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15:そういう問題じゃなくて…!

三人は大通りに戻り、人混みの中を流れに沿って歩いた。

「行きたいところがある」とは聞いたものの、具体的な目的地は聞かされていない。行く当ての分からないまま、アイリはリアンについて歩く。


しばらくの間、くだらない話をしながら道を進む。すると唐突に、リアンは声を落として真面目なトーンで話し始めた。表情は朗らかなままで。


「振り返らないで聞いて。俺たち、尾行されてるみたいだ」

「え」


しかしアイリ、このときすっかりボーっとしていて、反射的に後ろを振り返ろうとした。アルコールのせいですっかり思考が回ってないのである。

その顔をすかさずリアンは両手で挟み、彼女が振り返るのを阻止した。アイリは頬が圧迫され、アヒル口になっている。


「振・り・返・ら・な・い」

「…ひゃい」


少々の圧を感じる笑顔にも動じずに返事をすると、彼女の顔は解放された。一連の行動に対してイーヴはあからさまに不満げな顔をしているが、リアンは無視して話を続ける。


「合図したら俺と一緒に走って。イーヴは尾行を捕まえに行く。OK?」


コクコク、とアイリが頷く。

それを確認して、リアンはイーヴに視線を向ける。打ち合わせは先ほど、店の裏で済ませている。あとは合図を出すだけだ。

二人はどちらともなく頷きあって、視線を進行方向に戻した。


「行くよ、3,2,1,…走れ!」


小声でカウントダウンをしてから、力強く合図を発し、それをきっかけにして三人とも走り出す。

アイリとリアンは前方へ。イーヴだけは後方へ。


人の間を縫うようにして少し走ってから、アイリは後ろを振り返る。そこには遠ざかるイーヴと、流れを逆走して走る一人の男の姿があった。


(あの人、…ゴンティエの村の襲撃犯!?)

「尾行は一人か…、念のため少し離れよう。まだ走れる?」


二人は軽く後ろを確認して、それぞれ違う感想を持ったらしい。リアンの問いかけに、アイリは答えようとした。

しかし、


「はい、大丈…わ!」


彼女は「大丈夫」と言いたかったのだが、その瞬間足を取られた。石畳のすき間にヒールがすっぽり入ったのだ。ハマったわけではないが、思わぬところで足を取られ、転ばないまでもバランスを崩す。靴の踵が脱げかけて、走るにも走りづらい。

しかも、ただでさえ酒を飲んだあとである。コップに半分くらいの量とはいえ、彼女は普段より息の上がるのが早い気がした。

リアンはその様子をしばし見たあと、


「ちょっと失礼」

「えっ…きゃあ!」

「しっかり掴まってて!」


アイリを抱き上げて走り出した。いわゆる「お姫様抱っこ」の状態である。脱げかけた彼女の靴の片方は、抜かりなく手に持っている。


「リアンさん!?」


頭上から響く抗議の声を無視して、リアンは走り抜けた。時に人混みをターンしながら抜け、時に階段を飛び降りるなどして。アイリは必死でしがみつくしかなかった。



しばらくして。

二人の姿は広場にあった。


そこには町のシンボルともいえる大きな噴水があり、待ち合わせをする者、休憩をする者、世間話をする者、走り回って遊ぶ者…皆が思い思いの時を過ごす場所である。

今、噴水のヘリには二人が座っている。アイリはぐったりとして大きくうつむき、リアンは上を向いて大きく肩で息をしていた。

アイリは途中からリアンに抱えられていたので、そんなに長い距離を走ったわけではない。ぐったりしているのは体力の問題ではなく、ただの気疲れである。抱えられて飛んだり跳ねたりされるのは、意外に心臓に悪いのだと彼女は知った。


(リアンさんもお酒飲んでたはずなのに、何で平気なの…!?)


横を向いて覗き見たリアンの顔は、息こそ上がっているが何故か楽しそうに笑っている。

それもそのはずで、彼は今このシチュエーションを最高に喜んでいた。


理由はいくつかある。

まず、今は安全が確保されていること。尾行は結局一人だった。リアンの店からここまではそこそこ距離があるが、その間二人をつけて来る者はいなかったのだ。それに今はひと目の多い場所にいる。ここにいれば無暗に襲われる危険もないだろう。

次に、今は二人きりでいられていること。正直、今日この日にイーヴがついてくるのは、リアンにとって好ましくなかった。終始「何が悲しくてデートに幼馴染がついてくるんだ…!」と肩を落としていたのだ。それが思わぬ形でアイリと二人きりになれた。これが嬉しくないはずがない。

そんなわけで彼はこの状況を楽しんでいたし、いくらか気分がハイになっている。酒を飲んで走ったので身体に負担がかかっているはずだが、そんなものはすでに無意識へおいやっていた。


大きく呼吸を何度かしてから、リアンはゆっくり立ち上がった。


「大丈夫?怪我してない?」

「…はい、…おかげさま…、で…」


アイリの方は、まだへばって俯いている。そんな彼女の足元へ、リアンは跪いた。


「靴脱げちゃったね。はい、足出して」

「え!?」


驚いて、思わずアイリは顔を上げる。視線の先には自分のヒールを片手に持ち、もう片方の手を差し出すリアンの姿。靴を履かせるから足を出せ、というのだ。

アイリは戦慄した。「恥ずかしすぎて死ねる」と。


「いや、自分で履けま…」

「いいから、ほら」


しかしこの男、言い出したら聞かない頑固さがある。「でも」とか「大丈夫」とか小さな声でアイリは抵抗するが、男の笑顔は崩れない。

やがて観念して、アイリは足を出さざるを得なかった。


「ヒールなのに、走らせて悪かった」

「あの…恥ずかしいんですけど…」

「どうして?きれいな脚してるよ」

「そういう問題じゃなくて…!」



恥ずかしいと言えば、男子諸君は「照れているんだろう」くらいにしか思わないのだろうけど。

そういう問題では、断じてないのだ。

彼女の頭の中はといえば、「最後にムダ毛の剃ったのいつだっけ」とか「足の爪欠けてるのに」とか「クリーム塗り忘れた!肌ガサガサじゃん」とか「かかとだけは触ってくれるなお願いだから!」とか、そういう問題でいっぱいになっていた。

男子に見られて恥ずかしいのではなく、ただただ自分のだらしなさが恥ずかしいのである。


それなのに、リアンはゆっくりとした動きで足を触り、靴を履かせようとする。アイリは余計に恥ずかしくなっていた。羞恥心が脈拍を加速させる。

顔が熱い。鏡を見なくてもわかる。きっと自分の顔は真っ赤になっているのだろう。アイリはそう自覚すると、さらに顔が熱く感じた。

足を触られたくすぐったさに思わず目をつむった、その時…


「何をしている」


すごむような声が聞こえた。

目を開けると、リアンの肩をガシッと掴み、ジト目でリアンをにらみつけるイーヴの姿があった。


「おっと、ここまでか」

「イーヴさん!」


イーヴに見つかっては仕方がないと、リアンはササッとアイリの足に靴を履かせた。これにアイリは「そのスピードで出来るなら早くやって!?」と一瞬思うが、今はそれより目の前の従者だ。


「イーヴさん、大丈夫でしたか?尾行は」


問いかけるアイリに、イーヴはバツが悪そうに顔を背けて答えた。


「…すみません、巻かれました」

「そう、ですか。イーヴさんが無事ならよかった」

「…」


沈黙が三人を支配した。有無を言わさないイーヴの返事に、なんと声をかけてよいかアイリは言葉が見つからない。気まずい雰囲気が漂う中、沈黙を破ったのはリアンだった。


「…戻ろうか。城まで送るよ」




「…今日は町を散歩するだけと伺っていましたが…、なんですかその恰好は」


城へ戻ると、開口一番ジジが眉を吊り上げて問いただす。出ていく時は町人風の小綺麗な恰好だったアイリが、今や服は汚れ、着崩れてボロボロな印象になっていたからだ。走っているうちにどこかにぶつかったり、動いた拍子にズレてしまったのだろう。

アイリは「いや…」とか「その…」とか小さく言い訳を試みるが、なかなか言葉が出てこない。心配をかけまいと言葉を選んでいるうち、時間だけが過ぎてしまうのだ。

その様子を見て、ジジはアイリの後ろの男二人をキッと睨みつける。つり上がった目は「仕事を増やすんじゃない」と語っていた。これには二人も、黙って頭をポリポリ掻くしかない。


「はぁ…お風呂入りますよぉー」


ジジがアイリの手を引いて奥へ引っ込んでいく。アイリは申し訳なさそうにドナドナついていった。

アイリの執務室には、リアンとイーヴだけが取り残された。


「で、本当のところは?」


アイリの通ったドアが閉じられたとたん、藪から棒にリアンが尋ねる。

違和感があったのだ。アイリに報告するイーヴが、思いっきり顔を背けていたことに。「こいつ、何か隠しているな」とリアンはなんとなく予想していた。

その予想は、当たりだったようである。


「…多分死んだ」

「多分?」

「追いつかれると悟ったんだろう、川に身を投げたんだ。あの流れの速さではおそらく助からない」


つまり。

密偵は主に忠義を尽くすために自殺した、ということだ。捕まって情報を流さないよう、自らを口封じするために。

この残酷な結末を、イーヴはアイリに伝えたくなかった。彼女が「自分のせいかもしれない」と気に病むかもしれないから。それで報告をするとき、イーヴは嘘をつく罪悪感から顔を背けてしまったのだ。


「ふーん。敵さんはずいぶん躾のいい犬を飼ってるんだな」


感嘆の声を上げるリアンは、内心意外に思っていた。

主のために死ねるような部下を持てる人間など、市井にはそうそういない。死んだ密偵の主人は、ある程度地位のあるものと考えるのが自然だろう。しかし…なぜ一人なのか。貴族や豪商であれば、もっと人数をかけてもよさそうなものである。あるいは、人員を割けない理由が何かあるのか…。例えば、生まれは良くても本人に権力がない、とか。

思考を巡らせていると、イーヴが鋭く言った。


「アイリ様にはしばらく伏せて、折を見て伝える。お前からは言うな」

「わかったよ。俺だって好きな女に、“自分たちがきっかけで人が死んだ”なんて話をすすんで聞かせたいとは思わねえわ」

「ああ。…は?」


イーヴは相槌を打ってたっぷり三秒後、リアンが「好きな女」と発言したのに気がついた。脊髄反射で「お前本気か」という顔をしてリアンに振り向く。これにリアンは、少し気を悪くしたようで、


「え、何」


とつっけんどんに言い返した。「何か悪い?」とでも言いたげに。

イーヴとて別に咎めたいわけではない。ただ聖女相手に恋愛するというのが全く想像がつかなくて、思わずツッコミを入れてしまっただけなのだ。しかも自分の主人である。リアンが悪いやつではないと知ってはいるが、知っているだけに彼の悪いところも熟知している。もし彼の恋が成就した場合、アイリ様が苦労するのでは…と少し心配になったりもした。

なので「いや」とひと言、咎める意図は否定してから、微妙な表情のまま視線を正面に戻してイーヴは続けた。


「…泣かせたら殺す」

「こっわ、お父さんかよ」


発言こそ物騒だが、応援してくれる気はあるようなのがリアンにはおもしろかった。軽く笑い交じりに返事をして、それを合図にくるっと踵を返す。

イーヴが視線だけでそれを追うと、リアンは片手をあげ、こちらを振り向かずに執務室を後にするところだった。

お読みくださりありがとうございます。

次回は3/16(日)に更新予定です。よろしくお願いします!

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