40 ちゅめたくてあまい
幸いにも炎はレンガブロックの外に広がることはなく、落ち葉を燃やしつくして徐々に静まった。後には、焼き芋におあつらえ向きの、いい感じの灰が残った。
「とりあえず気を取り直して……焼きますか、お芋さん!」
「うんっ」
さっそく甘芋をアルミホイルで巻き……たいところだけれど、そんな便利なアイテムはこの世界にはないので、代わりに、びちょびちょに濡らした新聞紙で何重にもくるむ。それを火ばさみで熱い灰の中に埋めると、シューシューと水分が蒸発する音とともに、煙が立ちのぼった。
あとは時々ひっくり返しながら芋が焼けるのを待つだけだ。
「美味しく焼けるといいね~」
「おいもしゃん、たのちみね~」
私の隣にしゃがみ込んで灰の山を見つめるロウェル。その表情から、本当に焼き芋を楽しみにしていることがわかる。
だけど……ママプレゼンツの今日の焼き芋パーティーは、実はこれだけではないのだ!
「ママ、お芋さんが焼けるのを待つ間に、もう一つ美味しいものを作りたいんだけど……」
美味しいものと聞いて即座にお目々をキラーンとさせるロウェル。食いしん坊で可愛いね!
「おいちいものってなーに?」
「んっふっふ。それはねー……アイスクリームでーす!」
もったいぶって発表してみたけれど、ロウェルはきょとんとしている。
「あ、そっか。アイスクリームって言ってもわからないよね……」
私が知る限り、この世界ではアイスクリームは一般的ではない。冷凍技術があまり進歩していないからだ。
シャーベットのようなものは存在するようだけれど、少なくとも庶民が気軽に食べるようなものではない。王侯貴族は口にすることもあるのだろうけど……私は元王女とはいえあまり王宮での扱いは良くなかったので、残念ながら食べたことはない。
両手を頬に当てて目を閉じ、前世で食べたアイスクリームの味を思い浮かべる。ひんやりとした口溶け。口の中に広がる甘み……。
「アイスクリームっていうのはね~、冷たくて甘ーいお菓子でね……」
「ちゅめたくてあまい……」
ロウェルも私の真似をして、両方のおててをほっぺに当てる。
「熱々の焼き芋と一緒に食べたら、絶対に美味しいと思うんだぁ……」
「ろーちゃも、あいちゅくりーむたべてみたいなぁ……」
「よし! 作ろう、アイスクリーム! ローちゃん、お手伝いしてくれる?」
「おてちゅだい、しゅる!」
リコリス亭の厨房に場所を移し、さっそく始まったアイスクリーム作り。
材料はシンプルに、牛乳、生クリーム、卵黄、砂糖。牛乳と生クリームを小鍋で温め、他の材料と混ぜて、琺瑯のバットに流し込み……。
「ローちゃん、お手伝いお願いしまーす」
ここからがロウェルの出番。そう、アイスクリーム作りにはロウェルの協力が――氷魔法が欠かせないのだ。
「これ、ローちゃんの魔法でちょっとだけ冷たくしてもらえる?」
「うんっ」
ロウェルがさっそく手をかざし、「ちゅめたくなぁれ」と唱え始めた。その横で、私の方も炎魔法の準備を始める。
やがてロウェルの手の平に強い魔力が集まり、バットに向かって凄まじい冷気が吹き出した。と同時に私も火魔法を発動し、バットに向けて熱を放出する。ロウェルの氷魔法と私の火魔法が混ざり合い、琺瑯のバットを包み込む。
「ど、どうだろ……?」
バットの中のアイスの素の液の様子を窺うと、バットに近い外側が固まりかけた状態だった。
「よしっ、なかなかいい感じ!」
私は小さくガッツポーズする。制御不能なロウェルの氷魔法では、あっという間にカチンコチンに固まってしまうだろうと予想できた。それでは具合が悪いので、私の火魔法をぶつけて温度調節を試みたのだけど、どうやらうまくいったようだ。
「それじゃ、これを混ぜまーす」
スプーンを手に、バットの中のアイスの素を混ぜていく。
「まーぜてまーぜてぐるぐるまぜて~」
歌いながらかき混ぜて見せると、ロウェルが、「ろーちゃもやりゅ!」と目を輝かせた。小さなおててでスプーンを握り締め、アイスの素を混ぜ始める。
「まーじぇてまーじぇてぐりゅぐりゅまじぇて~」
二人で歌いながらぐるぐる混ぜる。
よく混ざったら魔法でさらに少し冷やして固め、また混ぜる。
それを四回繰り返したところでバットの中身は完全に凍り、アイスクリームが完成した。
「できた!」
「できちゃ!」
冷凍庫を使ったら数時間かかるところ、わずか三十分ほどでできてしまうのだから、魔法って本当に便利だ。
出来上がったアイスクリームはほんのり卵色。ひや~っとした冷気をまとってキラキラと輝いている。冷やして混ぜてを何度も繰り返したので、それなりに滑らかに仕上がっているはずだ。
「さっそくお味見してみよっか」
「うん!」
いそいそと小さなスプーンを二つ取り出し、アイスクリームを掬う。
「それでは、実食~」
「いたらきまーしゅ」
二人同時にあーんとお口を開け、アイスクリームをパクリ。
「ん~!」
舌に乗せた途端、口の中いっぱいにひんやりとした甘さが広がった。
シンプルな材料の手作りアイスクリームは、優しくて素朴な味わい。前世で食べた高級アイスクリームのように滑らかではなく、少しシャリシャリした食感だけれど、これはこれで美味しいと思う。
ロウェルのおめめもキラーンと輝いている。
「ちゅめたくてあまい」
ふっくらほっぺを両手で押さえてニッコリするロウェル、可愛すぎる! ロウェルの幸せそうな顔を見ると、作って良かったなぁと私まで幸せな気持ちになる。
「……もう一口だけ、お味見しちゃう?」
「しちゃう!」
二人して二口目のお味見。さらにもう一口ずつ食べたところで、あとは断腸の思いで我慢することにした。さすがにこれ以上お味見したら、ダンさん達の分がなくなってしまう。
そうこうしている間に、タイミングよくお芋も焼き上がった。
外側に巻いた新聞紙は真っ黒に焦げているけれど、割ってみると中はほっくり黄金色。ほわっと湯気が立ち上り、ロウェルが「わぁっ」と歓声を上げた。
「ローちゃんのお芋、美味しそうに焼けたね!」
「ろーちゃ、いっぱいたべりゅ!」
「いいよ~。ローちゃんの魔法の火で焼いた、ローちゃんの焼き芋だもんね。ダンさんとハンナさんにもあげて、あとは……」
余った分はまた救護室に持って行って、皆でおやつに食べようかな……なんて考えていたら――。
「ろーちゃのやきいもしゃん、ぱぱにもあげりゅの!」
「えっ」
ロウェルは焼き芋を一本、両手に持ち、私を見上げている。
「えっと、でも、ローちゃんのパパは……」
遠くにいるから渡せないよ、と言えば嘘になる。アドルファスは今、会おうと思えばいつでも会える距離にいるのだ。そしてロウェルに会うことを望んでいる。
(ローちゃんに何て言えばいいんだろう……)
言葉を探して口ごもる私を見上げ、ロウェルが目をキラキラさせた。
「あのね、ようせいしゃんにとどけてもらうの」
「ようせいしゃん? ……妖精さん?」
「ねんねしてるあいだにようせいしゃんがとどけてくれるの。しすたーがいってたの」
「あ、なるほど……」
この国で有名なおとぎ話のワンシーンのことを言っているのだとようやく合点がいく。お話の中で妖精が運んでくれるのは、焼き芋ではなく手紙だけれど。
ほんの少しの躊躇いの後、私は口を開いた。
「……じゃあさ、ローちゃん。今日のお昼寝のとき、枕元にパパの分の焼き芋を置いて寝てみたらどうかな? 寝ている間に妖精さんが届けてくれるかもしれないよ」
「うん、そうしゅるー! ようせいしゃんにおねがいしゅるー!」
ロウェルが笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「さぁ、ダンさんとハンナさんを誘って、焼き芋アイスクリームパーティーだよー!」
「ぱーちー!」
その後、ダンさんとハンナさんも一緒に、焼き芋とアイスクリームを食べた。
「ろーちゃとままがちゅくったやきいもしゃんでーす。あいちゅくりーむもありゅよー」
焼き芋とアイスクリームを頬張り、ロウェルはニッコニコだ。
さらに、「ローちゃんの焼いてくれたお芋さんは世界一美味しいねぇ」とハンナさんに頭を撫でられ、ダンさんからも「このアイスクリームってやつもロー坊が作ったのか。こいつは旨い。芋ともよく合う。ロー坊はすごい子だな」と褒められて、ロウェルは「んふっ」と嬉しそうにぷっくりほっぺをピンク色に染めた。
そんなロウェルを見つめながら、ネックレスに通した指輪を服の上からぎゅっと握る。そして私は、密かにあることを決意したのだった。




