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悪妻は退場しましたので  作者: 中村くらら


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36 モヤモヤ、吹き飛ばします!②

「俺には、彼女の話が嘘だとは思えない」


 アドルファスの言葉に、リリアナがサッと顔を強張らせた。


「先ほどナサニエルが説明したように、彼女の話は筋が通っている。急に瘴気が見えるようになったのは、おそらく聖魔法の習熟度が上がったからだろう」

「あ、なるほど。レベルアップ……」

 

 思わずポンと手を打つ。

 どうして急に、と自分でも不思議だったのだけど、レベルアップしてスキルが増えたようなものなのかもしれない。小説のリリアナはそこまでのレベルに至っていなかったのだと考えれば辻褄も合う。


「そもそも彼女には、そんなくだらない嘘をつく理由がない」

「だ、だからそれは、皆から注目を浴びたくて――」

「もしそうなら、王宮に聖女と名乗り出ているはずだ。彼女はむしろ、目立たないように振る舞っているように見える」

「そんなことっ……」

「それに、目には見えずとも間違いなく瘴気は存在する。魔獣の棲み処に出入りしたり魔獣の血を浴びると頭痛や倦怠感など体調に異変が生じる――俗に瘴気病と呼ばれる症状が出るというのも、魔獣討伐に関わる者の間では常識だ」


 アドルファスの視線を受けた若様が神妙な顔でうなずく。


「魔獣の血を浴びたらすぐに洗い流せというのは、昔から言われていることですよね」

「昨日、今日と二日続けて森に入り、一部の隊員が軽い体調不良を訴えている。先ほど俺が救護室を訪ねたのも、症状を和らげる薬について相談するためだ」


 今度は救護班の班長さんがうなずいて同意を示した。


「これまで、瘴気病には対症療法しかないとされていたんです。聖魔法で根本的な治療ができるとしたら大発見ですよ!」


 研究肌の班長さんの口調は弾んでいる。


「瘴気病は地味に厄介なんだ。離脱するほどではない不調、だが確実に士気は下がり、動きは鈍る。それが原因で魔獣に遅れを取り、重大な怪我に繋がる。もしあなたの力で解消できるなら、本当に助かる」


 先ほどの冷え冷えとした眼差しから一転、柔らかく細められた青の目が私を見つめる。

 王命での結婚。初夜直後の逃亡。この町で再会してからも逃げ回ってばかりだった。アドルファスには迷惑をかけた記憶しかない。

 それなのに彼は私を信じてくれた。その事実に、胸の奥がじんと温かくなる。

 まっすぐにアドルファスの目を見つめ返す。思えば、こんなふうにちゃんと彼の目を見るのは初めてかもしれない。


「あのっ、私、精一杯頑張ります……!」


 絶対に断罪を避けたい。その気持ちに変わりはない。

 だけど、ちゃんと離縁できたなら……悪妻を退場できたなら。モブとして、舞台のほんの隅っこにいても許されるだろうか? 彼が聖女の力を必要としてくれるなら――。


「……そんなの許さない」


 顔を伏せたリリアナから、地を這うような声が漏れた。


「こんなのおかしい……みんな騙されてる……」

「リリアナ嬢……?」


 ナサニエルが訝しげに眉を寄せる。

 リリアナはそれには応えず、ゾッとするような暗い目で私を睨みつけた。


「嘘つき嘘つき嘘つき! アンタは本当は聖女なんかじゃない、嫌われ者の悪女のくせに!」


 思わず肩が震えたその直後、私の視界は黒い背中に覆われた。


「デュアー将軍……?」


 リリアナの視線を遮るように私の前に立ったのは、アドルファスだった。


「リリアナ嬢、今の発言は聞き捨てならないな。直ちに撤回してもらおう」


 落ち着いた声音。けれど有無を言わせぬ響きがあった。


「我が守備隊の聖女への侮辱、見過ごすわけにはいかないね」


 若様も厳しい視線をリリアナに送る。

 苦々しげに唇を噛みしめるリリアナ。けれど次の瞬間、彼女は先ほどまでの表情が幻だったかのように可憐な微笑みを浮かべた。


「いやだわ、あたしったら、ちょっとイライラして言いすぎちゃったみたい。討伐で疲れて……瘴気の影響なのかな? 悪気はなかったんです。許してくれますよね、ロジーさん?」


 胸の前で手を組んでコテンと首を傾げ、うるうると上目遣いで迫ってくる。


「え、あ、はぁ……」


 気圧されて思わずうなずくと、リリアナは、「良かったぁ。それじゃ、あたし、先に宿舎に戻って休ませていただきますね」と言い残し、さっさと踵を返して会議室を出て行った。背を向ける直前、私にだけ見える角度で、憎々しげに私を睨みつけてから。


(なんか私、ますますリリアナちゃんに嫌われてない……?)


 扉の閉まる音を聞きながら、私はがっくりと肩を落とす。

 断罪を避けるためにもリリアナとは敵対せずにいたかったのだけど、どうもうまくいかない。


(だけど……)


 私はそっと、アドルファスのうなじを見上げる。


(私のこと、かばってくれた……?)


 嬉しい、なんて思うのは、きっと間違っているのだろうけど――。

 視線に気づいた彼が振り返り、心臓が小さく跳ねる。慌てて目を逸らした後も、私の胸はドキドキと落ち着かないままだった。


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