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悪妻は退場しましたので【書籍化&コミカライズ予定】  作者: 中村くらら


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52 囚われのロウェル

「っ……!」


 声にならない悲鳴が上がる。

 リリアナがうっすらと口角を上げた。


「あはっ。声も出ない感じ?」

「な、何をして……」


 かろうじて絞り出した声は無様に震えた。リリアナの笑みが深くなる。


「見ればわかるでしょ。消えてもらうのよ。この子は異物だから」

「異物って……いったい何を言ってるの……?」

「え~、わかんないかなぁ? アンタってけっこう頭悪いんだね。だってさ、アドルファスと悪妻ロザリンドの子どもが存在するなんておかしいじゃん。シナリオが狂っちゃってるの、絶対コレのせいでしょ。だから排除するの。異物を排除して、シナリオを正しい道に戻さなきゃ。あたし、何か間違ったこと言ってる?」

(いや……間違ったことしか言ってないでしょ……)


 あまりに身勝手な言い分に、どこからツッコめばいいかわからない。

 だがリリアナは冗談を言っているようには見えない。正気とは思えないその目に、ゾクリと背筋が震えた。

 話が通じる気がしないが、説得を試みるしかない。私の手元に武器はないし、すでに魔力は尽きているから魔法も使えない。たとえ使えたとしても、ロウェルを盾にされては火球を放つわけにもいかない。


(とにかく時間を稼ごう。きっとアドルファスが来てくれる。それまでなんとか……)


 私はカラカラに乾いた口を開く。


「あのさ……思うんだけど、この世界は『黒狼将軍の最愛花』の世界に似てるけど、全く同じじゃないんじゃないかな……。だって、小説には登場しない人もたくさんいて、皆、それぞれ自分の意志を持って動いてるわけで……だから小説と同じになるとは限らないんだよ。私の子をどうにかしたって何も――」

「はァ? アンタ、脇役の分際でエラそうにあたしに説教する気?」


 リリアナの表情が歪む。


「この世界は造り物なんかじゃない、キャラも皆生きてる人間なんだよ~って? ハッ、ばっかみたい! この世界はね、小説の世界なの! ヒロインのあたしのために存在するの! シナリオ通りに動かないなんて、絶対に許されないんだから!」


 あぁ駄目だ……本当に話が通じない。

 だけど……リリアナの言っていることは滅茶苦茶だけど、全く理解できないわけではなかった。

 だって私もほんの少し前まで、ここは小説の世界だという思いに囚われていたから。アドルファスはシナリオ通りにリリアナを選ぶに違いないと決めつけて、断罪を回避することばかり考えていた。彼にとって自分は邪魔な存在でしかないと思い込んでいた。きちんと言葉を交わすこともせずに。

 そういう意味で、私とリリアナは同じだったのだと思う。

 だけどもう私は、自分で自分の生き方を選ぶと決めたのだ。


「まま……」


 異様な雰囲気を感じ取ったのか、ロウェルが不安そうにへにゃりと眉を下げる。


「ローちゃん、大丈夫だよ! ママが絶対に助けるから――ぅぐっ……!」


 居ても立っても居られず駆け寄ろうとした私の額に何か重たい物が激突し、その衝撃で私はよろめいた。それはぶつかった瞬間に破裂し、バシャッと私の顔を濡らす。リリアナが魔法で作った水球だと、遅れて気がついた。


「動くなって言ったでしょ!」


 リリアナが叫び、さらに魔法の水球を私に放った。圧縮されて鉛のように重さのある水の球が次から次へと襲い掛かり、私の足を止める。


「心配しなくても、ナイフで刺したりしないって。あたしだって血で汚れるのは嫌だし。この子の体、ちゃーんと綺麗なままで返してあげるから安心してね」

「ロウェルに何をする気なの⁉」

「あはは、こうするの!」


 にやりと笑みを浮かべ、リリアナが呪文を唱えた。

 彼女の前に、テニスボールくらいの大きさの水の球体が出現する。それはあっという間に大きくなり、ずぶりとロウェルの体をのみ込んだ。

 ザッと音を立てて血の気が引く。


「ロウェル、息を止めて!」


 足をもつれさせながら、ロウェルを閉じ込める水の球体に駆け寄る。ロウェルを引っ張り出そうとするが、球体は弾力のある膜で覆われ、叩いても引っ掻いても破ることができない。


「あははっ、無理無理~」


 リリアナが楽しげな笑い声を上げる。

 水の中に浮かぶロウェルはぎゅっと口を閉じて頬を膨らませていたが、ついにその口が開き、ボコリと空気が漏れた。苦しそうに顔が歪む。


(このままじゃ……!)


 ロウェルを失ってしまう。その恐怖に全身が震えた。


(せめて……せめて魔力が残っていたら、何かできたかもしれないのに……!)


 何もできない無力感に涙がせり上がったその時。私の頭に閃きが走った。


(イチかバチか、あれに懸けるしかない!)


 声の限りに、私は叫ぶ。


「ローちゃん! 魔法の練習だよ! このお水、火の魔法であっつあつにして!」


 水の中でロウェルが頷いた次の瞬間、ロウェルの全身が深紅の炎に包まれた。

 爆発するように燃え上がった炎が、ロウェルの周囲の水をのみ込み、蒸発させる。一瞬のうちに、水の球体は跡形もなく消滅した。


「は……?」


 リリアナが歪んだ笑みを浮かべたまま固まった。



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