37 モヤモヤ、吹き飛ばします!③
それから私は討伐隊員に割り振られた控室を回り、隊員の皆さんに纏わりついた瘴気を聖魔法で浄化していった。怪我や毒を癒す時と同じく、相手の体に触れて聖属性の魔力を流し込み、金色の炎で靄を吹き飛ばすやり方だ。
ナサニエルは、「一度体験してみたかったのですよ」と聖魔法に興味深々だった。実際に魔力を流すと、眼鏡を光らせながら実況(?)を始めたのだが……。
「これが浄化魔法……なるほど、血の巡りが良くなり、重かった肩や頭が軽くなっていくのを感じます。全身に絡みつくようだった疲労感がじわじわとほどけていく感覚……これはッ癖になりそうですねッ! ふおお、これが聖魔法! これはすごいッ! ふおおおおお!」
途中からは金の炎に包まれながら大興奮の様子で、何か妙な副作用でも出ているんじゃないかと心配になるほどだった。
浄化後、艶々した顔で「澄みきったぁ……」と呟く表情は恍惚としていて、正直ちょっぴり不気味だった……というのは私の胸のうちに仕舞っておいた。
そうしてリリアナを除く隊員たちの浄化を終えた私は、最後の一人を浄化すべく、再び会議室に戻ってきた。
ノックをして部屋に入ると、机で書き物をしていたアドルファスが顔を上げた。一人で書類仕事に励んでいたらしく、部屋には他に誰もいない。
「討伐隊員の皆さんの浄化、無事に終わりました」
「そうか、ありがとう。あなたは大丈夫か? 顔色は……悪くなさそうに見えるが」
「はい、全く問題ないです。えっと、最後にデュアー将軍を浄化させていただいても?」
アドルファスの体には、いまだにねっとりと黒い靄が纏わりついている。誰よりも濃い瘴気にさらされているのに、自分は後回しでいいからと他の隊員たちの浄化を優先させたのだ。
「ああ、よろしく頼む。俺はどうすればいい?」
「そちらに座ったままで大丈夫です。手を出していただけますか」
「こうか?」
アドルファスが手の平を上に向けて両手を出す。私は椅子に座ったままの彼の前に立ち、差し出された両手を握った。
「っ……!」
触れた瞬間、アドルファスが小さく体を震わせた。わずかに眉間に皺が寄るのを目にして、胸がズキリと痛む。
「少しの間だけ我慢してください。……私に触れられるのは嫌かもしれませんが」
「嫌ではない」
かぶせ気味に否定したアドルファスは、それを証明するかのように、逆に私の両手を握り込んだ。
「あなたに触れられて、嫌なはずがない……」
私を見上げるアドルファスは上目遣いで、眉は下がっている。しょんぼりとした大型犬を思わせるその表情に、私の胸は今度はギュンッと跳ね上がる。
(ぎゃ~~~! 何その表情⁉ 普段はクールなイケメンなのにそんな可愛い顔もできるなんてずるい! 反則! ていうか、アドルファスに触るの、いつぞやの壁ドン顎クイコンボを除けば、もしかしてあの初夜以来じゃない……⁉)
そう気づいた瞬間、ぶわわわっと頬に熱が集まった。
(いやいやいや、落ち着いて、私! 全然そういうんじゃないからこれ!)
邪念を追い払うべく、ひっひっふーっと呼吸を整える。
「これは安定して聖魔法を行使するために必要な接触であってそれ以外の意味は全くないのでありますからして」
「俺だけではない、と……」
「さようでございます、他の皆さんにも同じようにしていることであって特別なアレではなく、つまりあのその」
「……正直、嫌だ。あなたが俺以外の男に触れるのは……」
「えっと、今なんて?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ……」
ぼそぼそと発せられた言葉を聞き返すと、気まずそうに目を逸らされてしまった。
「……あの、一つ質問してもいいですか?」
話題を変えようと、私はずっと気になっていた疑問を口にした。
「さっき、私が黒い靄が見えると言った時、どうしてすぐに信じてくれたんですか?」
「ナサニエルが説明した通り、あなたの話には筋が通っていた。疑う理由はない」
「でも、もっと初めから、私の言葉を信じてくれていましたよね?」
黒い靄のことを私が訴えた時、他の皆が何も見えないと戸惑った反応をする中、「瘴気かもしれない」と言い出したのはアドルファスだった。「黒い靄が見える」という私の言葉を信じていなければ、あの言葉は出てこないはずだ。
「どうしてと言われても……」
アドルファスは困ったように眉を下げる。
「あなたがそんな嘘をつく可能性など、初めから頭になかった」
「ええっ、そんなに簡単に人を信じない方がいいのでは⁉」
余計なお世話かもしれないけど、隊長としても貴族としても大丈夫なんだろうかと心配になってしまう。
「誰が相手でも無条件に信じるわけではない。そうだな、あなたと、あとはナサニエルくらいか」
幼馴染にして腹心の部下であるナサニエルはともかく、まもなく離婚予定の妻への信頼がなぜそんなに高いのでしょうか⁉
「あなたは人を惑わすような嘘をつく人ではない。……それなのに、俺の配下が無礼なことを言って本当に申し訳なかった」
「えっと……リリアナさんのことでしたら、私は気にしていませんので」
いや、正直言うとちょっと怖かったけどね!
だけど、悪妻の私がなぜか先に聖女になっちゃって、恋人のアドルファスまでもが私の肩を持ったとなれば、穏やかではいられないだろうなぁとは思うのだ。
「でも、かばっていただけて、その、嬉しかったです」
「当然だ。俺はあなたに誓ったのだから。この世の全ての悪意から守ると」
「え……?」
「誓いを果たせているとは、とても胸を張っては言えないが……」
自嘲めいたことを言って口元を歪めるアドルファスの顔をじっと見つめる。
(今の台詞、どこかで聞いた覚えが……初夜で? ううん、ちがう、あれは夢だったはず……。それとも……もしかして、夢じゃなくて本当の記憶……?)
混乱しかけた頭をぶんぶんと振る。
「あのっ、そういえばリリアナさん、放っておいて良かったんですか?」
「もちろん彼女には後で厳重に注意しておく。あなたに対して二度とあのような暴言は許さない」
「いえ、そういう意味じゃなくて、優しく慰めた方がいいんじゃないかなって……」
恋人とのすれ違いを生まないためには、早めの話し合いとフォローが肝心ですよ! 特にヒーローたるもの、ヒロインには甘々でいてほしいものです!
……と思ってのアドバイスだったのだが、アドルファスは怪訝そうに眉をひそめた。
「必要以上に甘やかすべきではないと思うが? 彼女も子どもではないんだ。討伐隊の一員としてここに来ている以上、特別扱いをするつもりはない」
「そ、そうですか……?」
公私混同はしないということなのかもしれないけど、なんか思ったより厳しいな⁉ アドルファスとリリアナって、結婚間近の恋人同士のはずだよね??
「えっと、でも……私のせいで恋人と気まずくなるのは申し訳ないですし……」
恨まれて断罪……とか絶対に避けたいので、きちんとフォローしておいてほしいのですが。
すると、アドルファスは「は?」と、信じられないことを聞いたというふうに目を見開いた。
「誰と誰が、恋人だって……?」
こ、声が低い……! 顔が怖いんですけど⁉
「えっと、デュアー将軍とリリアナさん……」
「ありえない。彼女との間に個人的な付き合いは一切ない」
「え、そ、そうなんですか……?」
「現在、過去、未来、いずれにおいてもないし、考えたことすらない。剣に誓ってもいい」
「ええっ⁉」
今度は私が目を見開く番だった。
いや、そりゃあね、リリアナが聖女の力に目覚めていない以上、まだ完全に両想いではないのかもしれないな、とは思っていましたよ。だけど、一緒に遠征に来て毎日ほぼ一日中行動を共にしているわけだし、少しずつ進展してるに違いないと思っていたのに、まさかの全否定とは!
なんかもう、原作のストーリーとの乖離が激しすぎない⁉ まさか、私が断罪回避のために逃亡したせい……?
「なぜあなたがそのように誤解したのかわからないが、本当に心外だ。あなたにだけは誤解されたくなかった……」
「う……すみません……」
項垂れてため息をつくアドルファスの姿に、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。




