笑顔と拍手を向けられるなんて、出来損ないの王女と蔑まれながら王宮の隅で俯いていた頃には想像したこともなかった。
どこか非現実的な気分でぼんやりしていると、いつのまにやら拍手と歓声が「ロジー! ロジー!」とロジーコールに変わっていた。
「皆、あなたの言葉を待っているようだ。一言頼めるか?」
アドルファスにそっと背中を押され、何も考えないまま一歩前に出た。潮が引くようにロジーコールが静まり、会場中の視線が私に注がれる。今更ながら緊張で頭が真っ白になった。
「え、えっと……」
人前で喋ることに慣れていないから、咄嗟に何を話せばいいのかわからない。キョロキョロと視線を動かすと、期待に満ちた表情で私を見上げる皆の顔が目に入った。
(ええいっ、なるようになれー!)
意を決して、私は口を開いた。
「あの、魔獣を倒したのは、デュアー将軍や騎士や冒険者の皆さんであって、私ではないんですけど……」
しどろもどろに言葉を紡ぐ。あぁ、そうじゃない。私が言いたいのはそんなことじゃなくて……。
「……私は三年前、たった一人でこのディウドの街にやってきました」
会場をゆっくりと見渡す。討伐隊、守備隊、ギルドの人たち。色々な立場の人たちがいるが、そのほとんどが今や顔見知りだ。
「一人で途方に暮れていた時、助けてくれた人たちがいました」
今この場にはいないダンさんとハンナさんの顔を思い浮かべる。初めてリコリス亭でエプロンの紐を結んだ日のことを。
「居場所ができて、少しずつ知り合いが増えて、大切な人ができて――」
ジェイクさんたち冒険者、救護室の皆さん、そして若様の顔を順々に見る。
「気がつけばこの街は、私にとってかけがえのない場所になっていました」
活気に満ちたランチ時のリコリス亭。ロウェル、ハンナさん、ダンさんと囲む和やかな食卓。ダンさんと一緒に開発した和食メニュー。大広間の食事スペースには、ダンさんが差し入れに持たせてくれた大量の唐揚げが、こんもりと皿に盛られている。
「だから、そんなディウドの街の皆さんのお役に立てて、私、すごく嬉しいです。皆さん、本当にありがとうございました!」
がばっと腰を折ると、温かな拍手に包まれた。
気の利いた話でもなければ、かっこいい言葉でもない。だけど、嘘偽りのない私の本心だ。
「聖女ロジー、心のこもった良い挨拶だった」
顔を上げると、アドルファスが青の目を細めて私を見つめていた。私の手を取り、指先に口付けを落とす。
ドキドキしていると、反対側から若様が歩み寄ってきた。
「ロジー、ありがとう」
もう片方の手を取り、甲に触れるか触れないかのキスを贈る。
「我らが勝利の女神に、今一度盛大な拍手を!」
アドルファスと若様に挟まれ、三人で手を挙げる。大広間に、この日一番の拍手と歓声が沸き起こった。
その後、男爵家秘蔵のワイン樽が開けられ、飲んで食べての宴会が始まった。
守備隊、討伐隊、冒険者。無礼講ということで、身分も立場も違う男たちが、笑顔で酒を酌み交わす。アドルファスは黒狼将軍に憧れる多くの人に囲まれている。
食事コーナーには、男爵家が用意した美味しそうな料理の数々。ダンさんの唐揚げも好評で、山盛りだったお皿はあっという間に空っぽになった。
やがて音楽隊が陽気な曲を奏で始めた。数人が踊り始めると、一人、また一人とその輪に加わっていく。
王宮で貴族たちが踊る優雅なワルツとは違う。この辺境の地で祭りや宴会の時に踊られる、素朴な民衆の踊り。大きな二重の円を作り、次々にペアを替えながら踊る気楽で楽しい踊りだ。
ディウドの街の人たちの踊りの輪に、王都から来た討伐隊員たちも見様見真似で加わった。男も女もなく、笑顔で手を繋ぎ、ステップを踏む。
「ロジー、踊ろう!」
若様が私を呼ぶ。
「デュアー将軍も良かったらご一緒に!」
私の手招きにアドルファスが頷く。
若様、班長さん、ナサニエル、ジェイクさん達冒険者、顔見知りの守備隊員、討伐隊員たち。
たくさんの人と踊り、最後にアドルファスと踊った。笑顔で見つめ合い、くるくる、くるくる。離れ際に、アドルファスが耳元で囁いた。
「この後、少し時間をもらえないか? これからのことを話したい」
真剣なアドルファスの表情。私も笑顔を消して頷き、そして言った。
「……でも、少しだけ待ってください。先に、話さなきゃいけない人がいるんです」




