絶品
トントントン。小気味よい包丁の音が耳に伝わる。料理が得意だ、というのも間違ってはいなかったようで一連の動作に無駄がない。
しばらくするとコトコトと鍋の煮える音とともにカレー特有のスパイシーな匂いが鼻腔をくすぐり始める。
「いい匂いだ」
「ちょっと待ってて、もうすぐ出来るから」
俺の声に反応したのか藤宮がキッチンから顔をのぞかせた。邪魔にならないように後ろでまとめられた金髪と花柄のエプロンがいつもは感じられない家庭的な一面が見られる。
「出来たよ」
リビング中央に設置された大きめのテーブルに二つ、湯気の立ち上るカレーと新鮮そうな瑞々しいサラダがおかれた。
カレーはドロリとした茶色のルーに野菜がゴロゴロ入ったタイプ。見た目はウチのカレーと大差はないように見えるが、果たしてその味はどうか。
「いただきます」
スプーンを受け取り、一口。含んだ瞬間、旨味が口いっぱいに広がった。下を刺激する程よい辛さ、僅かに酸味と味の染み込んだ柔らかなジャガイモは更なる食欲を誘う。たまらない。手を止めることなく一心不乱に掻っ込んでいく。しっかり火の通った、しかしシャリっとした食感が残されているタマネギ、柔らかくホロリと口の中で溶けるようなニンジン、どれを食べても旨い。絶品だ。
俺の皿から、いつのまにかカレーは姿を消していた。
「おかわり、あるけど?」
「……いただきます」
あのカレーうまさには抗えない。小悪魔じみた笑顔を浮かべる藤宮へ俺は素直に皿を渡す。
「はい」
空になった皿にもう一度カレーを盛り付けて返される。心なしか、さっきよりも量が多いように見えるのは彼女の配慮だろうか。
「ありがとう」
彼女への感謝もそこそこに夢中になってカレーを頬張る。こんなにも食事に夢中になったのはいつぶりだろうか、といえるほどに無心で食べ続けた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様」
パン、と手のひらを合わせて食後の感謝を述べる。これは全くの余談だが、ご馳走さまという言葉は昔、今のように簡単に食材を買いに行くことができなかった時に走って遠くまで食材を調達してくれたことへの感謝から生まれたものなのだと聞いたことがある。
――閑話休題
「どうだった?」
カレーの感想だろうか。そりゃあもちろん言うまでもないが。
「美味かったよ、本当に」
「そ……良かった。でもアンタ、私が料理上手いって信じてなかったでしょ?」
ギクリと肩が跳ねた。
「いやいや、そんなことないって」
「……ふーん」
俺は平静を装って否定するが、どこか見透かされている感がある。怖い。
「ま、まあでも、こんなに料理が上手いとは思ってなかったかもなぁ……なんて」
苦し紛れに放った一言。あとで考えればこれが悪手だった。
「……まあ、母親が居ないからね。家事は基本的に私がやってたんだよ」
「え……」
まさかの告白に空気が凍る。
「母親が死んだのは二年も前の話だよ。別に今更気にしてないから」
強張った俺の顔を見て気を遣ったのか、朗らかな表情で笑う。が、俺にはそれが無理をしているように見えてならなかった。
その話はそれっきり。何も無かったように話題は別のものにすり替わる。
俺自身、親を失ったことがないから下手なことは言えない。どれだけ悲しいことだったのか、辛いことだったのか、わかっように慰めれる方がよっぽど屈辱だろう。それに、気にしていないと言っている以上、あまり突っ込みすぎない方がいいのかもしれない。
すり替わった話題は次へ次へと移り変わる。藤宮の口は動きを止めることを知らず、延々と喋り続ける。
それが、今できる彼女なりの気の紛らわせ方なのかもしれない。
何気なく、ふと窓を眺めると外はもう暗闇に染まっていた。雲がかかって星の輝き一つ見ることもできない。気まぐれに差し込む月光はなんだか寂しげに見えて仕方がなかった。
「もう、夜か……」
藤宮が呟いた。
幸いなことに家の電気は止まっていないため、照明には困らない。だが、夜というのは人を恐怖に陥れやすいという側面を持つ。
ホラー小説やらで幽霊なんかが基本夜に現れるように描写されるのはそのせいだろう。
据え置きの時計を見れば時刻は七時を回っていた。普段であればゲームでもして時間を潰すのだが、どうにもそんな気分にはなれない。
「私、お風呂沸かしてくるから」
藤宮はそう言って席を立つ。俺はまたリビングで一人。
なんだかんだで面倒見のいいらしい藤宮は風呂を沸かした後、ベットメイキングまで済ませて戻ってきた。
「寝るときはパ……親父の部屋使って」
親父、と藤宮は呼ぶが普段はパパ、と呼んでいるのだろう。呼び方が不自然でぎこちない。
俺はクスリと笑って、でも指摘はしない。わざわざ隠してるならそれについて言及してやるような鬼畜ではないのだから。
藤宮の案内の元、風呂に入り、親父さんの部屋を借りて就寝する。
時刻は未だ九時前。けれど、体の疲れが思ったよりも蓄積していたのか、ベットに入るなり眠気が俺を襲い、瞼は重りでもつけたかのように自然と落ちていく。
それから暗闇の世界に没入していくまでは遅くなかった。
料理回でした。




