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14:「亡命者でも1か月で100万稼げる異世界チートビジネス完全攻略」

後日。

アイリとイーヴはリアンの案内により、城下町の大通りに来ていた。先日の作戦会議での約束通り、リアンの店に招待されたのだ。

ここは街の主要な道路の一つで、馬車も人も行き交うものがたくさんある。

通り沿いには多くの店が軒を連ねる。肉屋から八百屋から雑貨屋から飲食店から…ありとあらゆる種類の店がひしめき合っている。その中にひときわ賑わっている店があった。


「あー、表からじゃ無理か。裏に回ろう」


リアンの店とは、どうやらこの黒山の人だかりを作っている店らしい。本当は正面から入り、カウンターやら客席やらも見てもらいたかったのだが、リアンの思惑は外れてしまった。早々に諦めて、彼は店の裏に入る道を先導する。

これにアイリは、思わずイーヴと顔を見合わせた。アイリは「リアンさんってすごい人なんですね」とイーヴに言いたかったのだが、実はイーヴもリアンの仕事を見るのは初めてだったので「リアンってすごい奴なんだな」と目を点にしていた。結果、二人してびっくりした顔をするのでお互い何も言い出せず、そそくさとリアンの後ろについていくのだった。


少し遠回りをして建物の裏にたどり着くと、そこには大量の樽や木箱が積まれていた。

「そこ座ってて」とリアンは言うなり、裏口から店の中へ入っていく。しばらくして戻ると、手には小さなジョッキを持っていた。中にはパチパチと小さく音をたてる液体が入っている。

手渡されたそれを一口飲んだアイリは、すぐにその正体を悟った。


「美味しい…エール?」

「当たり。おかげさまでこの人気でね、ルノアールでも受け入れてもらえてよかったよ」


リアンは彼女の感想に満足そうな笑みを浮かべた。彼の店というのは、どうやらエールを販売しているらしい。裏に置かれた樽には、店の看板と同じロゴマークがあることから、製造もしていることが窺えた。

ちなみにイーヴは仕事中なので、もちろんジョッキは手渡されない。これにはアイリは申し訳なさを感じたが、当人はどこ吹く風だった。


「うまいエールを作って売る、って言うのはまぁ当然なんだけどさ。じゃあうまかったら売れるのかって言えば、そういうわけじゃない。ものを売りたければ売り方を考えないと。さて、どんな方法があると思う?」

「えっと…宣伝する、とか」

「そう、宣伝は必要だね。じゃあ何をアピールする?うまさ?安さ?」


アイリはうーんと首を傾げる。専門外の話で、何が正解なのかさっぱりわからなかった。

しかしこの問いは答えを出させることが目的ではない。間違ってもいいから考えてほしくて質問している。ある程度彼女が頭を悩ませたところで、リアンは続きを話し始めた。


「アピールポイントが他の店と同じじゃ、選んでもらえないっていうのは当たり前…でも多くの店でエールは“新鮮さ”を売りにしてるんだ。まぁ確かにエールって日持ちしないし、時間がたつと酸っぱくなるけどさ、“うちのエールは新鮮です”“うちのエールは新鮮です”…ほとんどの店が口をそろえて同じことを言ってる。これだけじゃ他の店と何が違うのかわからないよね。だいたい、何を根拠に新鮮としているのかも全く伝わらない。だから俺は、こう宣伝した。“熟成後2日以内のエールのみ販売します”“仕込み当日に汲んだ湧き水だけを使用”“水は三回煮沸してから仕込み開始”“味が損なわれないよう仕込み前には樽を熱湯消毒”“ハーブは最低限かつベストな組み合わせを1000通り研究して厳選”…作り方を説明してるだけだし、一言も“新鮮です”なんて言ってないけど、これでお客さんは“ここのエールは新鮮なんだ”って勝手に気づいてくれるんだよ。おもしろいよね」


オタクの早口である。マシンガンのように絶え間なく紡ぎだされる情報に、アイリは圧倒されながら耳を傾けていた。ぽかんとして、相槌を打つことすら忘れている。

と、ここで、リアンは一呼吸おいてから、話を続けた。


「っていうマーケティングをして、売上高1位にまで成長したビール会社がアメリカに実在したんだ。1920年代の話だけど」

「え?それじゃあ今のって」


驚いた声を上げるアイリに、また少し距離を取り直してリアンは続ける。


「そう、ビールをエールに置き換えただけで、やってることはほとんど同じ。こうやって以前の知識を生かして、商売してるんだ。いくつか条件が揃わないといけないから、こんなにきれいに丸パクリできることは稀だけど。あ、もちろん売り方だけじゃなくて、品質にもこだわるよ?粗悪な物でも売れる自信はあるけど、将来的に信用落ちるから。宣伝していることは全部事実。『買い手よし、売り手よし、世間よしの三方よし』が商売の基本だね。他国の聖女様たちと違ってこの世界にないものを発明してるわけじゃないから、バレる危険性もない。無形の知識だけを使ってるのがポイントかな」


アイリはひやひやした。リアンがあんまり大っぴらに話すので、イーヴにリアンが転生者であることがバレるのではないかと心配だったのだ。

ここは各国の聖女が元の世界のテクノロジーを持ち出したがゆえに、いくつもの国が滅んでいる世界なのだ。聖女という特殊な立場だからこそお咎めがないのであって、仮に一般人がそんなことをしていると知れたら、どうなることか。リアンとイーヴの関係に亀裂が入ることを、アイリは恐れた。


彼女は慌ててイーヴの方に目をやると、しかし彼は少し離れたところでアイリに背を向けていた。職務に忠実に、周囲を警戒しているらしい。この距離では聞こえてないとは言い切れないが…反応がないのを見ると、ひとまず心配は杞憂に終わったようである。


視線をリアンに戻すと、彼の口からは商売蘊蓄が無限に溢れ続けていた。

楽しくなってしまったのか、もはやアイリにはよくわからない専門用語まで飛び出すありさまだ。独壇場とはまさにこの事である。

アイリはちびちびエールを飲みながら「この人の商売人生、ラノベになりそうだな」「タイトルは『亡命者でも1か月で100万稼げる異世界チートビジネス完全攻略』かな…いや、これじゃ情報商材か…」などと不謹慎なことを思案した。


ここでふと、アイリが気付く。


「あれ、このエールどこかで飲んだ気が…」

「気づいた?以前一緒に食事をしたあの酒場に、うちの酒を格安で卸してるんだ。で、こうやって人気店の名前を使わせてもらって、箔をつける」


小さくつぶやいただけなのに、リアンはどこからか持ってきた宣伝用パネルを持ちだしながらうれしそうに解説をする。嬉しかったのは酒を覚えていたことか、それとも追加でビジネスハックを話せたことか。あるいはその両方か。


「…もしかして、このあと“聖女のお墨付き”って看板に書いたりします?」

「お、鋭いな。許可もらえるならやりたいけど」

「考えておきますね」


軽口を挟みながら談笑が続いていたが、急にイーヴがツカツカとリアンに近づいて行った。ぼそぼそと小声でリアンと打ち合わせをしている。

アイリはアルコールの回った頭で「何だろう?」とぼんやり二人の様子を眺めた。

やがてリアンは小さく「わかった」と返事をし、おもむろにアイリの手にあるジョッキを取り上げた。そして彼女が抗議する間もなく、ジョッキに残っているエールを一気飲みする。


「これ以上はだめ。飲み過ぎ注意」

「一杯くらいじゃ酔わないです」

「どうかな?もう顔が赤いけど」


別にこのくらいじゃ酔ったうちに入らないのにな…と、アイリは不満げだった。酔った自覚がないのが酔っぱらいの怖いところである。

無言の抗議を無視し、リアンは空のジョッキを適当な樽の上に置いた。そしてエスコートする時のようなしぐさでアイリに手を差し出す。


「さて、ここはもういいや。実は行きたいところがあってさ、付き合ってくれる?」

「?、はい。いいですけど」


予定では、今日はリアンの店を案内してもらったらそのまま城に帰るつもりだった。なのでこの提案は想定外で、普通なら何か緊急の用事でもあるのかしらと気が付くところなのだが…この時、酔っぱらいは「次はどこを案内してくれるんだろう?」くらいにしか思わなかった。

ビール会社のマーケティング事例について知りたい人は「シュリッツビール マーケティング」で調べてみてね。


お読みいただきありがとうございます!

次回3/9更新予定です。よろしくお願いします!

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