42 妖精さんから、お届け物です
さらに作戦会議で細かなことを詰めた後、私はいつも通りに討伐隊員(ただしリリアナを除く)の瘴気を浄化して回り、最後にアドルファスと向かい合っていた。
私がアドルファスを浄化しに行くとナサニエルはいつも、「おっと、用事を思い出しました~」と言って出て行ってしまうので、部屋には私とアドルファスの二人きりだ。
いつものように椅子に腰掛けたアドルファスの前に立ち、手を握って聖属性の魔力を流し込む。
『核』に接近したからだろう、アドルファスのまとう瘴気はいつも以上に濃く、ねっとりと絡みついている。アドルファスだけではない。他の討伐隊員たちの瘴気もいつもより明らかに濃く、不調を訴える隊員も多かった。
それを見てしまったからこそ、森への同行を願い出たというのもある。私自身は魔獣とは戦えないけれど、皆の瘴気をこまめに祓うことができれば、きっと戦闘に有利になると思うのだ。
「……いつもより時間がかかりそうです。これだけの瘴気、辛いでしょう?」
「そうだな、至近距離で『核』の瘴気を浴びると、さすがに……」
アドルファスは両眼をつむり、苦痛をこらえるようにぎゅっと眉根を寄せている。
これだけの瘴気をまとわりつかせながら、アドルファスは皆の前では表情一つ変えることなく、全く不調を感じさせない。けれど二人きりで浄化する時だけは、こんなふうに少しだけ辛さを見せてくれるようになった。
「だが、こうしてあなたに浄化してもらうのは、本当に……心地良い」
吐息交じりにそう言って、アドルファスは私を見上げ、ゆるりと目尻を下げた。私の心臓がギュンッと跳ねる。
(んぎゃっ! 普段クールなイケメンがたまに見せる気の抜けた微笑みの破壊力たるやッ! しかも上目遣いときたもんだ!)
ぶわっと顔が熱を持つ。と同時に浄化の炎もボワッと燃え上がり、「うっ」とアドルファスが呻き声を上げた。
「ご、ごめんなさい! どこか痛かったりとか……」
うっかり魔力を流しすぎてしまった。慌てて手を離そうとすると、逆にぎゅっと握りこまれた。
「いや、大丈夫、だ。少々、その……刺激が強かったが……」
何かを堪えるように眉を寄せ、口元を引き結ぶアドルファス。そっと視線を逸らすその目元はほんのりと赤く染まっていて、なんだか壮絶な色気を放っている。
(えっ、いや、なにこの反応……? 苦痛……ではないようだけど、いったいどういう感覚だったわけ⁉)
知りたいような、知りたくないような……。
なんとなく気まずくなり、私は強引に話題を変えることにした。
「そ、そういえば、『核』ってどんな魔獣なんですか? 近くで見たんですよね?」
そう言うと、アドルファスの表情が即座に引き締まった。
「そうだな……巨大な双頭の竜と言えば伝わるだろうか。岩のような鱗に覆われていたから、生半可な武器は通らないだろう。主に魔法で戦うことになるだろうと思う」
「双頭の竜……」
そう聞いただけでラスボス感があるというか、ものすごく強そうだ。
そして岩のような鱗。岩……岩ですか。ふむ。水属性の攻撃魔法など、試してみていただきたいですね。水魔法の使い手といえばリリアナと、あと確かナサニエルもそうだったような……。
「大丈夫だ」
不意に、私の手を握るアドルファスの手に力がこもる。アドルファスを見ると、まっすぐな青の瞳と視線が絡んだ。考え事をして無言になったのを、不安になっていると誤解されたらしい。
「あなたのことは必ず守る。あなたを、あなたの大切な人たちのもとに無事に帰すと約束する。……俺の命に代えても」
「おっ……」
真摯な瞳に貫かれ、私はしばし言葉を失った。
「い、命とか、軽々しく言わないでください! 『核』を倒して、全員無事に帰ってくるんです。私はそのためについて行くんですから」
軽く睨むと、アドルファスは一瞬目を見開き、「そうだな」とうなずいた。
……きっとアドルファスはわかっていない。自分もまた、私の「大切な人」の一人だということを。
アドルファスは私の前世の『推し』。でも、今はもうそれだけじゃない。
初恋の人で、形ばかりとはいえ夫婦で、初めて結ばれた相手で、それから可愛い可愛いロウェルの父親で……。そんなの、特別に決まっている。離縁間際の身で、そんな本音を告げるわけにはいかないけれど。
だけど一つだけ。これだけは……。
浄化を終え、そっとアドルファスの手を離す。懐からガサゴソと取り出した紙包みを、アドルファスに差し出した。
「これは?」
「妖精さんから、お届け物です」
「妖精……?」
「あー、えっと、焼き芋のお裾分けです。今日の午前中、店の裏庭で焼いたんです。……ロウェルと一緒に」
お昼寝で眠りにつく前、『ようせいしゃん、ろーちゃのぱぱにおとどけちてくだちゃい』と枕元に置いた焼き芋。
小さな手が一生懸命に包んだ焼き芋を、アドルファスの大きな手の平に乗せる。
「……今ここでいただいても?」
「どうぞ。お口に合うかどうかわかりませんが……」
アドルファスが慎重な手つきで包み紙を開く。半分に割り、黄金色の断面をしげしげと見つめてから、かぶりついた。
ドキドキと見守る前で、アドルファスがもぐもぐと芋を咀嚼する。ごくりと喉が上下した。
「……旨い」
その一言に、ふぅっと肩の力が抜けた。ロウェルがパパにと望んだ焼き芋。そうと告げることはできないけれど、好意的に受け取って貰えたことにホッとする。
「良かった……」
「火魔法で焼いたんだな。魔力が感じられる。あなたのと、もう一つ……」
焼き芋をもう一口食べて、アドルファスが私を見上げた。
「もしや、あなたの子どもの……? ロウェル、も火魔法が使えるのか?」
「あ、はい、そうなんです」
「そうか……あなたの属性を受け継いだのだな」
アドルファスは目を細めて焼き芋を見つめている。
(実はあなたの氷属性も受け継いでいるんです……)
……なんて、今はまだ言えないけれど。
ドキドキする心臓を手で押さえ、密かに深呼吸をする。「あのっ」と切り出した声は緊張で上擦っていた。
「明日の討伐が終わったら、デュアー将軍は王都に戻られるんですよね?」
「ああ、明後日にはディウドを発つ予定になっている」
「その前に、少しだけお時間をいただけないでしょうか? 私の子どもに……ロウェルに会ってやってほしいんです」
アドルファスが息をのむ気配があった。
青の瞳が柔らかく私を見つめる。なぜだかその瞳は、どこか寂しげに見えた。
「……ありがとう、機会を設けてくれて。必ず、無事に戻ろう」
「はい、必ず一緒に」
ロウェルに会えばきっとアドルファスは気づいてしまうだろう。ロウェルが誰の子なのか。
アドルファスを悪妻ロザリンドから解放したいと思いながら、その妨げになりうることをしようとしている自覚はある。本当は、ロウェルの存在は隠しておくべきなのだ。
(それでもやっぱり私、一度でいいからローちゃんをパパに会わせてあげたい……)
ロウェルに会った時、アドルファスがどんな反応をするのか、不安がないと言えば嘘になる。
(だけどきっと、この人はロウェルを傷つけたりはしない……)
優しい顔で焼き芋を完食したアドルファスの姿に、私はそんな確信を抱いたのだった。




