夕飯はカレー
「えと……ご、ごめん」
藤宮渾身の張り手が俺の右頬を撃ち抜き、クリティカルヒット。
羞恥に震える彼女に土下座する勢いで謝った俺だったが、よく考えると悪いのって本当に俺だった? という考えも浮かんでくるわけで。
そもそも、目の前で突然着替え始めたのは藤宮だ。もちろん声をかけたりして止めていればよかったのだろうが、思春期真っ只中の男子高校生には刺激が強すぎた。あの時はまともな思考ができていなかったのだ。
そんでもって少し時間を置いて藤宮が冷静になった頃合いを見計らい、問い詰める。
「あれって本当に俺が悪かった?」
とは流石に聞けないので、慎重に言葉を選ぶ。無駄に刺激して怒りを煽るような真似はしない。ソフトにそれとなく、自然な感じで。
さあいざ、と口を開こうとした時。唐突に藤宮の視線が俺を向く。
「あの、さ。さっきは……ごめん。叩いて」
はだけたシャツはキッチリ元に戻して恥ずかしそうに、けれど申し訳なさそうに。予期しなかった藤宮からの謝罪に俺が困惑してしまう。
さっきまで怒っていたのではなかったか?
女ごころは難しい、と聞いたことがあるけれど、まさかここまで難解であるとは……
俺はたまらず「なぜか」と聞き返す。「なんで、謝るんだ?」と。
「いや、よく考えれば、佐伯は別に悪いことしたわけじゃないよなって思って……あれは私の不注意だったのに、当たっちゃって。だから、ゴメン」
四十五度に下げられた頭。僅かに震えた声。シュンとした表情は彼女が本気で謝っているのだと分からせる。
だが、ここまでされると逆に心が痛い。こちとら開き直ってガン見していたというのにこうも丁寧に謝罪なんかされては受け入れる以外に選択肢はないだろうに。
「いや、いいよ別に。気にしてない」
そう言って自分で、こいつ偉そうだなと思った。叩かれたことに関してはもう気にしてない。けど“あの”素晴らしい光景はキッチリ脳内に保管済み。ムッツリと言われてもなんら否定出来はしない。
「やっぱり佐伯って優しいよな」
「やっぱり」その藤宮の言葉に違和感を感じたが、それ以上にもうほんとうに心が痛い。心臓を滅多刺しにされてから抉り取られるくらい痛い。
そんな俺の気持ちなど知りはしない藤宮は拳を握りしめて「よしっ!」と気合を入れる。
「今日は私がご飯を作る」
やる気いっぱいといった様子でそう宣言する。もちろん嬉しい、が、できるのだろうかという思いが先に立つ。
「ふ、藤宮って料理できるのか?」
恐る恐る尋ねる。
「ん、見くびるなよ佐伯。これでも料理は得意なんだ」
その豊満な胸を張ってフフンと自慢げに語
る。
まあ、仮に料理が不味かったとしても可愛いクラスメイトに料理を作ってもらえるとあらば役得にしてもサービスしすぎとも言える案件だ。出されるのがどんなものであれ、高級レストランのフルコースよりも価値がある。
「じゃあ着替えてくるから」
「まってて」と言い残して藤宮はリビングから出る。彼女の私室も気になるがそこはプライベート。許可なく入るわけにはいかないので大人しくソファーに腰掛けてのんびり待機。
それから数分。手持ち無沙汰になったために、部屋中を見回して時間が過ぎるのをまっているとパタパタと足音を鳴らして藤宮が戻ってくる。
一番に目に入ったのは見慣れない藤宮の私服。見慣れない、といっても似合っていないわけではない。
簡素な白シャツにショートパンツ。肩まであった金髪は後ろで纏められていて普段見えないうなじが色気を醸し出していた。シンプルな服装だが、素材がいいだけに良く映える。
これは何か感想でも言った方がいいのか? と、とりあえず「似合っているな」と当たり障りなく褒めておく。すると藤宮はどこか照れたようにそっぽを向いた。
「さ、佐伯も……これ」
そう言って差し出されたのは男物のシャツとズボン、下着だ。シャツとズボンは使い込まれた感があるが、下着は袋に入ったままの新品。
「これ、パ……じゃなくて親父のだから」
「使って」と差し出されたのだが、本人の許可なく使ってもいいものか、と若干戸惑う。が、「ずっと制服着てるわけにもいかないでしょ」という藤宮の言葉に押されて渡された服に着替える。
制服は洗濯してくれるとのことなので問題はない。
「何が食べたい?」
藤宮から聞かれる。難題だ。ほんとうに料理ができるのであれば難易度の高いものでも要求できるが、そうでないのなら簡単なものを。だが、簡単過ぎれば舐めていると捉えられかねない。
「そ、そうだな……じゃあ、カレーがいいかな」
故に、ここは無難にカレー。カレーならよっぽどのことがなければ失敗はないはず。藤宮は「分かった」と短く返して“魔法背嚢”から食材を漁り始めた。




