マジックアイテム
眠りに落ちた意識が浮上していく。
シャンプーのいい匂いが漂う。フローラルな甘い香りが鼻腔をくすぐり、暗転した世界でただその甘美なる芳香を堪能する。
微睡みの中、曇りガラスのようにぼんやりとした思考で匂いの元を探ると寝そべった状態の自分のすぐ近くに生命の気配が感じられるのが分かった。というか頭部に感じるこの柔らかな感触は――
「膝枕……?」
「あ……やっと起きた」
俺の独り言は妄想の類いではなかったようで、目を覚ました俺が一番に視界のうちに捉えたのは目尻に涙を溜めながら安堵の表情を浮かべる藤宮だった。見上げるような体勢であるため彼女の大きな双丘も自然と目に入るわけで、なんとも目のやり場に困ってしまう。
そっと目線を外そうとするが後頭部に伝わる藤宮の膝枕の柔らかさにまた気恥ずかしさを再燃させる。
もう少しこうしていたいという我儘な思いもあるが、それよりも羞恥心が打ち勝った。名残惜しさを残しながらも上半身を起こして辺りを見渡す。
「狭くなってる。いや、元に戻ったのか?」
自らの意識が途絶える前までは店内は広々とした、それこそ十数匹の狼が余裕を持って暴れることのできるくらいには広かったはず。それが今では商品棚で店内が圧迫され、狼の一、二匹がいるだけで動きが阻害される程度の狭苦しさへと変貌を遂げている。
「佐伯が大きい狼を倒したらダンジョン攻略のアナウンスが鳴って……そしたらいつのまにかこんなふうになってたよ」
とは藤宮の言。だが――
「大きい狼?」
なにそれ? そんなの相手にした覚えないんですけど。本当にそんなのいた?
これも【狂戦士】によるデメリットの一つなのか記憶の混濁があるようだ。【鑑定】によるスキル詳細ではそんなことは書かれていなかったが、それ以外には考えられない。
困惑する俺をよそに藤宮が再度、口を開く。
「それはそうと……あれ、なんだけど」
藤宮は“あれ”と言いながら店の中央に鎮座している二つの小さな木製の宝箱のような物を指差した。
「うん? ……なに、あれ?」
流石の俺も情報の処理が追いつかない。このコンビニの店内にあんなものはなかったはず。少なくとも俺の記憶にはない。そしてそれは藤宮も同じ。
「たぶんだけど、あれが今回の“ダンジョン攻略報酬”。アナウンスでも言ってたでしょ? ランダムで何かアイテムが贈与されるって」
「当然知ってるだろうけど」みたいに話されても困る。そんなの知らねーよ聞いてねーよ。
「それでどうすんの、あれ」
「どうすんのって言われてもな……二つあるし、俺が一つ開けてみるか?」
「そこらへんの判断は任せるよ。私、今回は役立たずだったし」
役立たずだった、か。果たして本当にそうだっただろうか? 藤宮が俺の背中を守ってくれていなければあれだけの狼を処理しきれたか分からないし、最初の奇襲も彼女が気づかなければ俺は攻撃を受けていたことだろう。
そういった諸々を含めてそんなことはないと反論を口にするが、それも慰めの言葉はいらないとばかりに柳に風と受け流された。
結局藤宮は俺の言葉をそのまま受け取ることはなく、「佐伯って結構優しいやつなんだな」なんて返答がきたほどだった。
これにはもう俺が何を言っても納得はしないだろうとフォローは諦めて二つあるうち一つの木製宝箱と対面する。
「それじゃあ、開けるぞ」
俺が宝箱の取っ手に指をかけると、ゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。
無いとは思うけど宝箱をあけたら罠が起動する、みたいな仕掛けがあったら死ぬな、なんてことを考えながらゆっくり取っ手に添えた五指に力を込める。当然鍵はかかっていないのでなんの抵抗もなく持ち上がる。
ギィッと木が軋むような独特な開閉音を奏でながら宝箱はその中に保存された“一品”を露わにさせていく。
「これは……」
緊迫感漂う空気の中、俺が宝箱から取り出したのは一つのリュックサック。形はありふれたもので傷も汚れも見られない新品だ。だが、あれだけ苦労したというのにその報酬がただのリュックサックというのでは割に合わない。
期待が大きかった分、その落差も大きい。軽く沈んだ感情に引き摺られて、はぁ、と重いため息を吐くが、俺の横で藤宮が瞳を輝かせているのに気がついた。
「どうした?」
このリュックのデザインでも気に入ったのか? と思ったが、そうでは無いらしい。
「【鑑定】のスキル、使ってみな!」
心なしか興奮気味な藤宮に押されて意味もわからないまま【鑑定】のスキルをリュックに発動させる。
――
“収納”の魔法背嚢
“収納”の魔法が付与されたリュックサック。総重量百キログラムまで収納可能。ただし、収納時には魔力を使用するため魔石による魔力充填が必須。
――
藤宮に言われたとおりに【鑑定】を発動。そして、その鑑定結果に俺は驚愕、遅れて歓喜が湧き上がる。
やはり、“ダンジョン攻略報酬”と名打つだけあってこのリュックサックは特殊なものであったようだ。ただのリュックと思い込んでいただけあってその嬉しさは一入だった。




