17:にらみ合い
「日取りが決まったよ」
「じゃあ…」
「ああ。予定通り、三日後の収穫祭の夜に」
日差しがたっぷり降り注ぐ庭園には、三人以外に人の気配はない。ここは城に入ることを許された者のみが足を踏み入れることができるが、あるのは贅を尽くした美しい美術品や樹木などがあるだけで、この場所に用事がある者などほとんどいなかった。城の深部とも言える場所だが、内緒話には大変適している。
二人は今、花壇に座っている。イーヴは少し離れて様子を見守った。リアンはすっかりユリウスの皮を脱いで、作戦の決行日を告げたのだ。彼女に会いに来たのは、このためだった。
「今更だけどさ、本当にいいの?」
「何がですか?」
「俺たちに協力すること。今なら引き返せるけど」
「…足手まといでしたか?」
「まさか。それどころか、こちらにはメリットしかない。君のおかげで当日は簡単に忍び込めるだろうし、事もスムーズに運ぶはずだ。けど先日の尾行が現れたことで、危険が伴う可能性も判明した。だから、これは最終確認」
アイリの表情が沈鬱に曇る。
町での逃走劇から数日後、川から水死体が上がったとイーヴから報告を受けた。さらにその遺体が、尾行の男であったことも。
確かに彼女がこの話を引き受けた時、「聖女だから大丈夫だろう」なんて気軽に考えていたところがあったのは否めない。しかし今回、直接被害を受けたわけではないにしろ、「人の死」という結果がもたらす衝撃は、その考えを崩れさせるのに十分だった。
相手は死をも恐れない。つまりそれは、こちらにも危害が及ぶ可能性を示唆していた。
「そう、ですね…怖くないと言えば、嘘になります。けど…」
キュ、とスカートを握り、アイリは決意を込めて言う。
「なおさら今の歪んだ状況を終わらせないと、また次の被害者が出るかもしれません。それに私、ここで投げ出したら後悔すると思うんです。だから」
「…わかった。ありがとう」
リアンは安堵すると同時に、少し心配になった。どうやら彼女は、自分より他人のことに一生懸命になってしまう性質の人間らしい。彼女は頑なに「そんなつもりはない」「自分のことしか考えてない」というのだろうけど、少なくともリアンにはそう見えた。この性格が悪いように作用しなければよいのだが…
「くれぐれも、無理をしないようにだけ頼むよ」
「はい」
まっすぐ見つめる瞳には、固い決意が表れている。彼女はもう、腹をくくっているようだった。
「アイリ様!」
少し遠くから、大きな声が聞こえた。彼女を探していたらしく、黒い人影は急いだ様子で小走りで近づいてくる。
「バジルさん?どうしたんですか」
「どうしたんですか、じゃありません!今日は収穫祭の式典のリハーサルがあると伝えていたでしょう!」
「あ…」
プレゼントに気を取られて、アイリはすっかり忘れていた。
収穫祭では、式典と同じようにアイリにも役目がある。しかも今回は、民の前で魔法を披露するという大変重大な役目だった。そのための段取りを確認する為、リハーサルの機会が設けられていたのだが…
「まったく…早く大広間へお行きください。陛下や他の皆様がお待ちです」
「わかりました!ユリウスさんすみません、また今度…!」
スカートを持ち上げ、アイリがパタパタと城へと走っていくのを、リアンは笑顔で手を振って見送る。イーヴはもちろんアイリについていく。秘密の花園には男が二人取り残された。
「ヴェルナー卿」
「どうもバジル殿、ご機嫌いかがかな」
「…随分と聖女を気に入られているご様子ですね」
「ええ。恥ずかしながら、私は聖女様に恋をしてしまったようです」
「そうですか、では今はそういうことにしておきましょう」
「おや、ずいぶん含みのある言い方だ」
「そう思うのは、あなたに何か思い当たることがあるからではないですか?」
秋風が、一瞬ピリッとひりついた。眼鏡の奥の瞳が鋭くリアンを捉える。その奥には怒りのような感情が揺らいでいた。対するリアンも、口には笑みを浮かべているが瞳は冷ややかだ。
数秒ほどのにらみ合いが続く。
「…失礼」
冷たく言い放ち、バジルは去っていった。
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三日後の昼下がり。
リアンの姿は、ゴンティエの廃屋にあった。
八年前のあの日のことを、彼は鮮明に覚えている。
彼が家に戻ると、屋敷の中には養父と養母、そして使用人たちが倒れている姿があった。室内に火が回っているのも構わず駆け寄ったが、全員すでに事切れていた。いつの間にかリアンの手は赤く染まり、それが誰の流した血であるかなんて、すでに分からない。必死に呼びかけても、誰も答えない。迫りくる炎を前に、非力なリアンはみんなを置いて逃げるしかなかった。
あの日、主を失った屋敷は、年々朽ちていく一方である。屋根は落ち、壁は煤け、床には雑草が生え始めている。
リアンは廃屋の中をしばらく歩いたあと、おもむろに跪き、床を撫でる。そこには黒く焦げた「何かの跡」があった。
「父さん、母さん。やっとここまで来たよ」
声は、誰の耳に届くわけでもなく静かに消える。穏やかに吹く風と同じように、リアンの心も凪いでいる。
怒りがないといえば嘘になる。両親を手にかけた相手を殺してやりたいと思ったことも、何度もあった。しかし激情に駆られる度、彼は自分に問いかけた。本当にそれでいいのかと。
答えは、いつもノーだった。なぜなら、養父がいつも言っていたことを思い出すからだ。
「当たり前を変えていかなくてはいけない」
「人と同じことをするのは簡単だ。でも世界は何も変わらないだろう」
養父のこの発言はルノアールの社会構造を憂いてのものであったが、自問自答を繰り返すリアンは、自分に重ねて思い返したのだ。「殺す」という方法では解決しては、何も変えることはできない。それは両親の望んだ未来ではきっとない、と。
すぐに納得できたわけではなかったが、長い時間をかけて…リアンは今の考えにたどり着いた。血を流さずに、社会を変える。それが両親の弔いになると、彼は強く確信している。
ふと、遠くの空に光る球体が浮かび上がるのが見えた。城の方角である。煌々と光るそれは天高く昇っていく。そしてある程度昇りきったところでひときわ強く光り輝き、消えていった。一目で分かる。あの神秘的な光は、アイリの魔法に違いない。
同時に、花火が打ちあがる。色とりどりの煙を大きく広げ、一年の労いと祝意を表していた。
国中に収穫祭が始まるのを知らせる合図だった。
リアンはゆっくり立ち上がり、光の消えた方角を愛おしそうに見つめる。そして先ほど撫でた床を振り返り、
「行ってきます」
と一言、穏やかな声で呟いた。
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