狂戦士
「ハァァァァァ!!」
裂帛の気合い。喉が潰れるのではないかというほどの雄叫びでもって威圧をかけつつ飛びかかってくる狼にタイミングを合わせて短剣を振るう。だがしかし、目をギラギラと光らせ、理性を無くしたかのように本能のまま襲いくる茶毛の狼はそんなもの知ったことかとばかりに短剣の刃を体に受けながらもその勢いを止めることなく突っ込んでくる。
「――チィッ!」
狼たちから繰り出される凶爪での攻撃を躱し、時にはいなしてやり過ごすが、決定打が欠けているためいつまで立っても決着がつく気配がない。このままだと俺たちの体力がなくなってバットエンドまでまっしぐらだ。
――使うか、あれを。
まだ試しに使ったこともないアレを、ぶっつけ本番で。どれだけの効果があるのか、能力の持続時間はどの程度か、何も分かっていないのが現状。けれども、アレを使う以外の手がないというのも事実。
「どうする……」
狼たちの猛攻を防ぎながら思考するが一発逆転の策は思いつかない。そうこうしているうちに狼たちの数は増え始め、当初五匹しかいなかったはずがいつのまにか十匹程度まで増大。――こいつは本格的にヤバくなってきた。
「きゃッ」
可愛らしい声。預けた背中の向こうから、普段の男勝りな口調が崩れた彼女の短い悲鳴が耳に届く。
危機的状況にいるのは自分も同じわけで視線をそちらに向けることは出来ないが、彼女を通して背中に伝わった衝撃から狼の突進が藤宮を襲ったのだということだけは理解できた。
藤宮共々、俺も体勢を崩し地面に倒れこむ。
あ、ダメだこれ……死ぬ。
網膜に届く視覚情報がスローになる。いわゆる走馬灯というやつだ。数匹の狼が赤茶色の体毛を靡かせて牙を剥き出し、迫る光景をゆっくりと進む世界で凝視する。思ったよりも冷静な俺の背後には死の気配を感じて思わず瞼を閉じてしまった藤宮。その背中からはわずかな震えすらも感じ取れた。
「なにが、死ぬだ……」
胸の内から怒りが湧き出る。これは他の誰かに対してのものじゃない。簡単に生への執着をなくした自分への怒りだ。
――諦めるなよ! まだ、死ぬわけにはいかないだろうが、俺!
「殺される前に殺る」がモットーだろ! デメリットがどうした! 後のことなんか考えるな。今はただ、生き残ることだけを考えていればいい! ただ目の前の敵を殺すことだけを考えていればいい! だから今……今こそ使うんだ、アレを!
「う、おぉぉぉぉ――【狂戦士】!」
スキル発動。
猛々しい叫びとともに体全体を強烈な熱が襲う。
「くっ……」
思考能力が低下し、視界がわずかに歪む。頭はクールに心は熱く、という名言があるが今の俺の状態を表すのなら頭は熱く、心も熱くというのが正しいだろう。頭も体も心も強烈な業火で熱しているかのように火照って仕方がない。それと同時に戦いを前にして不意に自分の頬が緩むも感じ取れた。
なぜか、なぜだか分からないが、戦いが、闘いが、待ち遠しくてたまらない。闘争の本能が俺の脳を刺激する。さあ、早く戦え。力の限り暴虐を貪り喰らえと囁きかける。
体内時間の流れが正常に戻ると、疾駆し、迫り来る狼を尻餅をついたままの体勢で向かい打つ。
倒れてもなんとか手放さずにいた短剣を乱暴に横振りして牽制。鼻を掠めるように振るったそれは直撃こそしなかったものの距離をとらせることには成功。数メートルの距離を保ったままグルルゥと唸り声をあげ、畜生の分際で生意気にも威嚇してくる。だが、それがまた俺の戦意を大いに煽る。
「クソ犬がァ……人間様に、逆らってんじゃネェゾ!!」
ユラリと何事もなかったかのように立ち上がり、叫ぶ。口の悪さは承知している。けれどまるで昔に戻ったみたいに自然と口をでてしまうんだ。どうしようもないくらいの高揚と、解き放たれた自らのリミッターを抑制できる気がしない。
思うがままに俺は吼える。狂ったように。狂人のごとく。沸き立つ力の奔流を口に溜め込んで、吐き出す。
「ウオォォォォォ!!」
獣よりも獣らしく荒々しい咆哮に狼たちは身を縮こまらせ、萎縮する。
「――死ネェェェ!」
体を竦ませ、大きすぎるほどの隙ができた敵――狼たちを見逃してやるわけもなく、俺は罵声を吐き捨てながら短剣片手に地面を蹴る。
ニヤリ。口角を釣り上げながら身体をめぐる力の流れを感じるままに脚と、そして腕に集中させる。
その次の瞬間、脚と腕に炎でも着火したのでは? と錯覚するほどの高熱を感受した。だが、それを対価に両手両足にパワーが漲る。滾るパワーを短剣を伝って狼の顔面に叩き込む。
肉を叩き、骨を砕く感触。グチャリと肉をえぐる不快な感覚が伝達してくるが、【狂戦士】のスキルを発動させ、興奮状態に陥った俺はそれでも気にせず追撃を加えていく。
「ガアァァァァァ!!」
――次、次、次。まだ足りない。もっとだ。もっと戦いを、血を、俺に捧げろ。楽しませろ。
立場はついに逆転し、気の狂ったように狼たちを襲い続ける。武器である短剣は刃こぼれを増やし、刀身が半ばで折れてもそれがどうした、と皮を裂き、肉を斬る。
【狂戦士】のスキルは時間制限制だったようでスキルが自動解除された時、俺の目は血に濡れた十を優に超える狼の死体が黒い靄となって消えていくのを捉えた。
そして、頭に響くアナウンスに気をとられる暇もなく視界がブラックアウト――暗転した。




