第8話 三人での食事
紗奈は、無事にハンカチを渡せただろうか。
それから、御手洗先輩とはどうなったのだろう。
昼休み、用を済ませて洗面台で手を洗いながら、俺はそんなことを考えていた。紗奈からは、贈り物を渡したという連絡も、その後の報告もない。
そのとき、隣の洗面台に人が立った。
「あれ、和真君だよね?」
「あ、はい。お疲れさまです、御手洗先輩」
まさか、こんなところで会うとは思わなかった。
軽く挨拶を交わし、先輩が手を洗い終えたところで、ふとその手元に目が留まった。
御手洗先輩が手を拭いていたのは、見覚えのある淡い青色のハンカチだった。
「あ、そのハンカチ……」
「ああ。紗奈ちゃんからもらったんだ。和真君も一緒に選んでくれたって聞いてるよ。ありがとうね」
「いえ、俺は何も。紗奈に相談されただけです」
「それでも、選ぶのに付き合ってくれたんだよね? 和真君にもお礼をしたいと思ってたんだ」
御手洗先輩はハンカチをたたみ、ポケットにしまった。
「今日の放課後、紗奈ちゃんも誘って、三人で何か食べに行かない? もちろん、僕が奢るよ」
「きょ、今日ですか?」
「都合が悪かったかな」
「いえ、大丈夫です」
紗奈と御手洗先輩と、三人で食事をする。
二人が今どんな関係なのか気になる。紗奈が御手洗先輩にどんな顔を見せるのかも、見ておきたかった。
「紗奈ちゃんも、和真君が来てくれるなら喜ぶと思うよ」
紗奈も、俺がいると喜ぶ。
その言葉に、胸の奥が少し弾んだ。
◇◇◇◇◇
放課後、俺たちは駅前のファミレスに入った。
席につくと、御手洗先輩がメニューを開いて微笑む。
「今日は僕が奢るから、二人とも好きなものを食べてね」
「好きなものって言われても、ファミレスで選べるものなんてたかが知れてるじゃないですかぁ。だっさぁ」
「おい、先輩にそんなこと言うなよ」
「僕はいいよ。いつものことだから」
御手洗先輩は、紗奈の悪態にも嫌な顔ひとつしない。
「でもね……紗奈ちゃん。ここでの食事を楽しんでる人もいるから、そういう言い方はやめようね」
「……うっさぁ」
それでも先輩は明るく笑った。
「たくさん食べれば、それなりの金額になるよ。和真君も食べ盛りだし、遠慮しないでね」
「和真先輩! 高い料理頼んで、洸先輩の財布を空にしちゃいましょう」
「あはは、手厳しいな」
紗奈は八重歯をのぞかせて笑い、楽しそうにメニューを眺めている。
俺にはもう、あんなふうに悪態をついてこない。
けれど、「財布を空にする」と言ったわりに、紗奈が選んだのは、メニューの中でも値段の安い方の料理だった。そういうところに、紗奈らしさを感じる。
「でも、和真君と紗奈ちゃんって仲がいいよね。いつからの知り合いなの?」
「洸先輩、私たちの関係が気になるんですかぁ?」
紗奈は悪戯っぽく笑い、洸先輩の顔を覗き込んだ。
「そうだね。気にならないと言ったら、嘘になるかな」
「な、なんですかそれぇ? もしかして、妬いてるんですかぁ?」
「あはは、そうかもしれないね」
「……きもぉ」
紗奈の声は消え入りそうなほど小さかった。
御手洗先輩は気にした様子もなく、穏やかな笑みを浮かべていた。
「知り合ったのは、新入生の部活勧誘のときです。いくつもの部から声をかけられて、うまく断れずにいる紗奈を見かけたんです」
「部活勧誘……?」
「はい。紗奈はもともと部活に入るつもりがなかったみたいで。そのとき一緒にいた幼馴染と、『無理に入らなくてもいいんじゃないか』って声をかけたんです」
あのときはまだ、ひなたと毎日のように一緒に帰っていた。今はもう、そんなこともなくなってしまったけれど。
「そうだったんだ。紗奈ちゃん、可愛いから、きっとあちこちから勧誘されちゃったんだね」
「か、可愛いって……! そんなの、洸先輩に言われなくても分かってますけど!」
紗奈は慌てて視線をそらした。
俺にとっては、困っていそうな後輩に声をかけただけだった。
「なるほど。そんな出会いだったんだね。和真君はやっぱり優しい人だね」
御手洗先輩はそう言って、穏やかに笑った。
先輩ほどじゃないと思うけど。
しばらく話していると、紗奈が席を立った。
「紗奈ちゃん、どこいくの?」
「女性に行き先を聞くなんて、デリカシーなさすぎじゃないですかぁ? だからモテないんですよ」
「あはは。気をつけるよ」
先輩は苦笑してうなずいた。
落ち着いていて、顔立ちも整っている。男の俺から見ても、御手洗先輩はモテるタイプだ。紗奈の言葉は、あくまで彼をからかうためのものだろう。
「じゃあ、ちょっと席外しますね」
紗奈はそう言い残し、トイレの方へ向かった。
御手洗先輩と二人きりになってしまった。
……気まずい。
「少し、紗奈ちゃんのことで話してもいいかな」
「紗奈のことですか?」
御手洗先輩は、先ほどまでの穏やかな笑みを少しだけ曇らせた。
「うん。彼女はクラスでは、まだうまく馴染めていないみたいなんだ。あの一件のあと、気持ちも不安定になっているようでね。明るく振る舞ってはいるけど、無理をしてるときもある」
「そうだったんですか……」
俺は、紗奈が人と近づくのを怖がっていた姿を思い出した。
「紗奈ちゃんが本音を話せる相手は、まだ多くないんだ。和真君は、その数少ない一人だと思う。だから、これからも仲良くしてあげてほしい」
その言葉に、胸の奥がわずかにざらついた。
まるで先輩が、紗奈のことを自分のものみたいに話しているように聞こえた。
俺はそんな先輩の言葉に、少しだけ苛立っていた。




