49 泣かないで…
久しぶりにアドルファスの夢を見た。
夢の中で彼は私を抱きしめ、耳元で何度も「好きだ」「愛してる」と囁く。
(……んふふ、いい夢……。だけど私、もういかなきゃ。だって私は悪妻ロザリンドだから……)
立ち去ろうとすると、「駄目だ、いかないでくれ」とさらに強く抱きしめられ、唇を塞がれた。
情熱的に、何度も、何度も口づけられる。
その度に、唇越しに彼の熱が伝わり、私の中に染み込んでいく。私を溶かしていく。
その心地良さに身を委ねながら、ああ、私は随分と寒かったのだと、ようやく気がついた。
(あったかい……)
アドルファスの腕の中はあたたかくて、とても気持ちがいい。許されるなら、ずっとずっと、ここで眠っていたい。
「目を開けてくれ、ロザリンド……」
アドルファスの声が囁く。
(ん……ごめんね、すごく眠たいの……)
「お願いだ、ロザリンド……」
(ずっと寝ていたい……)
「ロザリンド……」
アドルファスの声が震えた。
(……泣いてるの?)
「いかないでくれ、ロザリンド……」
そこまで言うなら……仕方ないなぁ。推しに泣いてお願いされたんじゃ、聞かないわけにいかないもんね……。わかった、私、どこにもいかないよ。だからアドルファス――。
「泣かないで……」
うっすらと目を開けると、ぼんやりした視界に涙を流すアドルファスの顔が映った。
ああ、私の推しは泣き顔までかっこいいんだなぁ……なんて考えていたら、その顔がくしゃりと歪んだ。
「ロザリンド、良かった……!」
「ん……」
心地よい温もりに包まれ、再び目を閉じる。もっとその熱に触れたくて、私はすり、と頬を寄せた。
(ん……?)
私、今、何にすりすりした……?
パチリと目を開け、ぎょっとした。目に飛び込んできたのは逞しい胸板。アドルファスの、それも裸の。
上半身裸のアドルファスに抱きしめられていることに気付き、急速に意識が覚醒する。どうやら私は、胡坐をかいて座るアドルファスの足の間にすっぽりと抱えこまれているらしい。
「え? え? 何これ? どういう状況⁉」
慌てて体を起こそうとしたが、全身が重たくて起き上がることができない。
「無理はしない方がいい。あなたは川で溺れて危うく死にかけたのだから」
「川で溺れ……」
言われて記憶が甦る。『核』を倒した直後、川に引きずり込まれたのだ。……おそらくはリリアナの水魔法によって。
「アドルファスが助けてくれたの……?」
うなずく彼を見れば、いつも綺麗に整えられている黒髪が、しっとりと濡れて乱れている。
「すまない、濡れた服は脱がせた。体が冷えてしまうから……」
アドルファスが申し訳なさそうに眉を下げる。言われてみれば私は騎士服の詰襟とズボンを身につけておらず、下着の上にシャツを一枚羽織っているだけだ。
半裸で抱きしめられている自分に気づき、かぁっと頬に熱がのぼる。
「わっ、あっ、はい。それは仕方ないとは……!」
今いる場所はやけに空気がひんやりしている。こんな場所でぐっしょり濡れた服のまま気を失っていては、下手をすれば命に関わる。そう頭ではわかっていても、恥ずかしさに悶えそうだ。
「……それはそうと、ここはいったい?」
どうしてこんなに寒いんだろうと思って周囲に目をやり、半透明の壁に囲まれていることに気がついた。まるで多面体の水晶のドームの中にいるような幻想的な気分になる。
「これは俺が氷魔法で作った防御壁だ」
「氷……それでひんやりしてるんですね」
「川に流されてあの洞窟からは出たが、ここはまだ『魔の森』の中なんだ。気を失ったあなたを背負って一人で森を突破するのは無謀と判断し、ここで救助を待つことにした」
「それじゃ、この壁の外は……」
「ああ、魔獣がうろうろしている」
氷の壁は分厚く、光が乱反射して白っぽい部分もあり、外はそれほどはっきり見えるわけではない。だが確かに、何か動物のような影が複数、ドームの周囲をうろうろしているのが窺える。
思わず小さく息をのむと、私を抱くアドルファスの腕に力がこもった。
「不安な気持ちはわかる。だが、心配しないでくれ。ナサニエルが必ず俺たちを見つけ出してくれる。それまで絶対に持ちこたえてみせる」
私を見つめるアドルファスの目に迷いはなかった。心からナサニエルを信頼しているのだとわかるその目に、安堵と、それから羨ましいような気持ちになった。
「待つしかないということはわかったんですけど、あの、ずっとこの体勢というのはちょっと……」
お互いに半裸でくっついているこの体勢、なんというか、ドキドキしすぎて心臓がもたない! 目のやり場にも困るし!
「すまない。不快だろうがもう少しだけ我慢してほしい」
「いえ、あの、私を温めてくれてるってことは分かってるので! 不快とかじゃないんですけど……あっ、そうだ! 火魔法で服を乾かせば……」
脱・半裸! と思い、両手から温風を出そうとしたのだが、手の平からはプスンと一度煙が出ただけで、あとはもうウンともスンとも言わなかった。
「だ、駄目だこりゃ……」
「限界まで体力を消耗しているんだ。今は無理せず休むといい」
がっくりと項垂れる私を、アドルファスが慰めてくれる。
「……でも、アドルファスも寒いでしょう?」
「問題ない。あなたが寒い思いをするよりずっといい」
やわらかなアドルファスの微笑みに、胸の奥がきゅっと苦しくなった。
「どうして――」
急流にのまれた私を、たった一人で助けてくれた。きっと自ら飛び込んだに違いない。自分だって無事に済むとは限らないのに。討伐隊の隊長の、その責任ある立場さえもかなぐり捨てて。
陸に上がってからも、防御壁で私を守ってくれている。涼しい顔をしているが、アドルファスだって体力も魔力も限界に近いはずだ。それなのに、凍り付きそうな空気の中、私に体温を分け与えてくれている。
「どうして、私のためにそこまでしてくれるの……?」




