ククリナイフ
俺たちは引き当てた“ダンジョン攻略報酬”の一つ――魔法背嚢の鑑定結果に体の疲れも忘れて喜色満面の笑みで騒ぎ倒した。
ガラにもなく顔を綻ばせて鼻息荒く興奮に身を任せている間は良かったが、正気に戻ったあと、互いに羞恥心からしばらく目も合わせられなくなったのは記憶に新しい。
「も、もうひとつの方も開けてみようぜ」
羞恥により熱を持った顔面を藤宮から背けながら、おぼつかない口調で口火を切る。
「え、あ、うん」
藤宮も藤宮で動揺を隠せていない。視線を右に左に彷徨わせ、頬が朱色に染まっているのがそれを証明している。
肩まで伸ばしたブロンド髪を指にクルクルと巻きつけながら首を小さく縦に振る。
「じゃ、じゃあ開けるよ……」
未だに引きずる微妙な空気を切り裂くようにギィッと木の軋む音が鳴り響き、宝箱の中身――二つ目の“攻略報酬”が俺たちの目に飛び込んでくる。
開いた木箱から姿を現したのは――
「お……」
「これは」
声が被り、互いに顔を見合わせる。一拍おいて視線を逸らし、その先は再び宝箱の中へと戻る。
「剣……だよな」
「剣、だね」
剣といってもそこまで刀身の長いものじゃない。短剣だ。刃渡りは目測で大体三十センチほどだろうか。くの字型に湾曲し内反りとなった特徴的なそれは一般にククリと呼ばれるナイフとよく似ていた。
ククリを手に取った藤宮は二、三軽く振るっては「ほぉ」と息を吐いた。感嘆、もしくは賞賛による吐息だろうか。
「なあ佐伯、これ私が使っていい?」
俺は【鑑定】をしていない為、詳しい性能は分かっていないが、彼女はそれが痛く気に入ったのか恍惚の表情を浮かべながら思い出したかのように振り返る。
「うん? まあ、いいんじゃないか。俺は今のところ不便はないし……ああいや、そういえば」
俺は自身の横に捨て置かれた短剣に目を移す。元々作りの良いものではないと分かってはいた。だが、それでもあまりにも簡単にそれは壊れた。いたるところに刃こぼれが出来て遂には刀身の半分がポッキリと折れてしまっている状態だ。流石にこれは使えない。だが、だからといって期待に満ちた瞳を潤ませる藤宮に「それをくれ」なんて言えるわけもなく……
「じゃあ、今使ってる方の短剣を譲ってくれ。代わりにそっちのククリナイフは藤宮が持っててくれていいから」
ということで話がついた。元々、ゴブリンが使っていた短剣にはなんの思い入れもなかったのかアッサリ承諾。ゴブリンの短剣は俺へと所有権が移動した。
「まあ、でもこの短剣って耐久性はあんまり高くないし、早いうちに新調しないとダメなんだろうなぁ」
自らを待つ先の未来を見越して俺は誰にともなく独りポツリと呟いた。
◆
「そういやさ……さっきは、なんで膝枕なんてしてくれてたんだ?」
“ダンジョン攻略報酬”として藤宮が手にしたククリナイフ。その鑑定結果に目を丸くする彼女を見てから数分がたった。
そして色々あった聞けずじまいになっていた目下最大に気になること――すなわち件の膝枕について今、俺は言求していた。
「えっと……あれは、今回は助けて貰っちゃったから、そのお詫び……みたいな?」
やっと興奮の熱が冷めてきたところで唐突に切り出した膝枕の件。藤宮の反応は意外も意外、思い出したように頬を赤らめた。おどけるように誤魔化そうとしているが、耳まで赤くなった顔面が感情を隠しきれていない。
学校では不良だ、ビッチだ、血も涙もない暴虐な女だ、などと噂されていたのは知っている。だが、本当にそれは正しかったのだろうか。コロコロと変わる表情や時折見せる笑顔が噂されていた人物像とはかけ離れすぎていて俺には藤宮がただちょっと変わっているだけの普通の女子にしか見えないでいた。
「こ、こんな美少女に膝枕してもらえる機会なんてそうそうないんだからな、感謝しなよ!」
照れ隠しだろうか、真っ赤に熟れた顔を隠そうともせずにビシッ! と俺へ人差し指を向けられた。
「美少女って……自分で言うなよ」
思わず笑みが浮かぶ。
まあ、たしかに藤宮は美少女と言えるだけの容姿はしている。
金色に染められた、しかしサラサラした触り心地の良さそうな髪、端正な顔つき、程よく肉のついたプロポーション。これであんな噂が流れていなければいくらでも男が寄ってきたことだろう。
「な、何ジロジロ見てんだよ……」
藤宮が俺の視線に気づいたらしく怪訝そうにしている。慌てて視線を逸らすもそれに意味はなく変わらずジト目が向けられる。
「ま、私は別に良いけどさ。他の娘とかにもやったらセクハラとか言われるかも知れないから気をつけなよ」
「お、おう……すまん」
「もういいから、それより最初の目的は食料調達だったでしょ? “魔法背嚢”なんていう都合のいいアイテムも手に入れたんだし入るだけ入れといた方がいいんじゃない?」
どうやら藤宮はお金を払って商品を手に入れる気は微塵もないようで俺から“魔法背嚢”を受け取ると食料品を片っ端から詰め込んでいく。
「金とか、払わないのか?」
「大丈夫でしょ。店の人は死んじゃってるみたいだし、監視カメラも壊れてる。それにこの状況でお金がどうとかいってらんないでしょうが」
俺が意識を失っている間に店内の状況を調べていたようで藤宮の言によると店員は全員あの狼たちに殺られていたらしく身体中に爪で切り裂かれた痕や噛み付かれた痕な残っていたとか。
「それはそうと佐伯。あんた着替えなさい。その服はいくらなんでもヤバイよ」
と藤宮は俺の着ていた制服を指差した。ヤバイ、というのは返り血で真っ赤になったワイシャツのことだろうか。狼に切り裂かれたブレザーのことだろうか。どちらにしても確かに視覚的にいいものではないのは俺でもわかる。
「はい、コレ」
一も二もなく藤宮に何かを投げ渡された。なんなんだ、と口にする前に投げられたそれに目を丸くする。
シャツだ。コンビニでワイシャツを買う人はそこまで多くないため、売っていることにすら気づいていなかった。
「こんなの売ってたんだ」なんて考えながら赤黒く染まったシャツと無残にも切り裂かれたボロボロのブレザーを脱ぎ捨てて渡されたワイシャツに袖を通す。
余談だが、ブレザーとシャツを脱ぎ捨てて上裸になった俺をみて、藤宮が小さい悲鳴を漏らすと共に赤面していたのにはちょっと萌えてしまった。




