10:脊髄トークダンスパーティー
まるで檻の中の珍獣の気分だ、とアイリは思った。
西日差し込む城の広間。今は叙勲式の真っ最中である。
王から授けられる勲章はトレーに整然と並べられている。それをひとつアイリが手にとり、並ぶ受章者の胸へと順につけてやる。アイリの今日の大役はこれだった。
受章者の中には、聖女の姿を見るのが初めてという者が多い。勲章が付けられるのを待っている者、すでに付け終わったもの、そして今まさに付けている者から、遠慮のない好奇の視線が突き刺さる。頭のてっぺんからつま先までジロジロと不躾に見られるのは、何回経験しても慣れるものではない。
城での生活を始めて約三カ月。城内での視線はすっかり落ち着いていたから忘れていたが…そうだ、最初に来た時もこんな感じだったと、彼女は苦々しげに思い出していた。
アイリは勲章を受章者の胸につけながらチラ、と視線だけ横に向ける。
少し離れたところに玉座があり、ルノアール王がふんぞり返って座っていた。
その横には天上院の議員たちがずらりと並び、これまた横柄な態度で立っている。その中でもバジルの父・ルヌヴィエ卿は王とひそひそ会話をし、下品な笑顔を浮かべていた。
(この人たちが、国のルールを作ってる人ってことね…)
頭の中でユリウスとの会話を反芻する。
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「殺されます」
「え?」
「私の両親がそうでした。村の者に食事を恵み、読み書きを教え、仕事を世話してやるなど面倒を見てやり…。志を同じくする若い議員とも交流を持ち、議会へ働きかける準備をしていました。それが古参貴族には気に入らなかったのでしょうね。民が知恵や力を持つことを、上流階級は恐れているのです」
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(…この中の誰か、それとも全員か)
アイリの彼らを見る目つきが鋭くなる。
数日前まではのんきに暮らしていた。
王はただのエロオヤジだとしか思ってなかったし(アイリは召喚直後に粉かけられてこっぴどく振っていた)、議員もデリカシーのかけらもないおじさんぐらいにしか思ってなかった。
それなのに…
(まぁ、何も知らずにのんびり暮してた私だって同罪かな)
ハァ、と小さなため息が思わず零れる。それを聞いた彼女に勲章をつけられている男がぎょっとした。「何か失礼なことでもしたかな」と心配そうに聖女を見ている。しかしアイリは男の表情に気づかない。単純作業を行う身体の感覚と、思考の感覚は別離していた。
彼女の頭の中には、ずっとあの声が居座っている。
「ほんっと役に立たないわね、あんたなんか生むんじゃなかった」
リフレインする悪口は止むどころか、どんどん声が大きくなっていった。ガンガン響くので、やがてそれは頭痛まで引き起こしていた。
(あー…早く終われぇ…戻って寝たい…)
声に阻まれ、考えの整理がつかなくなっていく。せめて目の前の作業に集中できればよかったのだが、脳内を駆け巡る邪悪な声のせいでままならない。
そのうちアイリはまとまらない思考を放棄して、この儀式が早く終わることだけを願うようになっていた。
そうこうしているうちに式典はいつの間にか終わり、夜の闇が城の周りを包んで、目の前の風景はダンスパーティーへ移行していた。どうやって会場を移動したかも覚えていないくらいアイリは疲弊していたが、しっかりドレスに着替えていた。たぶんジジが頑張ってくれたのだろう。
アイリは叙勲式は役目があるから仕方がないにしても、ダンスパーティーには出たくなかった。物珍しさからダンスに誘ってくる男が後を絶たないだろうと思ったからだ。
しかし「そんなことないから」と言うバジルに出席を強要され、
「聖女様、今宵の記念に踊っていただけませんか」
「お誘いする機会に恵まれるとは何たる幸運!」
「姫、一曲お相手を」
やっぱり思った通りの展開になっていた。
あの手この手のセリフでダンスに誘ってくる男たちを「踊れないので」と冷たくあしらい、アイリは壁の花を決め込む。
ただでさえ調子が悪く、テンションはだだ下がりだった。断れば引いていく物わかりのいい男たちで助かったが、アイリの顔は断るごとにどんどん険しくなっていく。頭痛が酷くなっていくのは、気のせいではなかっただろう。
そこに、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お嬢様、よろしければ私と一曲踊っていただけますか?」
ユリウスだ。
イーヴの予想通り、彼は接触してきた。しかも公衆の面前で、堂々と。
白で統一された正装を見事に着こなし、優雅にお辞儀をする姿はどの貴族たちよりも美しい。その様子を見ていた周りの貴婦人からは、感嘆の声が漏れていた。
しかしタイミングが最悪だった。アイリの頭痛は最高潮に達していて、愛想笑いをするのも難しい。
なので彼女としても不本意ではあるのだがが、ユリウスを見る視線がなんだか睨みつけるようになってしまった。視線の高さを合わせてくれる彼の目をジトっと見て、思考も働かないので、ほとんど反射で答えを返す。
「ソーラン節でよければ踊れますけど」
予想外の返答に、ユリウスはしばらく目を点にしながらフリーズして、
「…ぶっ」
理解が追いついた瞬間、思わず噴き出していた。
「ごめっ…君がその姿でソーラン節やってるの想像したら…っはは」
彼はなかなか笑うのが止まらなかった。大声で笑うわけにもいかないので声を抑えているが、時と場所が許せば全力で笑いたかっただろう。
(本当に素直な笑い方をするなぁ…)
前に教会でライダーの話をした時も同じことを感じたが、改めて見てもアイリはそう思った。
彼女は「人の発言をおもしろがって笑う人間には2つのパターンが存在する」、と常々考えている。
ひとつは、その人の発言を見下して笑う人。冗談を言った相手の発言そのものを面白いと感じているのではなく、「そんなくだらない発言をするなんて、お前はバカだなぁ」と考えるタイプの人間。ツッコミと称して人に暴力をふるうのはこのタイプである、というのがアイリの持論だ。
もうひとつは、発言やその内容の面白さを純粋に面白がって笑っている人。今のユリウスは明らかにこちらのタイプだった。見ていると、つられてこちらまで楽しくなってしまう。周りの人を明るくする笑顔だ。
彼の邪気のない笑い方を見て、アイリは心が徐々に和らいでいくのを感じた。脳内に響く声は、少しずつ小さくなっていく。
ユリウスは笑いすぎて苦しそうに息をしている。ひとしきり笑い終えるとアイリの隣に並んで壁に背をつけ、ハァハァ息を整えた。
「っはぁー、…懐かしいな。俺も小学校でやったよ」
どうやら彼は、もう踊るのを諦めたようだ。横並びのアイリの顔を見て、水を向ける。取り繕うのもやめたらしく、口調はフランクになっている。イーヴと話していた時より若干丁寧なのは、相手が女性だからだろうか。
アイリは一瞬、この話題を続けていいものか悩んだ。イーヴの話しぶりではおそらく、彼は転生者であることを周りの人間は知らないようだったから。でも当の本人が話題を広げているからいいのだろう、と判断した。秘密というのは案外、堂々としていた方が隠せるものなのだ。
「何でどこの学校もやるんでしょうね。漁業と関係ない地域でもやるでしょ」
「うちは海なし県だったな」
「どこ?」
「群馬の高崎」
「だるまの名産地~♪」
「いやそれ『すいかの名産地』…ふっ…ははっ」
まだ頭がそれほど働いていないので、アイリは完全に脊髄でしゃべっている。それがユリウスには面白いらしい。
マザーグースのメロディーに乗せて流れるように「だるまの名産地~♪」と返したのが、どうもユリウスのツボに入ってしまったようだ。せっかく笑い止んだのが再燃して、今度はさっきよりも勢いが増している。懸命に声を抑えても、口を抑える手の隙間から笑いが漏れてしまっていた。笑すぎて目の端には涙まで出てきている。
その様子をぱちくり眺め、アイリもつられてクスクス笑い出した。おかしい気持ちが伝線してしまったのだ。
ケラケラクスクス笑い続けた二人の顔はほのかに赤く染まっている。
アイリの脳内は、もうあの邪悪な声がしなくなっていた。
「はぁ、ちょっと…夜風にでも当たりませんか?笑いすぎて顔が熱い」
手をパタパタ仰ぎながら提案するユリウスに、アイリは笑いながら頷いた。
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