39 焼き芋パーティー始めるよ~!
「ローちゃん、拾った落ち葉、こっちに集めてねー」
「あーい」
リコリス亭の裏庭にて。箒を持つ手を動かしながら声をかけると、ロウェルが元気にお返事した。
今日は週に一度のリコリス亭の休業日。ロウェルも教会の託児所をお休みして、朝からずっと私と一緒に過ごしている。
朝食を終えた私とロウェルは、一緒に裏庭で落ち葉を拾っているところだ。私が箒で集めた落ち葉を、レンガのブロックで囲んだ一角にロウェルが集めてくれる。小さな両手いっぱいに落ち葉を乗せ、「んちょ、んちょ」と何度も行ったり来たりして運ぶ姿を見ていると、自然とにこにこしてしまう。
(んっは~! 今日も私のロウェルが世界一可愛いんですけど! 大好き大好き! 宝物!)
心の中を親バカ発言でいっぱいにしていると、ふと、三日前のアドルファスの台詞が脳裏に甦った。
『あなたの宝物に会わせてはもらえないだろうか』
ロウェルとアドルファスを会わせるべきかどうか。あれから三日経っても、私は答えを出せずにいた。
三日前に、突然瘴気が見えるようになり、それを私の聖魔法で浄化できることがわかった。あれから私は毎日、森から瘴気まみれで帰ってくる討伐隊員の皆さんの瘴気を浄化している。
皆さん……と言っても、リリアナ以外の皆さん、というのが正確だ。この前のことで、私は完全にリリアナに嫌われてしまったらしい。私が討伐隊員の控室に行ってもあちらから近づいてくることはなく、まるで私の姿が見えないかのように完全無視。私から話しかけようと近づいても、ふいっと顔を背けてその場からいなくなってしまう。おかげで、リリアナの浄化だけは一度もできずにいるのだ。
(見たところリリアナちゃんの靄は薄いし、瘴気の影響はほとんどないのかもしれないけど……)
面と向かって罵られるのもきついけど、あからさまに避けられるのもなかなか心にくるものがある。
(でも仕方ないか。本当なら、聖女として活躍するのはリリアナちゃんのはずだったんだもんね……)
悪妻のはずの私が聖女として扱われる姿なんて、見たくはないのだろう。
(おまけに、アドルファスとの恋愛もうまくいってないみたいだし……)
これは私のせいではない……はずだけど、形式上は私はまだ彼の妻で、リリアナはそれを知っている以上、やはり穏やかではいられないのだろうと思う。
そのアドルファスとは、毎日浄化の時に二人きりで顔を合わせている。初めて浄化した時のように、たくさん言葉を交わすことはない。アドルファスは時折、何か言いたそうに口を開きかけては閉じている。ロウェルに会いたいという申し出に対する私の答えを催促されることもなかった。私も私で、いまだに答えが出せず、言葉少なになってしまう。
手を握り合って魔力を流し込む数分間、話すべきことはたくさんあるはずなのに、私達の間には沈黙が流れていた。けれど自分でも不思議なことに、私はその沈黙に、気まずさだけではない何かを感じていた。
「ままー、はっぱじぇんぶあちゅめたよー」
ロウェルの声にハッと我に返る。見ればレンガの囲いの中には、すっかり落ち葉の山ができあがっている。
「いっぱい集めてくれてありがとね、ローちゃん。よーし、それじゃ、ここからが本番だよ~!」
ジャジャーン、と差し出した籠の中を覗き込んで、ロウェルがわぁっと歓声を上げた。
「おいもしゃんがいっぱい~!」
「今日はこれから焼き芋パーティーをしまーす!」
「やっちゃあ!」
ロウェルが嬉しそうにぴょんぴょこ跳ねる。
そう。裏庭の掃除をするついでに、集めた落ち葉で焼き芋をするつもりなのだ。
先日の魔獣襲撃事件の数日後、教会の託児所では、予定通り皆で焼き芋をしたらしい。それがとても美味しかったらしく、「おいもしゃん、しゅごくおいちかったのー! ままともいっちょにたべたいのー」とロウェルがしきりに言うので、「じゃ、今度うちでも焼き芋しようね」と約束していたのだ。
そうしたらタイミング良く大量の甘芋を頂き、裏庭には焚火にぴったりの落ち葉がたくさん。そういうわけでリコリス亭がお休みの今日、気持ちのよい秋晴れのもと、ロウェルと焼き芋をすることになったというわけだ。
ただし、ただ焼き芋をするわけではない。
「焼き芋の前に、魔法の練習をするよー!」
「あーい!」
ロウェルが右手を挙げて元気にお返事する。
その傍らに、よいしょ、と水がたっぷり入ったバケツを置いた。「ろーちゃ、あっちゃかくするー!」とさっそく手をかざそうとしたロウェルを慌てて制止した。
「あ、ちょっと待って。今日は違うことをしようと思ってるんだ」
そう言うと、ロウェルがきょとんと目を瞬いた。これまで魔法の練習といえばいつも、バケツの水を温めたり冷やしたりだったから、ロウェルの反応も無理はない。
ちなみに、これまで何度か練習し、水を火魔法で温めるのも、逆に氷魔法で冷やすのも、発動に関してはずいぶん手慣れてきた。ただし、魔力が強すぎるせいかコントロールはまだあまりうまくできない。バケツの水を冷やそうとして一瞬で凍らせてしまったり、逆に水を温めようとして勢い余って蒸発させてしまったり……。
いや……本当に天才なんじゃないかな、うちの子⁉ 天才すぎて、ちょっとママの手には負えそうにないですね!
うっかり使うとあまりに危険なので、「魔法はママが一緒にいる時だけね」と言い聞かせている。
……と、私には手に負えないな~と思いつつ、我が子の才能を伸ばしてあげたいと思う気持ちは止められないわけで、ちょっぴり高度な魔法に挑戦してみることにしたのだ。バケツの水は、いざという時の消火用である。
「今日はね、魔法で小さな火を出して、落ち葉を燃やしてみようと思うんだけど、どうかな? やってみる?」
「ろーちゃ、やってみゆー!」
「よし! それじゃ、まずはママがやるから、見ててね」
私は初めてロウェルに火魔法を見せた時と同じように、胸の前で向かい合わせにした両手の間に、ポッと小さな炎を生みだした。
それから、「エイッ」という掛け声とともに、落ち葉の山に向かって炎を投げるような気持ちで、両手を前に押し出す。小さな炎はヒュンッと飛んで狙い通りに落ち葉の山に着地した。ちゃんと落ち葉に燃え移ったらしく、細く煙が上がり始める。
「まま、しゅごーい!」
「えっへへ~」
たいしたことのない火魔法なのだけど、ロウェルにキラキラした目で褒められると嬉しくなってしまう。
王国軍所属の魔法使い達なら、この何十倍もの大きさの炎を飛ばして魔獣と戦ったりするのだろう。私の小さな炎では、薪に火をつけるくらいのことしかできないが、生活魔法としては十分だ。
「ろーちゃも、やりゅ!」
さっそくロウェルは私の真似をして、両手を胸の前で構えた。
「ひ、でてきてくだしゃーい!」
何もないところに炎を生みだす魔法は、水を温める魔法に比べると難しい。初めて魔法を使った時はいきなり火の蝶々を出そうとしてうまくいかなかったけれど、何度か魔法の練習をした今のロウェルなら、普通の炎を出すことくらいならできるかもしれない。
「がんばれ、ローちゃん……!」
ロウェルは真剣な顔で手と手の間を見つめている。丸っこい青の目がぐぐぐっと寄り目になる。
ドキドキしながら見守っていると、小さな手の間に、ポッと小さな小さな炎が生まれた。
「わっ、やった!」
「やっちゃあ!」
ロウェルがパッと顔を輝かせる。私もヨッシャー!と両手でガッツポーズをし、その格好のまま固まった。
「んん……?」
ロウェルの手の中で炎がゆらりと揺らめいたかと思ったら、ぐんぐんと大きくなり始めたのだ。
「えっ、わっ、ちょっと待っ⁉」
「おっきくなりゅよー!」
慌てる私をよそに、ロウェルはにこにこしながら両手を広げていく。それに合わせるように炎はますます膨張し、あっという間にロウェルの頭よりも大きくなり、広げた両腕で抱えきれないほどの大きさになった。
「ぎゃーっ! ろろろ、ローちゃん、それ! 落ち葉の方にエイッてして!」
「あーい。えいっ!」
ロウェルがぴょこんと跳ねながら両手を前に突き出す。炎の塊はゴォッと音を立てて落ち葉の山に突っ込み、裏庭に巨大な火柱が上がった。
その傍らで、ロウェルは「しゅっごいねー!」と跳ね回り、私は「ふへ……」と間抜けな声を漏らしたのだった。




