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第4話 気づくのが遅すぎた

 週明けの朝、誰かに肩を揺すられて目が覚めた。


「……ひな。あと五分」

「今日はひなちゃん、起こしに来てないわよ。喧嘩でもしたの?」


 思わず目を開けると、ベッド脇に母さんが立っていた。


「え……母さん? ひな、来てないのか?」

「来てないわよ。あんた、いつもひなちゃんに頼ってばかりじゃない」

 

 その言葉で、眠気が一気に吹き飛んだ。


 いつもなら、真っ先に聞こえるはずのひなたの声が、今朝は聞こえなかった。


 土曜日に見た光景が、頭をよぎる。


 ひなたと、大和が手をつないで歩いていた。


「早く支度しなさい」


 俺は慌ててベッドから飛び起きた。


 急いで身支度を済ませ、玄関を出る。門の前では、ひなたと紗奈が並んで待っていた。


「おはよう、かずくん」

「おはよう。……今日は起こしに来なかったんだな」

「ごめんね。紗奈ちゃんと外で話してて」

「……そうか」

「それに、もう高校生だし。男の人の部屋に勝手に入るのも、どうかと思って」


 そう言って、ひなたはいつもと変わらない笑顔を向けた。


 それは……大和がいるからなのだろうか。


「あれぇ? ひな先輩が起こしてくれないのが、そんなに不満なんですかぁ?」

「いや……別に……」

「そんなダメダメな先輩のために、明日からは私が蹴飛ばして起こしてあげてもいいですよぉ?」

「……遠慮しとく」


 紗奈のからかいに短く返し、ひなたへ視線を向けた。


 ひなたは何も言わず、俺たちのやり取りを見て微笑んでいた。


 土曜日のことを、今すぐにでも聞きたい。


 けれど、紗奈の前では切り出せなかった。結局、何も尋ねられないまま、俺はひなたの隣を歩き出した。


 教室に着くと、大和が俺を見つけてすぐに声をかけてきた。


「和真、ちょっといいか」


 心臓が、どくんと跳ねた。


 大和に連れられて、人気のない廊下の隅へ移動する。そこで彼が嬉しそうに切り出したのは、土曜日のことだった。


 思い切ってひなたに告白すると、彼女はしばらく悩んだ末に、首を縦に振ってくれたのだという。


「和真のおかげで、ひなたと付き合えたよ。本当にありがとな。俺、ひなたのこと、絶対に大事にするから」


 大和は、もう「ひなたちゃん」ではなく、「ひなた」と呼んでいた。


 その後も大和は何か話していたが、少しも頭に入ってこなかった。


 俺は、大和の言葉にちゃんと返事をできていただろうか。


 放課後、俺は寄り道もせず家に帰った。


 日が暮れた頃、開けていた窓から、隣の家の前で話す声が聞こえてきた。


「今日はありがとう、大和くん」

「ううん。俺も楽しかったよ。また明日な、ひなた」

「うん。また明日」


 大和の足音が遠ざかっていく。


 俺は玄関を開け、ひなたに声をかけた。


「ひな」

「あ、かずくん。ちょうど今、帰ってきたところなの」

「……大和と寄り道してたのか?」

「うん」


 ひなたは、まだ楽しそうな笑顔を浮かべていた。


「大和と付き合うことになったって……聞いた」


 ひなたの笑顔がわずかに曇り、気まずそうに目を伏せる。


「うん……」

「そうか」


 短い沈黙が落ちた。


「家の前で話すのもなんだし……近くの公園に行かないか?」


 ひなたと俺は、子どもの頃によく遊んだ小さな公園へ向かった。


「この公園に来るの、久しぶりだね」

「そうだな。小さい頃はよく来てたよな」


 古びたベンチに、少し間を空けて腰を下ろす。


「大和くんから聞いたと思うけど……私、大和くんと付き合うことになったの」

「……おめでとう、ひな」


 本当の気持ちを押し殺して、俺は祝福の言葉を口にした。


「私、たぶんずっと、かずくんが好きだったの」

「…………」


 思いがけない告白に、俺は返事を見つけられなかった。


「でも、かずくんの周りにはいつも女の子がいて……私なんかじゃ、って思ってた。気にしないふりをしてたけど、思ってた以上につらかったみたい。ひとりで泣いちゃうこともあったんだ」

「……ひな」

「でもね、大和くんは言ってくれたの。私だけだって。誰よりも好きだって」


 ひなたの瞳に、涙が浮かぶ。


「すごく迷ったの。かずくんへの気持ちも大切だったから。でも、大和くんと一緒にいると、私のことをちゃんと大切にしてくれてるって感じた」

「大和は……いいやつだから」

「うん。そうだね」


 ひなたは涙をこらえるように、そっと目を伏せた。


「私、大和くんといたら幸せになれる気がする」


 そう言って、ひなたは照れくさそうに微笑んだ。


「それでね……朝、かずくんを起こしに部屋へ行ったり、一緒に登校したりするのは、やめようと思うの。大和くんに変な誤解をさせたくないから」

「……そっか。そうだよな」


 それしか言えなかった。


 本当は俺もひなが好きなんだと言いたかった。これまでどおり、朝は俺を起こしに来て、隣を歩いてほしいって。


 でも、今さらそんなことを言ってもひなたや大和を困らせるだけだとわかっていた。


 ひなたの目には、もう俺は映っていないのだから。

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