第7話 これってデートだよな
放課後、帰ろうとしたところでスマートフォンが震えた。
画面に表示された名前を見て、思わず息を呑む。
『和真先輩、今日お時間ありますか?』
紗奈からの連絡だった。
胸が弾んだ。何度も文面を読み返してから、俺は返信した。
『あるよ。どうした?』
その後、待ち合わせ場所を決め、紗奈と落ち合った。彼女は少し緊張した様子で俺の前に立っていた。
「急に呼び出してすみません」
「いや、全然。紗奈から連絡をもらうの、久しぶりだな」
「そうですね……」
以前なら、ここで「先輩って暇なんですかぁ?」くらい言ってきたはずだ。
今の紗奈は俺をからかうこともなく、丁寧な言葉遣いがよそよそしく感じられた。
少し寂しさを覚えたけれど、あの一件のあとだ。まだ人と距離を取りたいのかもしれない。俺はそう考えることにした。
「それで、お願いがあるんです。洸先輩に助けてもらったお礼をしたくて……贈り物を選ぶのに、付き合ってもらえませんか?」
弾んでいた気持ちが、少しだけ収まった。
御手洗先輩への贈り物。そのために、俺を誘ったのか。
嫌な予感がした。それでも、紗奈は俺を頼ってくれた。
助けてもらった相手に、お礼をする。それだけなら、特別なことじゃない。
「もちろん。俺でよければ付き合うよ」
「ありがとうございます。和真先輩に相談してよかったです」
紗奈がほっとしたように笑った。
「まずは雑貨屋さんを見に行ってもいいですか?」
「わかった」
俺たちは駅前の雑貨屋に入り、並んだ商品を見て回った。
紗奈が足を止めたのは、色とりどりのハンカチが並ぶ棚だった。
「こういうのはどうでしょう?」
「いいんじゃないか。男でも使いやすそうな柄だし」
「そうですよね。洸先輩、どんな色が好きなんだろう……」
紗奈はハンカチを一枚ずつ手に取り、真剣な顔で見比べている。やがて淡い青色のハンカチを広げると、自然な笑みを浮かべた。
「男の人の好みって、全然わかりませんね」
「紗奈がいいと思うなら、それでいいんじゃないか」
「でも、私の好みで選んで、センスがないなんて言われたら嫌じゃないですか」
いつも俺を煽ってばかりいた紗奈の、柔らかな笑顔に目を奪われた。
生意気なところも可愛いと思っていたが、初めて見る表情にも惹かれる。
考えてみれば、紗奈はもともと顔立ちが整っている。普段は口の悪さにばかり気を取られていたが、こうして見ると、小柄でアイドルみたいに可愛い女の子だ。
けれど、彼女が今選んでいるのは御手洗先輩への贈り物だ。
そのことを思い出すたび、胸の奥が落ち着かなくなる。紗奈が悩んでいる時間も、笑っている時間も、全部あの人へ向かっている気がした。
「もう少し見て回ろうか」
「はい。せっかくですから、ちゃんと選びたいです」
紗奈は嬉しそうに、次の棚へ移っていく。
その後ろ姿を追いながら、俺は焦っていた。贈り物なんて渡したら、紗奈と御手洗先輩の距離がまた縮まってしまう気がした。
今回は、助けてもらったお礼をするだけだ。それで二人が付き合うわけじゃない。
それに、紗奈は俺を頼ってくれた。こうして一緒に買い物をしているのは、俺だ。
そう考えて、俺は不安を押し込めた。今はただ、紗奈と過ごす時間を楽しめばいい。
いくつかの店を見て回ったものの、紗奈が最後に選んだのは、最初の店で気に入っていた淡い青色のハンカチだった。
「やっぱり、これにします」
「最初に見たときから気に入ってたもんな」
「はい。洸先輩に似合いそうです」
紗奈はお店でハンカチを買い、紙袋を大切そうに抱えた。
「今日は付き合ってくれて、ありがとうございました」
「気にするなよ。俺も楽しかったし」
そう答えながら、俺は少し迷った。
「なあ、紗奈は……御手洗先輩のことが好きなのか?」
紗奈は目を丸くしたあと、みるみる頬を赤くした。
「そ、そんなわけないじゃないですか! ただ、お礼くらいしておかないと、あとで何を要求されるかわからないので!」
「御手洗先輩、そんな人には見えないけどな」
「いや、洸先輩って、意外と図々しいところありますし」
紗奈は早口でそう言うと、ぷいと顔を背けた。
「なんでそんなこと聞くんですか?」
「いや……なんでもないよ」
紗奈は不思議そうに俺を見つめていたが、それ以上は尋ねなかった。
今の落ち着いた紗奈も可愛らしい。それでも、以前のようなやり取りが恋しかった。
あの生意気な笑顔を、また俺に向けてほしかった。




