21:花びらの示す先
「お、おおお、お前ら何が目的だ!!!!金か!?無駄だぞ、すぐに兵士が集まって…」
「あまり大きな声で騒ぐと、疲れてしまいますよ。どうせ誰も来ませんから」
「な!?」
「大丈夫、命を取ろうだなんて思っていません。ほんの少し、サインが欲しいだけなので」
とか何とか言いながら、リアンは気恥ずかしく感じていた。自分の口から出でくるセリフがまるで大悪党のそれだったからだ。隣でこの問答を聞いてるイーヴが、うっすらとにやにやして面白がっているのも気に入らない。あとで絶対仕返ししてやる、と彼は心に決めるのだった。
王の寝室の制圧は、ほんの数十秒で片が付いた。見張りに立っていた兵たちは、例にもれずやる気がなく、本当にただ立っているだけだった。警備とは名ばかりである。そんな気の抜けた人間たちが、急襲に対応できるはずもない。兵士たちを数秒で倒し切り、そのまま部屋へなだれ込んで寝ている王を縄で縛った。
そして現在。意識がはっきりしてきた王は自分の置かれた状況をやっと理解し、狼狽えて喚いているという状況である。
「はい、これ。天上院議員任命書です。こちらにご署名いただけますか?」
「…な、なんだこれは!?認めん、認めんぞ!今の議員が一人もいないではないか!」
「ええ。いてもらっては困るのでね。腐った野菜は、早めに取り除かなくては」
「お前!そこまでして議員の座が欲しいのか!?」
「いえいえ、私の名前はここにはありません。それにここに名前のある彼らとて、議員の座が欲しいわけではない。この国をよりよく導くために、諸悪の根源を断ち切るために、こうせざるを得ないというだけです。陛下だって、うすうす気づいているのではないですか?このままでは国政が立ち行かなくなるであろうことが」
そう。現状でのままでは社会構造だけでなく、確実に国は衰退の一途を辿る。他方を虐げ、一部の特権階級が甘い汁を啜るという構図は、いつの時代でもどの世界でも、いずれはその均衡が崩れ、必ず破綻が訪れるものだ。ルノワール王国とて例外ではない。
しかし王は、それに気づきながら見てみぬふりをしている。甘い汁を啜っている人間の一人だからだ。しかもそれは生まれによる幸運で手に入れた王という地位と、天上院議員・ルヌヴィエ卿の後ろ盾があってのことで、彼個人の力でなしえるものではない。不安定な状況の中で、彼は誰かに縋る以外に生き方を知らなかった。
「ハッ、そう言われてサインする馬鹿がどこにおるものか!第一、ルヌヴィエ卿が黙ってはおらんぞ!我にこのようなことをして、ただで済むと思うな!」
「うーん、そうですか。それは残念です…では、やり方を考えないといけませんね」
「な、何を…!?」
芝居がかったリアンの声には、底知れぬ不気味さがあった。王はそれに恐怖を感じ、まともに顔を硬直させる。
だがそうは言ったものの、リアンは内心焦っていた。王との問答を始めてから、結構な時間がたっている。そろそろアイリとジジが到着してもいい頃だ。
しかし…
「…」
イーヴがリアンの視線に気づくと、首を横に振る。
どうやら二人はまだ来ていないらしい。ここまでの距離は、祈りの塔からそう遠くないし、祈りの塔の中も一本道のはずだから迷うことはないはず。アイリが遅れているとは考えづらかった。であれば、ジジに何かイレギュラーな事態があったのだろうか?
リアンが逡巡していると、外からタタタッと軽い足音が近づいてくる。
これに二人は、あからさまに眉をひそめた。
一人分の足音しか聞こえてこなかったからだ。
足音は部屋の前で立ち止まったかと思うと、バン!と乱暴に扉を開き、緊迫感のある声を上げた。
「アイリ様がいない!」
「「!?」」
声の主はジジである。肩で息をしている様子から、ただ事ではないことが分かった。二人は扉を開けたまま息を整えようと大きく息をしているジジのそばに駆け寄り、リアンがすぐさま状況を確認する。
「いないってどういうことだ」
「言葉の通りよ。迎えに行ったけど、どこにもいなかった。扉の裏にも、その近くにも」
「争った形跡は」
「わからない。でもドアは開きっぱなしで…アイリ様がそんなことするわけない」
アイリが扉を開けっ放しにすることなんてない。侵入した痕跡をわざわざ残す必要なんてないからだ。つまりそれは、予想外のトラブルに巻き込まれていることを決定づけるものだった。
スピード重視で作戦を進めるあまり、アイリを一人にする時間を作ってしまったことが完全に裏目に出た形だ。後悔と怒りに、リアンの拳がギギギと鳴る。
「行って!ここは見ておくから」
「悪い、任せた」
鋭く言い放つジジの言葉に二人は即座に反応し、王の寝室を飛び出した。先ほど来た道を戻り、祈りの塔まで全速力で駆け抜ける。走っていけばそれほどの時間を要さずに、近くまでたどり着いた。
遠目にその扉を捉えると、確かにわずかに開いた状態であることがわかった。扉の前で二人は立ち止まり、情報がないか周囲を見渡す。
「リアン」
イーヴが何かに気づいたらしい。急いで駆け寄ると、彼は長く続く廊下の先に視線をやる。一見すると何もないように思えたが、よく見ると床に小さな何かが落ちているようなのが分かった。それに近づき、しゃがんで拾い上げる。
「花びら…」
リアンには見覚えがあった。これは確か、昼間の屋台で彼女に渡したブレスレッドについていた花だ。それは一枚だけではなく、その先の廊下にも点々と続いている。
二人は顔を見合わせ頷き合い、花びらの示す先へ急いだ。
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