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悪妻は退場しましたので【書籍化&コミカライズ予定】  作者: 中村くらら


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43/56

43 だってヒロインはあたしなんだから①(リリアナside)

リリアナ視点です。

(なんなのよあの女! ただの脇役、当て馬のくせに調子に乗って、あたしの邪魔ばっかりしてさ! あーもう、ほんっとムカつく!)


 ディウド守備隊の詰所を出て一人で街を歩きながら、リリアナは心の中でロザリンドを罵り続けていた。

 明日は早朝から討伐に出る予定になっている。宿舎として滞在しているバロウ邸に直帰して体を休めるべきだと頭では分かっているが、むしゃくしゃしてそんな気にはなれなかった。

 

 リリアナが前世の記憶を取り戻したのは、いまから二年前、十六歳の時のことだった。

 まぁまぁ好んで読んでいた小説『黒狼将軍の最愛花』のヒロインに転生していることに気づいたリリアナは歓喜した。


 魔法や貴族制度がある異世界を舞台にした、ベタなロマンスファンタジー。

 ヒーローのアドルファスは、英雄と持て囃される美形騎士だ。伯爵という地位は恋愛もののヒーローとしては正直ショボい気がするけれど、顔は文句なしに良いし、細マッチョな体も魅力的だ。クールなイケメン騎士に独占欲強めで溺愛されるのも、まぁ悪くない。


 それに、この小説のヒロインにはもっと重要な設定がある。

 ヒロインはヒーローであるアドルファスと両想いになると、希少で強力な聖魔法に目覚めることができるのだ。

 救国の聖女として皆からちやほやされる未来を想像するとゾクゾクして笑いが込み上げた。


 問題は、物語の開始時期まであと二年もあるということだった。

 小説『黒狼将軍の最愛花』のヒロインであるリリアナは、いわゆるドアマットヒロインだ。

 弱小男爵家エイムズ家の令嬢として生まれたが、実母とは幼い頃に死別し、父は母が亡くなるとすぐに元愛人を妻として招き入れた。

 この継母と異母妹に煙たがられ、使用人以下の扱いを受けるようになるが、父は不仲だった前妻の娘に無関心で知らん顔。それどころか、継母たちと一緒になって娘を虐げるクズっぷり。

 ついに十八歳の誕生日、異母妹の髪飾りを盗んだという冤罪をかけられ、罰として鞭で打たれた挙句、魔獣の住む森の近くに置き去りにされる。

 魔獣に襲われ死を覚悟したところで、魔獣討伐にやってきたアドルファスに救われる。そうしてようやく物語がスタートするのだ。


(これから二年もこき使われたり鞭で打たれるとか、冗談じゃないんだけど)


 そう考えたリリアナは、直ちに男爵家を出奔して王都に向かい、志願して魔術師として王国騎士団に入団した。そして、少しだけ使える水魔法を活かして、狙い通りアドルファスが所属する魔獣討伐隊の衛生班に配属となった。

 予定より二年早く出会うことになったヒーロー、アドルファスは、挿絵のイメージ以上のイケメンで、リリアナは大興奮した。


(色気やっば! あのイケメンが二年後にはあたしのものになるって最高なんですけど! 出会い方は変わっちゃったけど、問題ないよね? 原作でも、ヒーローに保護された後のヒロインは魔獣討伐隊の衛生班に入るんだし、ちょっとその時期が早くなるだけだもんね)


 リリアナは物語のヒロインだけあって、見た目は文句なしの可憐な美少女だ。当然、異性からモテる。魔獣討伐隊に他に若い女性がいないこともあり、リリアナは無双状態と言っていいほどにモテてモテてモテまくった。

 正直、悪い気はしなかった。本命はアドルファスだけれど、まだ物語は始まっていないのだ。十八歳の誕生日までなら少しくらい遊んでも構わないだろうと、容姿がよくて裕福な何人かの誘いに乗った。

 もちろん、本当に付き合ったりはしない。思わせぶりな態度で贈り物をねだったり、デートをしたり、手を繋いだり。

 特に顔が好みだった男とはキスもしたけれど、それ以上の行為はのらりくらりと躱した。さすがに処女を失ってしまうと、物語に影響が出そうな気がしたからだ。

 そんな同僚以上恋人未満の男たちとも、十八歳になるまでにはきれいに関係を清算した。そこまでは、リリアナの異世界生活は順風満帆、何の問題もなかった。

 そしていよいよ十八歳の誕生日を迎えたリリアナは、アドルファスに狙いを定めた。


(ふふっ。ついにあたしがヒロインになる時が来たわ! さっさとアドルファスを攻略して、聖女の地位をゲットしなきゃね!)


 けれど、そう簡単に思い通りにはいかなかった。 

 すでにアドルファスと面識は得ていたものの個人的な交流はなく、彼はリリアナを「エイムズ」と家名で呼び、他の隊員と同列に扱ったのだ。

 どんなに可愛らしい微笑みを向けても、偶然を装ってボディタッチをしてみても、そのクールな表情が揺らぐことはなかった。


(あーあ。出会いを変えたの、ちょっと失敗だったかも。この手のヒーローって、可哀想なヒロインちゃんに庇護欲そそられて恋に落ちるんだもんね)


 それならばと、折り入って相談があるとアドルファスのもとに押しかけ、涙ながらに大袈裟に身の上話を語って聞かせ、「可哀想な私」をアピールした。


『エイムズの家名を耳にするだけで辛くってぇ……。だから、あたしのことはリリアナって呼んでほしいんですぅ』


 潤んだ瞳で同情を引くのと同時に、呼び方を変えるよう働きかけた。

 これはなかなか効果的で、家族から虐げられていたというリリアナの話を、アドルファスは真剣な顔で聞いてくれた。

 そして、呼び名を「エイムズ」から「リリアナ嬢」に変えてくれた。「リリアナ」と呼び捨てにすることまでは承知してくれなかったが、大きな前進にリリアナはほくそ笑んだ。

 だが、それだけだった。リリアナがどんなにアピールしても、アドルファスは一切リリアナに興味を示さなかった。


(え、なんで? だってあたしはヒロインなんだよ? おかしくない?)


 何か原作と違う点があるのではないか。気を付けて周囲を観察するうち、アドルファスの妻ロザリンドが全く姿を見せないことに気がついた。

 アドルファスに一目惚れし、王命で強引に妻の座に収まった嫌われ王女ロザリンド。

 小説の中でロザリンドは、夫の心を得られないことに腹を立て、夫の気を引こうと我が儘の限りを尽くす。時には騎士団本部にまで押しかけ、将軍の妻の地位を振りかざして傍若無人に振る舞うのだ。

 そんな悪妻ロザリンドは、アドルファスの配下に美しい少女――リリアナがいることに気付き、激しい嫉妬にかられてリリアナに嫌がらせを繰り返すようになる。アドルファスはそんなロザリンドからリリアナをかばううちに、健気に耐えるリリアナに特別な感情を抱くようになる――。

 リリアナとアドルファスの距離を縮めるイベントはそれだけではないが、悪妻ロザリンドの存在が重要な恋のスパイスであることは間違いない。それがないせいで攻略がうまくいかないのだと、リリアナはそう考えた。


(もしかして、悪妻ロザリンドと結婚してないとか?)


 そう思って情報を集めたが、ロザリンドと三年前に結婚していることは間違いないようだった。

 しかも噂では、「デュアー将軍は奥方一筋」らしい。だがその一方で、夜会やお茶会に夫婦揃って参加していたことは一度もないという話も聞いた。それどころか結婚以来、ロザリンドは一度も社交界に姿を見せていないとも聞き、リリアナは混乱した。


(どういうこと……? 悪妻ロザリンドはどこで何してるわけ?)


 思いきってアドルファスに尋ねると、表情を曇らせた彼から、「妻は体調を崩して領地で静養している」という答えが返ってきた。

 それを聞いてリリアナはピンと閃いた。


(あ、なるほどね。押し付けられた我が儘王女の扱いに困って、領地に閉じ込めてるわけだ)


 デュアー将軍は妻を溺愛するあまり宝物のように領地の屋敷に囲い込んでいるのだ……なんていう噂も聞こえてきたが、リリアナは全く信じなかった。

 なぜなら、アドルファスというキャラに、そういうヤンデレじみた要素はないはずだからだ。王家の手前、ロザリンドを邪険に扱っていると知られるわけにはいかないから、わざと溺愛などという嘘の噂を流しているのだろうと予想できた。


(ふぅん。ま、とりあえず、夫婦仲が最悪なのは原作と同じみたいで安心したわ)


 いずれこの二人には離婚してもらわなければならないのだから、夫婦仲が良くては困るのだ。

 どういうわけか、原作と違って領地に閉じ込められてしまっているようだから当て馬の役割は期待できないけれど、他のイベントでうまくアドルファスと仲良くなれば大丈夫だろう。


 そんなことを考えていた矢先、ディウドという辺境の町に魔獣討伐に行くことが決まった。


(原作にそんなイベントなかった気がするけど? ……もしかして、悪妻ロザリンドの嫌がらせイベントがなくなった代わりに、別のイベントが発生したということなのかも?)


 つまりこの遠征は、アドルファスとの仲を深めるチャンスに違いない。

 ウキウキしながらディウドに到着したリリアナを待っていたのは、名前と姿を偽った悪妻ロザリンドだった。



リリアナ視点はもう1話続きます。

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