20:祈りの塔
しばらく走ると、三人は荘厳な意匠が施された扉の前に来た。
祈りの塔への入り口である。
重苦しい錠によって扉は閉ざされ、来るものを寄せ付けない威圧感を放つ。
イーヴはここで懐から鍵を取り出し、錠へ差し込む。少し回すと簡単にカチャ…と音が鳴り、扉の封印が解かれた。
この鍵はジジが昼間のうちに盗み出しておいたものだ。困ったときのジジ頼みというか何というか、…彼女は有能すぎて、依頼したことは大概なんでもこなしてしまう。自分なんかよりよっぽどジジの方が重要なんじゃないかな、とアイリはイーヴが扉を開くのを見ながら心のなかでひとりぼやいた。この仕事が終わった暁には、ボーナスでももらってほしいものである。
キィー…
鈍い音が静かに響く。イーヴが扉を、人ひとりが通れる最低限だけ開けた。
「アイリ様」
「うん…」
ここから先は神聖な道ゆえ、王族と聖女しか通ることを許されない。
アイリは静かに扉の奥へ滑り込み、二人の方を振り返った。
「王冠を取ったらこの扉の内側で大人しくしていること。いいね?」
「わかりました。二人とも、怪我しないでくださいね」
「はい」
「ありがとう。またあとで」
言って彼らはすぐに背を向け、次の目的地へ走り出す。扉が閉まり切るその時まで、アイリは二人の姿を視線で追い続けた。
彼女だけしかいない廊下は、静かでひんやりと感じる。
廊下の先には、階段が円を描くように上へと伸びている。アイリはそのステップを一つ一つ上りながら、もう一度あの作戦会議を思い出していた。
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「塔の中は長い階段があり、上がり切った先に王冠の保管室があると言われています。一本道ですから、迷うことはないでしょう。“聖女の涙”のついた王冠を手に入れたら入り口まで戻って、扉の裏で待機していてください。その間に、リアンとイーヴは王の寝室を制圧します」
「二人だけで大丈夫なんですか?」
「警備は入り口に数人だけなので、まぁ何とかなるでしょう。その後、アイリさんはジジが迎えに行きますので、二人でリアンたちと合流してください。“聖女の涙”の返還をダシにして、王に書類のサインをさせれば作戦完了です」
(イーヴさんが強いのはわかるけど、リアンさんは…)
シャルルの説明を聞いて不安になり、チラ、とアイリが視線を横にやる。するとすぐにリアンと目が合った。その顔は不機嫌にするでもなく、彼女の思考を言い当てる。
「あ、疑ってるね?」
「ごめんなさい、少しだけ」
「問題ありません」
そこに珍しくイーヴが口を挟んできた。彼はリアンいじりのチャンスを見逃さない。
「俺たち三人は救貧院時代、同じ師を持ち武道を修めています。リアンもそこそこ腕が立ちます」
「そこそこってなんだよ」
「仕方ないですよ。我ら四天王の中で最弱なんですから」
「三人しかいねえけど」
「ジジも数にいれました」
「ちょっと、勝手にやめてくれる?」
いじりに参加したシャルルによってジジまで巻き込まれてしまい、この後話は数分脱線する…
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(「四天王の中で…」ってやつ、きっとリアンさんが教えたんだろうなぁ…)
…まぁ、後半の部分はともかくとして。
つまり今、リアンとイーヴは王の寝室を制圧しに行っている。作戦を聞いた当時は心配であったが、さきほど難なく兵士を昏倒させたところを見れば、リアンが“そこそこ腕が立つ”というのも本当なのだろう。
二人の仕事を無駄にしないためにも、アイリは自分の仕事に集中しなくてはならない。
考え事をしながら歩くと、長い道のりも短く感じる。ふと下を見下ろすと、すでにけっこうな高さまで登ってきていた。視線を前に戻すと、次の扉が見えた。あれを抜けた先が、おそらく王冠の保管室のはずだ。
歩みを止めずに、アイリは階段を上り切った。扉の前に立ち、ゆっくりとノブを回して押す。抵抗は感じない。押されるまま扉は開き、部屋の中央には王冠が鎮座していた。月明かりに反射し、王冠の全面に貼り付けられた大きなクリアカラーの宝石が煌めいている。
普通なら外から光が当たる場所にこんな重要なものを置かないだろう。太陽光に焼かれて宝石が劣化してしまうからだ。しかしそれでも輝きが失われないこの“聖女の涙”は、自然の摂理を超えた存在であることをその身をもって証明していた。
歩み寄り、王冠を手に取る。
アイリは聖女の伝説と目の前の宝石との関連性なんてこれっぽっちも信じてはいなかった。どうせ後付けで権威を示すために作られたアイテムなのだろうと思っていた。でも実際に見ると、説得力があるのは理解できた。確かに普通の物ではないのだろう。
王は絶対に、これを失うことを恐れる。なぜなら彼には、もう地位しか縋るものがない。お飾りの王は実権を天上院に握られ、自身の警備すらろくに手配ができない状態である。ただ“王”であるというそれだけで、何とか今の体裁を保っている。“王”という立場に、彼は生かされているのだ。その彼が王冠を失うことはすなわち、今の地位も、名誉も、すべてを失うことになるのとイコールである。
(これ以上、誰も傷つきませんように…)
王が素直に要求に従ってくれるかは、まだ未知数だ。勝算は高いであろうが、決着がつくまで気が抜けない。
アイリは王冠を抱え、小さな祈りを胸に階段を下りた。
リアンたちと別れた扉の前まで来ると、扉に背を預け音に集中する。体重をかけた拍子に少し扉がグラついて「ギィ」という音を立てるが、それ以外は全くの静寂だ。ジジはどうやらまだ来ていないらしい。
(リアンさんたち、もう制圧できた頃かな…)
ぼんやりと天井を眺め、先を行った二人に思いを馳せる。何か考え続けていないと、心細さが勝ってしまうのだ。こんな大それたことをしたのは生まれて初めてだったから。
彼女は日々を生きるのに必死で、他のことを考える余裕なんて今までなかった。目的を持って行動を起こすなんてヒーローめいたこと、自分がやるだなんて思っていなかった。
だから、これからどうなるんだろう、とか。私は何をやってるんだろう、とか。これで本当に正しかったのだろうか、とか。答えのない問答ばかりを続けている。
巻き込まれる形だったとはいえ、自分で選んだ道である。彼女は今、初めて自立に伴う責任の重さをひしひしと感じていた。
カツン、カツン、カツン…
その時。
遠くの方から近づいてくる足音が聞こえた。男物の靴の鳴る音に聞こえる。ジジは兵士の変装をしたまま来たのだろうか。
合図は決めてある。もしこの足音がジジではなかった時に、彼女一人ではどうにもならない。向こうが合図するまで、アイリは扉の裏で息をひそめている。
このまま通り過ぎるか、それとも合図があるか…
しかしアイリの予想はいずれも外れた。扉は乱暴に開かれ、体重を預けていたアイリはそのまま外に放り出される。
虚を突かれた次の瞬間、アイリの視界は真っ暗闇に覆われた。
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