13:もしかして詐欺師が本職だと思ってた?
庭にはすでに食事が用意されていた。
立派な屋敷に、立派な庭。なのでてっきり豪華なオードブルや食べきれない量のパーティー料理が出てくるのかとアイリは身構えたが、それは見当違いだったとすぐにわかった。
実際に出てきたのは、庶民的な煮込み料理とパン。あとは細々としたサイドディッシュがいくつかの、飾り気のない食事である。リアンたち四人は出身が出身なので、貴族が食べるような気取った食事では食べた気がしないのだという。わざわざ庭で食事を取るのも、室内の調度品が豪華すぎて落ち着かないから、という理由らしい。
とはいえ、味は間違いなく腕のいいシェフが作った素晴らしいものだったし、量が少ないということもなかった。たくさんの具材が煮込まれたシチューはとても美味で、パンは焼きたてなのか、ほんのりぬくもりが残っていた。五人は一つのテーブルを囲んで、思い思いに雑談を続けながら昼食を取った。
中には四人だけの思い出話もあったが、アイリは特に疎外感は感じなかった。みんなアイリにもわかるように、何があって、その時誰がどうしてと、詳しく話して聞かせてくれたからだ。そのおかげでアイリは理解したのだが、どうやらジジは救貧院にこそいなかったものの、ずいぶん前から彼らとは知り合いだったようである。どういう経緯があったは、今日のところはわからなかったけれど。
そのうち食事を終えたシャルルとジジは、何故か庭でテニスのような球技を始めた。その流れはあまりに自然で、
(さっき言ってた131戦131敗って、まさかテニスの話じゃないよね…)
とアイリが変な勘違いを起こしかけるくらいのスムーズさだった。実際はそんなことはないらしく、ちゃんと(?)告白の戦績であるとはイーヴの解説だ。
二人は付き合ってこそいないものの仲が良く、こうやって遊ぶことがよくあるようだ。なのにどうしてジジがシャルルの告白を受け入れないのかは、リアンにもイーヴにもわからないらしい。
残る三人も食事が終わり、ぼんやりテニスの激戦を眺めていた。
すると途中でラインアウトだ反則だ何だとジジが抗議しはじめた。シャルルはのらりくらりとそれを受け流すものだから、ジジはキレ気味にイーヴを審判に指名した。イーヴは「めんどくさい」と書いてある顔でコートへ移動し、二人の間に立って抑揚のない声で点数をコールする。
テーブルにはアイリとリアンが残された。
二人は少し離れた位置に座っていたが、しばらくするとリアンがアイリの隣に移動してきた。
「楽しんでる?」
「…楽しんでていいんですかね」
「いいんじゃない?建前的には遊びに来てるんだし。真面目な話だけじゃ肩凝るよ」
隣の椅子を庭に向け、横並びにリアンが座る。しかし身体はややアイリの方を向けていた。
「ずっとさ、お礼を言いたかったんだ」
「お礼?」
「イーヴのこと。従者に召し抱えてくれただろ?俺にはあいつを助けられなかったから」
そう言われて、アイリはイーヴの話を思い出す。確かリアンの勧誘を断っていたのだ。出自を理由に「役に立たないから」と。
リアンのこの言い振りからすると、おそらく彼はイーヴを協力者にするだけでなく、劣悪な環境から助けたい意図もあったのだろう。その算段をしていたが、彼が首を縦に振らずに実現しなかった。
そこに彼女が現れ従者にしたことで、その問題がクリアになった。だから礼を…ということのようだ。
しかし彼女には、これがむず痒い。100%純粋な気持ちでイーヴを助けたわけではないからだ。あの時のアイリには、外に出る自由がなかった。ただ、それが欲しかっただけなのだ。そんな打算的な行動に感謝をされてしまうと、なんだか自分が悪い人間のように思えた。
「別に、助けたわけじゃなくて…」
「それでも、友人の窮地を救ってくれたことに変わりないよ。感謝してる、ありがとう」
「…いえ」
まっすぐ見つめるリアンの顔が見れなくて、アイリは目を逸らした。
沈黙。それから、ややあって、
「でさ、イーヴから聞いたんだけどチンピラ兵士を魔法使って撃退したんだって?」
リアンが明るい声で話題を変えた。この唐突さにはアイリも少し驚き、もう一度リアンの顔を見る。その表情は先ほどの真摯なものとは違い、好奇心が前面に出ていた。
(もしかしてこっちが本題だったかな?)
とアイリは思ったほどだった。
「君の魔法は光を放つだけだって聞いてたからさ。どうやって追い払ったのか気になってたんだよね。よかったら聞かせてくれない?」
あけすけに尋ねる様はすがすがしさがある。アイリは彼のこの態度を好ましく感じた。
城においてのアイリは“聖女という役割”でしか認識されない。お飾りの人形でしかなく、記号としての役割しか持たない人間だ。最近でこそイーヴやジジのような信頼できるも者もいるが、まだまだ少ない。
だからアイリ個人の行動や思考に興味を持ってもらえるのは、彼女にとって貴重だったし、何より心地よかった。
「…イーヴさんは魔法で追い払ったように見えたのかもしれないですけど、そうじゃなくて。ブラフを張ったんです」
「ブラフ?」
「さっきの神話を持ち出して『当たったらどうなると思う?酷いことになるかもね?』ってハッタリかました、というか…」
「すごいアイディア。かっこいいね」
「私が考えたんじゃなくて…、人のマネしただけで」
「歴代の聖女様の誰かとか?」
「ううん、ラノベ。中学の図書室で読んで」
へぇ、とリアンが相槌を打つ。そのニュアンスは否定でもなければバカにした感じでなく、あくまでフラットな肯定だ。
「博識っていうのとはまた違うのかもしれないけど…、君って知識の幅が広いね。本を読むのが好きなの?“ルビンの壺”も知ってたし。ポンジ・スキームにも気づいてたってジジから聞いたよ」
うーん、とアイリは言いよどんだ。というのも、これには彼女の生い立ちが深く関係していたからだ。
アイリの脳裏に、過去の記憶が浮かんでくる。
父はおらず、母親の無関心・不機嫌に振り回されてきた日々。
家庭の中での会話が著しく少なく、また会話があったとしても飛んでくるのは罵詈雑言なので、学校でのクラスメイト達とのコミュニケーションにも支障が出たこと。
成長する身体に合わない服を着せられ、上履きはきつくていつもかかとを踏んで履いていたこと。
問題児と仲良くしてくれる子などおらず、気づけば孤立していたこと。
そんな状況を変えたくて、アイリは必死で足りない知識を本やテレビで補った。
幸い小学校を卒業する間際という早い段階で自分の家庭の異常性に気づけたので、中学時代は図書室に入り浸って知識を得た。心理学等の学術書からマンガ・ラノベまで幅広く。
おかげで高校時代は、何とか普通の学生生活を送れるくらいにまで成長した。もちろん初めからすべてうまくできたわけではなかったが、クラス替えで一年毎に関係値がリセットできたのが幸いした。失敗しては改善してを繰り返し、何とか友達との登下校で何でもない話をダラダラ喋れるぐらいにまでは成長した。
彼女は、普通ならいらない努力して、人間らしい振舞い方を身につけた。
つまりアイリの読書に関する話は、とても人に聞かせて楽しいものではないのだ。
とはいえリアンも別に悪気があって聞いているわけではないのはわかっていたので、アイリはなるべく当たり障りなく答えた。
「…好きというか、やむにやまれずというか…?本とかテレビぐらいでしか、情報が入ってこなかったんですよね。だから一時期ものすごく読み漁ってて」
「何かきっかけでもあったの?」
リアンがグイグイ尋ねる。
ここまでくると、「何でリアンはそんなに私のことを知りたいのか」と、アイリは疑問に思っていた。彼女は努力して人並みのコミュニケーションが取れるようになっていたものの、人から好意を持たれるという経験が圧倒的に少ない。というか、ほぼゼロに近い。だからここまで踏み込んで質問をするということの意味が、いまいちピンとこなかった。
それでも素直に質問について考えて、彼女はある古い記憶を思い起こした。
「…子供の頃、眠れなくて深夜番組をボーッと見てたらドキュメンタリーやってて。確か起業家だったかな。その人が『できないからって諦めてしまったら、何もできないままだ。私は自分の人生を、そんな悲しいものにしたくない』って言ってて。その言葉で『人生って、自分で変えられるんだ』って気づいたんですよね。それまで私、何もできないし、やる気もない子供だったんですけど、何か…それ聞いてやる気になっちゃって」
そのころのアイリは、ストレスのせいで不眠症になっていた。親は水商売で夜は家におらず、いつも一人で眠れない夜を過ごしていた。そんな時いつも、テレビをつけて寂しい心を紛らわせていた。
ドキュメンタリーを見たのは本当にたまたまだったが、アイリにとってそれは人生を変える出会いでもあった。テレビに出ていた起業家は、きっとそんなこと夢にも思わないだろうけど。
単純ですよね、とアイリは自嘲して笑う。彼女を見るリアンの顔は少し驚いた表情をしていたのだが、彼女はそれを見逃した。
「あ、起業家といえば」
アイリは唐突に話題を変えた。自分のことばかり話して、リアンの話を何も聞けていないのに気づいたのだ。
「質問とは鏡である。相手が何かを聞きたい時、その相手は自分にも同じ質問をしてほしい時である。」と、アイリは物の本で読んだことを思い出していた。
「リアンさんって、本当に商人なんですね。さっきお仕事されてるの見て、やっと実感しました」
さっき、というのはこの屋敷を訪れた時のことである。
オスカルに出迎えられたアイリとイーヴは部屋へ案内される際、ホールでリアンとすれ違った。その様子はなんだかバタバタしているようで、聞けば仕事でトラブルがあり、対応に追われているとのこと。
挨拶もそこそこに、リアンは部下たちの輪に戻っていき次々と指示を出しはじめた。ホールに置かれた大量の商品が彼の指示で捌かれていく様子を横目に見て、「あ、この人ちゃんと仕事してるんだ」とアイリは失礼なことを考えていたのだ。
なお、このせいで待たされ開始時間が遅れたので、会議の本題に入る前に食事休憩になった、というのが今の状況だ。
「…え、もしかして詐欺師が本職だと思ってた?」
「はい、有力者たちに取り入るための方便で商人を名乗ってるのかなって」
「ひどいなぁ、すげえショック…一応言っとくけど、詐欺で巻き上げた金は全部救貧院とかの支援に回してるし、商売は商売で真っ当にやってるんだよ?別に金儲けのために敵を騙してるんじゃないからね?」
「あはは、ごめんなさい。お仕事してるところ初めて見たから…」
これはきちんと説明してこなかったリアンも悪いのだが、彼はこの誤解に案外凹んだ。俺ってそんなに胡散臭く見えるのだろうか…、と。商売人にとって、見た目の信用力は死活問題なのだ。
リアンは額に手を当てうなだれる。その姿は大げさに見え、アイリは申し訳なさを感じながら薄情にクスクス笑っていた。
「はぁ…あ、そうだ」
しかし彼は転んでもただでは起きない男だった。この誤解を逆手に取ることにしたのだ。
身体を起こしてアイリに向き直り、気を取り直して提案をする。
「ねえ、今度城下町にある俺の店を案内させてよ。普段の俺がどんなことやってるのか、見ておいてほしいんだ」
「店?リアンさんは貿易商じゃ…」
「貿易商はルノアール王国に戻ってくるための口実に始めたんだけど、資金力がないとできないんだよ。商品仕入れにも先立つものがないとね。だからはじめは亡命先のライスフェルトで店を持って、普通に商売をして金を作ったんだよ。実はこっちでも、少し前から店を構えてるんだ。よかったら君にも見てほしいな」
相手との仲を深めるために、自己開示は必要だ。知らないなら知ってもらえばいいだけのこと。そう考えて、彼はこの逆境をチャンスに変えた。
「はぁ、いいですけど…」
当のアイリは「別にもう商人だってわかってるから、別にいいんだけどな」と思いつつ、別に断る理由もないのでこの提案を了承した。彼女はとことん、他者からの好意に鈍感だった。
しばらくの休憩の後、本題の作戦会議を済ませ、アイリは夕方頃に屋敷をあとにした。
見送るリアンは大変満足げであった。
お読みいただきありがとうございます!
次回3/2(日)更新予定です。よろしくお願いします!




