47 ラスボス現る!
「ここが『核』の棲み処……」
ごくりと唾を飲み込み、真っ黒な入口を見つめる。
洞窟の入口は、縦三メートル、横五メートルほどの大きさだった。中は暗く、奥を見通すことは全くできない。
この暗闇の中に『核』――ひときわ巨大で凶暴な魔獣が潜んでいるのだと思うと、嫌でも緊張が高まる。
思わず身震いすると、アドルファスが繋いだ手に力をこめた。それだけで恐怖が和らぎ、勇気が湧いてくる。さすが、推しの力は偉大だ。
「皆、決して無理をするな。行くぞ」
アドルファスの合図で、私達は洞窟の中に足を踏み入れた。
一段と濃い瘴気に、思わず口元を手で覆う。この洞窟の中から瘴気が湧き出ているんじゃないかと思えるほどの密度だ。
洞窟内は真っ暗だが、先導役の騎士が魔法で出した火の玉が私たちの周囲をふよふよと飛び回り、洞窟内を照らしてくれる。
片手で壁を確かめながらそろそろと進む。少し行くと、ゆるやかな下り坂になった。遠くで勢いよく水の流れる音が聞こえる。
やがて、ぽっかりと広い空間に出た。まるで鍾乳洞のような場所だ。高い天井からは氷柱のような石が垂れ下がり、壁は滑らかな石の層が、まるで水が流れるような形を描いている。ところどころに小さな水たまりのある石の床面には、氷柱を逆さまにしたような石がニョキニョキと生えている。
綺麗にライトアップすれば人気の観光地にでもなりそうな幻想的な空間……なのだが、上を見上げた時にうっかり見てしまった。天井にびっしりと例の卵がくっついているのを……!
(ぎぇぇぇ! 無理すぎるー!)
ぐりんっと顔を背けて最奥に目をやれば、壁の上の方から轟音を立てて滝が落ち、私達が立つ広い床面の両脇の川に流れ込んでいる。つまり私達は、滝と急流に囲まれた広い石の舞台の上に立っているのだ。
RPGでいかにもラスボスが登場しそうな場所に、やはりそれはいた。
滝の裏側の洞窟、その奥でゆらりと影が蠢く。一際濃い瘴気の気配に、肌がピリピリする。
「来るぞ! 各々構えろ! 衛生班と聖女ロジーは下がって援護を!」
アドルファスの鋭い声が飛ぶ。騎士と冒険者が武器を構え、魔法を使える者はそれぞれ攻撃魔法の詠唱を開始した。
私は衛生班と共に壁際に下がる。
リリアナは、「足手まといにならないでくださいね」と冷ややかな目で私を見てから、防御魔法の詠唱を始めた。
「もちろん、私も全力を尽くしますよ!」
リリアナに言葉を返し、私は浄化の炎を手の中で練り上げる。それを石舞台の真上に放って弾けさせると、浄化の光が騎士と冒険者に降り注いだ。これで多少は皆の瘴気が祓えるはずだ。
アドルファスがちらりと振り返って私に頷いた。私はグッと親指を立ててそれに応える。
そして、私のその聖魔法が合図になったかのように、滝の裏側から『核』が姿を現した。
ぞろりと現れたのは、二つの頭を持った大トカゲのような魔獣。
(これが『核』? なんか想像より随分小さいな……?)
そう思った次の瞬間、メキメキと音を立てて魔獣の体が膨張し、あっという間に見上げるような巨体に姿を変えた。なんと体の大きさを変えられるらしい。
トカゲのような体は黒光りする鱗に覆われ、四本の脚には鋭い爪、そして二つの首。禍々しく光る四つの目が私達を睥睨する。
「作戦通りに放て!」
アドルファスの声を合図に、騎士達が魔法を発動した。雷の一撃が、真空の刃が、火球が、岩の礫が、水の弾丸が、氷の槍が、立て続けに魔獣に襲い掛かる。
もうもうと立ち込める水蒸気の中、魔獣の口から耳をつんざくような咆哮が上がり、空気がビリビリと震えた。
「やったか……⁉」
ジェイクさんが身を乗り出した次の瞬間、水蒸気の中から現れた長い尻尾が鞭のようにしなり、ジェイクさんの体が後ろに吹き飛んだ。
「ジェイクさん!」
壁際近くまで飛ばされて倒れ込んだジェイクさんに慌てて駆け寄る。咄嗟に両腕で防御したのだろう、革製の籠手がズタズタに裂け、両腕が血まみれになっている。ジェイクさんの顔が苦悶に歪んでいる。
「痛ってぇ……。こりゃ折れてやがるな」
「すぐに治癒魔法をかけます!」
ジェイクさんの手を握り、聖属性の魔力を流し込みながら、魔獣の方に目を向けた。
ようやく水蒸気が晴れた時、そこには攻撃前と変わらない魔獣の姿があった。
「魔法が効かない……⁉」
騎士たちの間に動揺が走る。
「落ち着け。効いていないわけではない」
アドルファスの指差す方を見れば、確かに氷の槍は魔獣の体に刺さり、刺さった部分から体液が流れ出しているし、鱗もところどころ剝がれている。
けれど次の瞬間、私達は目を瞠った。魔獣の傷がみるみるうちに塞がり、剥がれたはずの鱗が甦ったのだ
「再生した……⁉」
唖然とする私たちを嘲笑うかのように、魔獣の二つの首がゆらゆらと揺れる。その首が突然、勢いよく伸びて二人の騎士に襲いかかった。一人は倒れ込むように身を捩って躱し、もう一人は長剣で受け止めたが堪えきれずに後ろに倒れ込む。
鋭い牙の並ぶ大きな口が倒れた騎士に噛みつこうとしたまさにその時、アドルファスが素早く呪文を唱え、氷の刃を立て続けに三発放った。三つの刃は過たず魔獣の首に命中し、首は騎士に触れる直前でごろりと転がる。アドルファスは間髪をいれずに次の刃を放ち、もう一つの首も落とした。魔獣が苦しげに身を捩る。
「やった! 首を落とせばさすがに……っ⁉」
騎士の声が途中で止まった。スッパリと切られた首の断面、その表面が真っ黒な瘴気の靄に包まれたかと思うと、ぼこぼこと肉が盛り上がり始めたのだ。ヒッと悲鳴のような声がリリアナの口から漏れた。
「怯むな! 攻撃を加え続けろ!」
「はい!」
アドルファスの檄が飛び、騎士達が再び攻撃魔法の詠唱に入る。
「やれやれ、首まで再生しますか……。これは少々厄介ですね」
いつの間にか近くに来ていたナサニエルが言った。いつものような飄々とした口調だが、いつにない緊張感が滲んでいる。
「こ、こういう場合、どうやって倒すんですか?」
「単純な話ですよ。魔獣の再生スピードを上回る速さで攻撃を加え、息の根を止めるのみです」
「でも首を落としても死なないなんて……」
「どの魔獣にも急所は必ずあります。急所に致命傷を与えることができれば、魔獣は死ぬ」
「急所……」
「私の見立てでは、魔獣の体のどこかに、瘴気が濃い場所があるのではないかと。あなたになら見えるのではないですか?」
ナサニエルが私を見てニヤリと口の端を上げる。私はうなずき、騎士達と攻防を続ける魔獣に目をやった。
黒い瘴気の靄に覆われた魔獣の体を、目を凝らして見つめる。一際瘴気の濃い部分……。
「あった! 胸の真ん中あたりです!」
「さすが聖女様です! 皆さん、急所は胸の中心! そこを狙ってください!」
「心得た!」
騎士達は応え、魔獣の胸部に魔法を集中させる。
だが、騎士たちの魔法は魔獣に傷を負わせはするものの、深い傷を負わせる前に塞がってしまう。魔獣の再生スピードが速すぎるのだ。
次第に騎士たちの顔色が悪くなっていく。魔法の多用による疲労、一向に致命傷を与えることができない焦り、さらに濃い瘴気が彼らの体力を奪う。
動きの鈍ったところに魔獣の攻撃を食らい、一人、また一人と怪我を負う。衛生班の騎士たちが素早く後方に連れ戻した怪我人を治療しながら、私も先の見えない焦燥感に駆られていた。
(このままじゃ……)
「このままでは我々が先に体力切れになってしまいそうですね」
時折後方までのびてくる魔獣の首を水魔法の盾で防ぎながら、ナサニエルの声にも焦りが滲む。
「再生スピードをわずかでも遅らせることができれば……」
「たぶん他の場所で戦っていればもう少しマシだったと思うんですけど……ここはものすごく瘴気が濃いので」
私の言葉に、ナサニエルが首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「あ、えっとですね、間違ってるかもしれないんですけど……」
そう前置きして、私は仮説を口にする。
「魔獣が再生する時、傷口に空気中の瘴気が集まっているように見えるんです。たぶん、瘴気によって再生してるんじゃないかと……」
そう言うと、ナサニエルの眼鏡がキランと光った。
「なるほどなるほど……ふむ、だとしたらこの方法ならあるいは……一番効いているのは氷魔法ですか、ふむ……」
ナサニエルはなにやらブツブツと呟くと、「閣下!」と前線で戦うアドルファスを呼び寄せた。
やってきたアドルファスはいつも通りの涼しい表情だが、その額にはわずかに汗が浮かんでいる。
「ナサニエル、そろそろ皆の限界が近い。撤退の決断をしようと思う」
「その前に一つ、試してみていただきたい攻撃方法があります。閣下と聖女様のお二人に」




