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清隆学園の夏休み  作者: 池田 和美
8/15

幕間・④

 大都会の夜景が眼下に広がっていた。

 色とりどりのネオンサイン、そして行き交う自動車のヘッドライト、テールライト。

 照明が暗めに抑えられているためか、ガラス越しのその黒い風景に自分の顔が写っているのに藤原由美子ふじわらゆみこは気がついた。

(あたし、何してるんだっけ)

 心のどこかで何かの違和感を感じながら、きれいに磨かれたガラスに写った自分の姿を見ていた。

 薄い口紅を引いた唇、アイシャドーの色は紺。もともとの白い肌にはファンデーションをおさえて頬紅は明るくしていた。

(これが、あたし?)

 高校生の頃からに比べて大人になった自分が、アイシャドーの色と揃えたナイトドレスを身に纏い、窓際のテーブルに座っていた。あの頃はセミロングにしていた黒髪も、いまでは伸びて腰までのロングヘヤーとなっていた。

 そんな『美人』になった自分が、ちょっとだけ行儀を悪くして、テーブルに片肘をつくと、そこへ形の良い顎を乗せていた。

(ここは、どこだっけ?)

 そう思っても周りをキョロキョロと見まわすことはせずに、ガラスに写った風景を観察することにした。その行為があまりにも似合わないカジュアルな雰囲気に包まれた場所だと思ったからだ。そうすると間もなく風景の中を、白い制服を着たボーイが、足音をさせずに銀の盆を持って通り過ぎて行った。

 どこかのホテルのレストランのようだ。

(そうだ今日は私の誕生日で、祝ってくれるからって言うから仕事終わりに来て…。)

「やあ、ごめん」

 向かいの席に誰かが着いた。

(この声は確か聞いたことがある)

 相手が遅刻してきた事に腹を立てているので、意地悪して振り向いてやらないのだ。

「仕事がなかなか抜けられなくってさ。ほら、前に話した電子誘導の計算がね、実験段階に移行するから…」

 言い訳を途中でやめて、不安そうに訊いてきた。

「怒ってる?」

 確かに聞いたことがある声の主が誰であったか知りたくて、由美子はテーブルの向こうに顔をやった。

 そこには黒い背広を着けた郷見弘志さとみひろしが座っていた。

 高校生のころの中性的な魅力をそのままに、線の細い体格の上に美形と言ってよい顔が乗っていた。彼も髪は伸ばしており芸能人のようにウェーブを描く形で固めており、頬や唇は化粧品を使っているのではないかという艶やかさだった。

 なにか科学的な単語を口にするよりも、派手な世界の表舞台を仕事に選んでいてもおかしくない外見であった。

(なんで、このバカがここに?)

 由美子の口は、そんな彼女の思考とは別に勝手にしゃべり出していた。

「忙しいのは判るけどさ、恋人の誕生日祝いぐらいは遅刻しないでよね」

(ええっ? 今あたしなんて言った?)

 混乱している思考とは別に腕が勝手に動いて、テーブルの向こうに座る弘志の首にのびた。

 清隆学園高等部の図書室近辺では首を絞めていた相手の胸元へ行き先を変更した。

「曲がってるわよ。どうせそこまでノータイで来て、慌てて締めたんでしょう」

「あ、ばれた?」

 全然悪びれない様子で笑顔を見せ、由美子の手が離れてから指を立ててボーイを呼びつけた。

「郷見さま、そろそろよろしいでしょうか?」

「ああ、うん。お願いするよ」

 高級の上に超が二つ以上つくような店である。ボーイが一人一人の常連客の名前をそらんじているのだ。

「誕生日おめでとう」

「ありがとう」

 弘志の心からの笑顔に動揺しつつ、表情はまだ怒ったままだ。女だったらそう簡単に譲歩してはいけないのだ。

「何歳になったんだっけか?」

 高校生の頃ならば袋だたきにするような質問をする。じっと睨むと弘志は首をすくめた。

「たしか十八歳だったよね」

「未成年がこんな店に来れるわけないでしょう」

 静かに言い返した。

 ドレスコードもあるようなレストランである。金銭的にも未成年は無理であろうことが容易に想像がついた。

 その時、銀色のワゴンに乗ってワインが運ばれてきた。

 ソムリエがノルマンディの年代物だとか蘊蓄を傾けながらコルクを抜き、大きいワインフラスコにわざと渦を巻かせながら注ぎ込んだ。

 芳醇な香りが引き立つようになった頃合いを見て、二つのワイングラスに注ぎ分けた。

 由美子はグラスの首をつまんで差し上げた。

 乾杯の挨拶で何を言おうかとちょっとだけ手が止まった。

「またお婆ちゃんに近づいた記念に」

「またそういうことを」

 弘志はあからさまに眉をひそめてみせた。それから気を取りなおして、笑顔を浮かべて自分の分のワイングラスを持ち上げた。

「じゃあ僕は、これ以上君を好きになりませんように」


 新宿百人町の高級マンションの一室に魂からの悲鳴が響き渡った。



「つまりだな」

 怪しい機械の前で科学部総帥の御門明実みかどあきざねがニヤリとマッドサイエンチスト的な笑いを浮かべて、清隆学園高等部の制服の上から羽織った白衣の裾を夜風にはためかせながら振り返った。

 彼は清隆学園高等部に在籍しながら、数々の工業的パテントや化学的パテントを複数持つ天才である。今のところ「明日のノーベル賞受賞者のさらにその候補」と学内で噂されていた。

 化学実験室にこもっていなければ、研究書を読みに図書室へ顔を出すので、常連たちとは顔なじみであった。ちなみに由美子や弘志とは同じ学年であった。

「藤原も生物であろうから、色気がつけば少しは暴力性が抑えられるのではないかと考えたわけだ」

 明実が自慢する怪しい機械は、彼の後ろに停められたママチャリの前カゴに搭載されたままで、全体から静かに怪しい音を立てて、コンソレットにある怪しいメータ類が、バックライトであろう怪しい光を、これまた怪しく明滅させていた。

 夜の暗闇の中に立つマッドサイエンチストと、怪しい機械。いつ反対側の暗闇から南光太郎が出てきて「おのれゴルゴムの仕業か」とか言い出してもおかしくない雰囲気であった。

「しかし残念だが奴は雄だぞ」

 断言するのは不破空楽ふわうつら。手には日本酒のワンカップ。そして非常に眠そうだ。

 読書と居眠り、そしてアルコールを愛する空楽を、こんな深夜の新宿百人町で、しかも活動している姿が見られるなんて、非常に希有なことかもしれなかった。

「性別など関係がない。感情を寄せた相手を、人質に取るなりなんなり、どうとでもなる」

 怪しくニヤリと断言する明実。それと同じような表情をした人物が隣で言い切った。

「この『睡眠洗脳学習電波発生装置』にかかれば、姐さんといえどもイチコロだ」

 その少女のような顔とはかけ離れて化学実験と下ネタが大好きという、残念な美少年郷見弘志さとみひろしである。

「藤原さんが想いを寄せる相手…」

 横にいた銀縁眼鏡の少年、権藤正美ごんどうまさよしが寄り目になって、想像しようと試みた。

「想像がつかない」

 そのまま頭を抱えてみせた。

「大丈夫だ」

 妙に自信たっぷりの弘志。

「この科学部が総力をあげて開発した素晴らしい装置は『睡眠逆学習装置』といってだね、ターゲットになった者が一番『敵』と認識している相手を、その認識とは逆に、一番ラブラブになるような夢を見るようになっているんだ」

 不安げに正美が弘志を見る。弘志はムキになって説明した。

「つまり、この装置で造られた夢を毎日毎日見れば、姐さんといえども『実は自分はあの人のことが好きだったのね』と誤解するようになる。そしてどこかの誰かが迷惑にも姐さんの想い人となり、そいつが地獄の日々を送るようになる。その結果、我々に平穏な日々が訪れるわけだ」


 …。


「奴が敵だと思っているのは俺たちじゃないのか?」

 口数が少ないくせに一言多い空楽が指摘した。

 その横で正美が、妙な作った笑顔で言った。

「それもさあ。きっと弘志、オマエだよ」


 …。


「スイッチを切れ!」

 弘志が明実を押しのけて機械に飛びつこうとしたが、その行動を予測していたというタイミングで、空楽が弘志を後ろから羽交い締めにしていた。

「弘志、俺らの平和のために生け贄になってくれ」

「人柱かも」

「それ出力アップ!」

「ほお、人ンちの前でなにをしてンのかな?」

「あれ? 聞いていなかったの? 藤原さん」

「聞いてたよ。ふっふっふっ」

「あれ?」

 一同はいつの間にか一人増えていることに気がついた。

 座敷童ざしきわらしだったら問題は無い、しかしそれは、ポキポキと指の関節をならしている、パジャマにジャージを羽織った由美子だった。

 彼女は静かに嗤っていた。

 あわてて媚びた声を四人は出した。

「あ、姐さん誕生日おめでとう」

「ほ、ほらぁ、僕たちは藤原さんに楽しい夢を贈ろうとして…」

「いつも図書委員会の副委員長の職務で疲れているだろうから、それを労ろうと…」

「…じゃ、俺、帰るわ」

「まて空楽。ひとりで逃げるな」

「『必殺アームストロングパンチ!!!』」


 今度は新宿百人町界隈に魂からの悲鳴、それと骨の砕ける音が鳴り響いた。


幕間4・おしまい



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