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悪妻は退場しましたので  作者: 中村くらら


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41 作戦会議

 焼き芋アイスクリームパーティーの後は、ダンさんと一緒にラーメン開発の続きをした。最近色々なことが立て続けに起きてそれどころではなかったので、久しぶりのラーメン作りだ。

 私が他のことにかまけている間もダンさんはラーメンのことを考えてくれていたみたいで、数種類のパスタを取り寄せてくれていた。

 これを順々に茹で、鶏ガラスープに合わせて味見を繰り返す。


「麺はこのくらいの細めなのが合うと思うんですよね。だけどやっぱり食感が少し……。茹で方でもう少し変わらないですかね? 茹で時間を短くするとか……?」

「茹で方か……。もう少し何か考えてみよう」


 試作品のラーメンで簡単に昼食を済ませたら、ロウェルはお昼寝タイムだ。


「ようせいしゃん、ようせいしゃん、ろーちゃのぱぱにおとどけちてくだちゃい」


 ロウェルは焼き芋を一本、新聞紙にくるみ、枕元に置いてからブランケットにくるまった。


 すやすやとお昼寝を始めたロウェルをハンナさんにお願いし、私は守備隊の詰所に向かう。

 リコリス亭は休業日だが、聖女のお仕事はいつも通りあるのだ。

 詰所に着くと、なんだか普段と様子が違う。慌ただしく行き交う皆さんの間に、妙な緊張感と高揚感が漂っているのだ。それに、いつもならこの時間は森に出かけているはずの討伐隊が、すでに帰ってきている。

 救護室に行くと、そわそわした様子の班長さんが私に駆け寄ってきた。


「ロジーさん、お待ちしてたんです。怪我人の治療が終わり次第、会議室まで一緒に来てください」

「何かあったんですか?」

「討伐隊が、『核』の棲み処を突き止めたんです!」

「本当ですか⁉」


『核』と呼ばれる巨大で凶暴な魔獣。

 討伐隊は数日前から毎日森に遠征し、魔獣を討伐する傍ら『核』を探し続けていた。これを倒すことができれば、魔獣の大量発生は収束する可能性が高い。


「森の奥深くで遭遇したそうです。今日のところは深追いせずに撤退し、準備を整えた上で、明日改めて『核』の討伐に行くことが決まりました。今、その作戦会議中なんです」


 私は怪我を負った討伐隊員を聖魔法で治癒し、班長さんと一緒に会議室に向かった。

 会議室には守備隊と討伐隊の主立ったメンバーが揃っていて、大まかな方針がまとまったところだった。


「明日の作戦の大枠について、確認しましょう」


 ナサニエルが眼鏡をクイと押し上げ、皆の顔を見回した。


「まず、従前通り、ディウド守備隊が街周辺の警護を担当し、我々討伐隊が森へ入ります。討伐隊は日の出と同時に街を出発。目標は『核』たる魔獣。余力があれば他の魔獣の討伐も行い、日没までには街に帰還。大規模な討伐となるため、冒険者ギルドにも応援を要請します。もう一つ、決めなくてはならないのが――」


 ナサニエルが言葉を切り、私に顔を向ける。部屋中の視線が私に集中し、私は反射的にピッと背筋をのばした。


「聖女ロジーをどこに配置するか、ですね」

「私……?」


 てっきりいつも通り救護室で待機するものと思っていたのだが、どうやらそうと決まったわけではないらしい。


「明日の討伐は困難が予想されます。怪我人の治癒と瘴気対策のため、ロジーさんにはぜひ我々討伐隊に同行していただきたいのですが……」

「了解しかねますね」


 固い声音は若様のものだ。苛立たしげに、ぐしゃりと髪をかき上げる。


「困難であればなおさら、貴重な聖女をそのような危険な作戦に参加させるわけにはいきませんよ。何よりロジーは我々守備隊の一員。いつも通り救護室で待機してもらうつもりです」

「あたしも、ロジーさんを討伐隊に連れて行くのは反対ですわ」


 リリアナが胸の前で手を組み、うるうると瞳を潤ませた。


「だって、ロジーさんには魔獣と戦った経験なんてないでしょう? ロジーさん自身も危険だし、足手まといにもなりかねませんもの。それに、明日はあたしたち衛生班も森に入ります。怪我の治療は本来衛生班の役目。ロジーさんがいなくても充分役目は果たしてみせますわ」


 私は、いまだ無言のままのアドルファスに視線を向けた。アドルファスは机に両肘をついて顔の前で手を組み、眉間に皺を寄せて俯いている。俯いたまま、アドルファスは躊躇いがちに口を開いた。


「……正直なところ決めかねている。おそらく聖女ロジーが参加するか否かで作戦の成功率は大きく変わる。だが、あまりにも危険――」

「だったら私、行きます」


 私の言葉に、アドルファスがハッと顔を上げた。若様が「ロジー!」と叫んで立ち上がるのが視界の隅に映ったが、私はアドルファスから視線を逸らさなかった。


「私がお役に立てるなら、連れて行ってください」

「駄目だロジー、危険すぎる!」

「危険は承知の上です。そりゃ、怖くないと言ったら嘘になりますけど……」


 魔獣と戦ったことなどない。姿を間近に見たのも、ロウェルが襲われたあの時だけだ。すでに倒されて動かなくなった状態ですら恐怖を感じずにはいられなかったというのに、生きて襲いかかってくる魔獣だなんて、想像しただけで震えそうになる。


「だけど、だからこそ、私も力になりたいんです。この街と、街の皆を守りたいので」


 魔獣が街の中に侵入して以来、私も街の皆も、不安を感じながら過ごしている。ダンさんの話では、魔獣を警戒してディウドを避けている行商人もいて、手に入りにくくなっている食材もあるらしい。

 王都から魔獣討伐隊が来てくれたおかげで少しは不安も薄らいだけれど、彼らはずっとこの街にいてくれるわけではない。彼ら討伐隊が――その中でも最強と謳われるアドルファス・デュアー将軍がこの街にいるうちに『核』を倒すことができたなら、ディウドの街はきっと平穏を取り戻せるだろう。そのために私にできることがあるならしたい。


 若様に目を向けると、その端正な顔を悔しそうに歪めた。ディウドの街を守るためには私が森に行くのが最善だと理解しつつも、納得しきれないといった表情に見える。

 私の身を案じてくれているのだろう。それは素直にありがたいと思う。


「……ロジー。以前の君ならきっと、自ら行くだなんて言わなかっただろうに……」

「そうですね……そうかもしれませんね」


 聖女の力に目覚めたばかりの私なら、きっとそこまでの勇気は持てなかった。

 変われたのは、短い期間ながら聖女として経験を積み、少し自分に自信が持てたから。


(それから、きっと……)


 私は再びアドルファスに向き直る。アドルファスは、なおも躊躇うように瞳を揺らした。


「……だが、あなたには食堂の仕事や子どものことがあるだろう」

「お店は休ませてもらいます。子どもは教会の託児所に預かってもらいます。日没までに戻れるなら問題ありません。何よりも大切なあの子とリコリス亭を守るためにも、連れて行ってください!」


 アドルファスが眉間に皺を寄せ、目を閉じる。深く息を吐き出し、再び目を開けた時、私を見つめる青の瞳に迷いはなかった。


「よろしく頼む、聖女ロジー」

「はい、頑張ります!」


 差し出された手を取り、固い握手を交わす。

 そんな私たちを、ナサニエルは満足げに、班長さんは誇らしげに、若様は不安そうに、そしてリリアナは不満そうに見守っていた。




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