35 モヤモヤ、吹き飛ばします!①
三十分後、会議室に守備隊と魔獣討伐隊の主だったメンバーが集まっていた。
守備隊からは若様と救護班の班長さん、魔獣討伐隊からはアドルファスとナサニエル、それからリリアナもいる。
「煤のような煙のような黒いモヤモヤ~っとしたものが、討伐隊の皆さんの体にまとわりついているんです!」
集まった主要メンバーに、私は身振り手振りで説明する。
そう、黒い靄に包まれているのは、怪我をして救護室にやってきた討伐隊員だけではなかった。
濃淡の差はあれど、討伐隊員のほぼ全員に黒い靄がまとわりついていたのだ。
異様としか言いようのない光景、なのだが……。
「黒い靄……?」
若様が目を瞬かせる。
「あたしには何も見えませんけど……」
リリアナが苛立ったように小さく首を傾げた。他の皆も、戸惑った様子で互いに顔を見合わせている。
なんとこの黒いモヤモヤ、私にしか見えていないらしいのだ。
「わ、私もさっき急に見えるようになって……。何だかよくわからないけど、すごく嫌な感じがするんです。このまま放っておくわけには……!」
聖魔法で怪我を治したら、同時に黒い靄も綺麗に消えた。毒か呪いか、正体は不明だけれど、何か良くないものであることは間違いない。
「本当なんです。信じてください……!」
私は祈るような思いでアドルファスを見つめる。
その彼は、他の誰よりも濃い靄をまとわりつかせている。まるで、真っ黒な蛇が何匹も絡みついているような禍々しい姿。不安と焦燥感がこみ上げ、胸がぎゅっと苦しくなる。
だけど……彼は信じてくれるだろうか? 信頼関係なんてまるでない、これから離縁しようとしている私の言葉なんて……。
アドルファスは考え込むように胸の前で腕を組み、眉を寄せている。少しの間、無言でそうしていたが、やがて伏せていた目を上げて私を見た。
「……瘴気、かもしれないな」
「瘴気……」
私は口の中でアドルファスの言葉を繰り返す。
瘴気。それは魔獣が吐き出す毒素のようなもので、魔獣を生み出す元とされている。
「どう思う? ナサニエル」
「……可能性はありますね」
ふむとうなずき、ナサニエルが眼鏡を押し上げた。
「黒い靄がまとわりついているのは主に討伐隊員。怪我の有無と靄の有無は連動していない。人により濃淡がある……ああ、ロジーさん、一つ質問しても?」
「は、はい」
「ここにいる討伐隊員だと、靄の濃さはどう違いますか?」
「えっと、一番濃いのがデュアー将軍で……逆に、一番薄いのがリリアナさんです」
「やはりそうですか。思った通りですね」
ナサニエルの眼鏡がキラリと光る。
「魔獣の棲む森は瘴気が濃い場所とされています。我々討伐隊はその森に、昨日と今日、二日続けて探索に行きました。ただし、リリアナ嬢たち衛生班は入り口付近で待機し、森の中にまでは入っていません。他の隊員は森の奥深くまで入り、特に閣下は誰よりも多く魔獣を屠り、魔獣の血を浴びました。魔獣の体液には濃い瘴気が含まれるとされています。ロジーさんの言う黒い靄が瘴気だとすると辻褄は合うかと」
「俺も同じ考えだ」
若様や救護班の班長さんも、「なるほど……」と納得した様子だ。
アドルファスは深くうなずき、私に向き直った。
「聖女ロジー。あなたの聖魔法で隊員の瘴気を浄化してほしい。負担をかけることになるが、お願いできるだろうか?」
「もちろんです! 今日は怪我人も少なかったし、力は有り余ってますので!」
私は勢いよく応え、ムキッと力こぶを作って見せる。
私の成長期は絶賛継続中らしく、聖魔法を使える回数は日に日に増えている。浄化だけなら魔力の消費量はそれほどでもなさそうだし、討伐隊員全員の浄化も問題なくできそうだ。
(良かった、信じて貰えた! 早くあのモヤモヤを吹き飛ばしたい……)
ホッとしかけた時だった。
「そんなはずないわ!」
鋭い声が突き刺さる。
異議を唱えたのはリリアナだった。
「瘴気が見えるなんて嘘よ! ロジーさん、そんな嘘をついてまで皆の気を引きたいんですか⁉」
「いや、嘘じゃ……」
「いいえ、嘘! だって聖女に瘴気が見えるなんて、そんな話、聞いたことないもの!」
「それは……」
リリアナの険しい眼差しを受け、私は口ごもる。
咄嗟に言い返せない。だってリリアナと私は知っているのだ。あの小説に、「聖女には瘴気が見える」なんていう設定はなかったことを。
言葉に詰まった私を見て、リリアナはほんの一瞬、にやりと口の端を上げた。
「ほぅら、やっぱり! 酷いわ、ロジーさん。目立ちたいからって、こんな悪質な嘘で皆を混乱させるなんて」
「ちが――」
「急に瘴気が見えるようになるなんて、そんなおかしな話あるはずないもの! 皆さん騙されないでください! アドルファス様も……」
リリアナが桃色の瞳を潤ませ、しなだれかかるようにアドルファスに身を寄せる。
「嘘、か……」
私を見つめるアドルファスの青の目が、凍てつくような冷たさを帯びる。
彼はその目を傍らのリリアナに向け――左腕に添えられていた彼女の手をそっと引き剥がした。




