38 モヤモヤ、吹き飛ばします!④
「と、とりあえず、パパッと浄化しちゃいますね!」
「ああ……」
気を取り直してアドルファスに浄化魔法をかける。繋いだ手に集中し、ゆっくりと魔力を流し込んでいく。
やがてアドルファスの体が金色の炎に包まれ、黒い靄が少しずつ霧散する。けれど他の隊員たちの時と違い、靄はなかなか吹き飛んでくれない。
「瘴気が濃いので、少し時間がかかりそうです……」
引き続き魔力を流し込みながら、私はアドルファスに問いかける。
「これだけの瘴気、かなり辛いでしょう?」
「いや、問題ない」
アドルファスは目を閉じたまま表情も変えずに即答したけれど、そんなはずがないことは、絡みつく禍々しい瘴気を見ればわかる。瘴気病の症状は個人差があるようだけど、酷い倦怠感があるのは間違いないだろうし、どこかに痛みも出ているはずだ。
それなのに彼は不調など全く感じさせない涼しい表情を貫いている。隊員たちを率いる立場にある以上、人前で辛い顔など見せられないのだろう。
いつもは見上げる位置にあるアドルファスの頭は、今は私の胸のあたりにある。ロウェルと同じ艶やかで柔らかそうな黒髪を見ていると、思いっきり撫でて抱きしめて甘やかしたいような、そんな気持ちが込み上げた。
「……私の前では無理しないでください。私はあなたの奥……」
奥さんなんですから、という言葉を慌てて飲み込む。
「おく……おか、お母さん! のような包容力でもって癒したいなって、思ってますので! そう、聖女として!」
「お母さん……」
アドルファスは青の目を丸くして私を見上げている。私の言葉が予想外すぎたのだろう。
そりゃそうだ。三つも年下の女、しかもまもなく離婚予定の妻がお母さんって意味がわからない。しかしこうなったら勢いで誤魔化すのみ!
「だからその、ちょっとくらい甘えていただいてもかまいませんよ⁉」
半ばやぶれかぶれで言うと、アドルファスはパチパチと目を瞬き、それからふっと口元を緩めた。
「あなたには敵わないな……」
私の手を握るアドルファスの手に、わずかに力がこもる。
「そうだな……頭痛、吐き気、倦怠感がないと言えば嘘になる。だが、問題ないと言ったのも本当なんだ。いつものことだからな、すっかり慣れてしまった」
「慣れたって……」
誰よりも濃い瘴気に蝕まれながら平気な顔でそんなことを言う彼に唖然としてしまう。
「それってつまり、体が痛みを訴えてるのに、気づかないふりをして無理を続けてるってことですよね? 問題ないどころか大ありですよ! いくらあなたが強くたって、黒狼将軍と呼ばれる英雄だからって、そのままじゃいずれ限界突破して倒れちゃいます! そうなってからじゃ遅いんですからね、ご自分の体の訴えを無視しないでください。もし私が本当にあなたのお母さんだったら、今すぐベッドに放り込むところですよ! 寝室に閉じ込めて甘やかして、仕事になんか行かせません!」
お母さん(仮)設定のはずが、勢い余って監禁系ヤンデレみたいな発言になってしまった……!
アドルファスはクックッと忍び笑いを漏らし、「本当に敵わない」と呟いた。
「そういえばあなたは本当に母親なんだったな……。男の子、なんだろう? 先日食堂を訪ねた時に、小さな服が干されているのを見た」
「……はい。ロウェル、といいます」
「ロウェル……良い名だ。あなたに似て可愛いのだろうな」
「私にはそれほど……。でも、とっても可愛いです。私の宝物です」
「そうか……」
それっきりアドルファスは口を噤み、何か考え込んでいる様子だった。
やがて、アドルファスに纏わりついていた黒い靄が全て消えた。魔力を流すのを止める。
「浄化、終わりました」
「……ありがとう」
けれどアドルファスは俯いたまま、私の手を離そうとしなかった。
「あの、デュアー将軍……?」
「俺は五日後には王都に戻らなければならない」
アドルファスが顔を上げた。その青の目には緊張感が漂っている。
「戻る前に、ひと目、あなたの宝物に会わせてはもらえないだろうか?」
「ロウェルに……?」
「それで本当に区切りをつける。……無理にとは言わないが」
予想もしていなかった申し出に、私はひゅっと息をのんだ。
(アドルファスとロウェルを……⁉ パパに会えたら、きっとロウェルは喜ぶ……だけどアドルファスとリリアナの恋の邪魔になって断罪ルートに……いや、二人は恋人じゃない、のか? だったら会わせても大丈夫……? だけど、リリアナのことがなくても、私はアドルファスをこの不本意な結婚から解放してあげなきゃいけない……だからちゃんと離縁の準備を整えて……でもロウェルに会えば誰の子どもかすぐに分かってしまう、そうしたらアドルファスを困らせる……それでも、それでもローちゃんにパパを……)
頭の中がぐちゃぐちゃに乱れて考えがまとまらない。
「少し、考えさせてください……」
そう答えるのが精一杯だった。




