44 だってヒロインはあたしなんだから②(リリアナside)
(は? 悪妻ロザリンド、領地に閉じ込められてるんじゃなかったわけ? しかもコイツが聖女ってどういうことよ⁉ 意味わかんないんだけど!)
聖女、それはこの小説において特別な存在で、その地位にふさわしいのは世界でただ一人リリアナのみである。そのはずなのに……。
怪我人を治癒して皆から賞賛を浴びるロザリンドの姿に呆然となった。傍らにはフィリップ・バロウとかいうアドルファスと違うタイプのイケメンが守るように張り付いて、甘い目でロザリンドを見つめているし、他の守備隊の男たちはロザリンドを女神のように崇めている。
(はァ⁉ ロザリンドは嫌われ者の悪妻のはずでしょう⁉ いったいどうなってるのよ!)
原作のイメージと全く違うロザリンドの言動を観察するうちに、ある一つの疑いを持った。その疑いはすぐに確信に変わった。
(コイツ、あたしと同じ転生者じゃん……)
いつの時点で前世の記憶を取り戻したのか知らないが、おそらく断罪回避のためにアドルファスから離れたのだろう。アドルファスは、王家から嫁いできた妻の不在を知られるわけにいかないから、妻一筋だとか、領地で静養しているなどという嘘の噂を流したのだ。そう考えると辻褄が合う。
二人きりの場でカマをかけると、ロザリンドはあっさりと転生者であることを認めた。
だが、どうして聖魔法に目覚めたのかは自分でも分からないとのことだった。
アドルファスと愛し合ってなどいない、ヒロインとヒーローの邪魔をするつもりはないと言うので、ひとまずその場は引き下がったが、もやもやとした気持ちは消えなかった。
気がかりなのは、アドルファスがロザリンドを見つめる目だ。
鋭い視線は、身勝手に姿を消した厄介な妻に対するものだと、初めは思っていた。だが、そうではないとすぐに気がついた。
まるで、恋焦がれるような目でロザリンドを見つめているのだ。
(あの女が聖女の力に目覚めたから? だとしたらほんと腹立つ!)
アドルファスがロザリンドに好意を持っているとしたら厄介だ。だって二人はすでに結婚しているのだ。リリアナが割り込む隙がなくなってしまう。
だがアドルファスは、聖女ロジーが妻のロザリンドだと気づいている様子なのに、どういうわけかそれを公にするつもりはないようだった。理由はわからないが、ロザリンドに遠慮しているように見える。
(それならそれで、あの女には退場したままでいてもらわなきゃね)
どうやらロザリンドは領主の息子フィリップ・バロウと好い仲で、二人の間には子どもまでいるらしい。
他の男の子どもを産んだとなれば、アドルファスとてロザリンドを連れ帰るのを断念せざるをえないだろう。
自分以外に聖女が存在するというのは腹立たしいが、ロザリンドが王都から遠く離れた辺境に留まるというなら、大目に見てもいいかもしれない。
アドルファスの攻略は、王都に戻ってからじっくりと進めるとしよう。
そう思っていたのに、ロザリンドは聖女としてますます存在感を増し、アドルファスとの距離も縮まっているように見えた。
(瘴気が見えるってなによ。そんな嘘ついてまで皆にちやほやされたいわけ⁉ そんな設定ないって、あたしは知ってるんだから!)
皆が騙されてはいけないと、嘘だと指摘したのに、アドルファスは真っ先にロザリンドの肩を持った。
おまけに、後でアドルファスに呼び出され、「聖女に対する失礼な態度は改めるように。次に同じことがあれば隊から外れてもらう」と厳しく叱責を受けた。
あまりの屈辱に体が震えた。
(あたしはヒロインなのに、こんなの間違ってる……。どう考えてもあの女のせいよ。アイツが悪妻の役割をちゃんと果たさないから……)
やはりロザリンドには悪役でいてもらわなくてはならないのだ。
そう悟り、一計を案じて周囲の隊員たちに涙ながらに訴えた。
「あたし、ロジーさんに嫌われてるみたいなんですぅ。避けられて、あたしだけ浄化してもらえなくてぇ……。こんな嫌がらせをする人が聖女だなんて何かの間違いなんじゃ……」
以前なら、涙を浮かべてすり寄れば、男たちは皆リリアナの味方をしてくれた。だが、彼らから期待した反応は返ってこなかった。
「避けられてる? 気のせいじゃないか?」
「嫌がらせだなんて、あの聖女様がそんなことをするとは思えないけど」
「……むしろ、君の方が聖女様を避けてるよな? どういうつもりで聖女様を貶めるような発言を?」
しまいには冷ややかな目を向けられ、「あ、あの、やっぱりあたしの気のせいだったかも……」と引き下がるしかなかった。
せめて森への遠征は阻止したかったのに、それすらも叶わなかった。
(街の皆を守りたいとか良い子ぶって、性格悪っ! あーあ、ほんと最悪!)
闇雲に通りを歩いていた時、行き交う人々の中に揺れる赤毛を見付けたのは偶然だった。
密かに後をつけたのは必然だった。
「準備中」の札がかかった小さな食堂。赤毛の女が近付くと、中から扉が開き、小さな男の子が顔をのぞかせた。
「ままー!」
「ローちゃん、ただいま~」
男の子がパッと満面の笑顔になり、両手を上げて女に歩み寄る。女もまた男の子に駆け寄り、その小さな体を抱き上げた。
「あのね、あのね、ろーちゃがおっきしたらね、おいもしゃんなくなってたの!」
「えっ、ほんと? もしかしたら妖精さんがパパのところに届けてくれたのかも!」
「やっちゃぁ! ようせいしゃん、あいがとー! ぱぱ、ろーちゃのおいもしゃんたべたかなぁ?」
「ふふ、きっとね」
女と男の子が楽しそうに笑い合いながら扉の向こうに消える。
それを物陰から盗み見し、リリアナは口を手で覆った。思わず漏れ出そうになった声を必死にこらえる。バクバクと心臓がうるさい。たった今自分が見た光景が信じられなかった。
(なに、あれ……。あの子ども……黒髪、青い目……どこからどう見ても、アドルファスの子どもじゃん……)
ロザリンドに子どもがいることは知っていたが、てっきりフィリップ・バロウの私生児だと思い込んでいた。
まさか、ロザリンドがアドルファスの子どもを産んでいたなんて。
(あの嘘つき女、アドルファスとは愛し合ってないって……どうして聖女になったかわからないって……全部、ぜーんぶ嘘だったんだ……!)
ゆらり、と。リリアナの桃色の瞳に憎悪の炎がゆらめく。
(許せない……やっとわかった……だからうまくいかなかったんだ……あの女と子どものせいで、全部……。物語を正さなきゃ……だってヒロインはあたしなんだから。そのために……)
やがて日が沈み、店に温かな灯りが灯る。
暗がりに身を潜めてそれを見つめるリリアナの口から、小さな呟きが漏れた。
「異物は排除しなきゃ……」
次回、ロザリンド視点に戻ります。




