第3話 奪われた幼馴染
翌朝、ひなたと一緒に教室へ入ると、大和が自分の席で教科書を整理していた。
「おはよう、和真。ひなたちゃんも」
「おはよう、大和くん」
ひなたは小さく会釈して、自分の席へ向かう。鞄を机の横に掛けた拍子に、持ち手につけたキーホルダーが揺れた。
「あれ、それって……ミセスゴールドキウイのグッズ?」
大和に声をかけられ、ひなたが振り返る。
「えっ。大和くん、分かるの?」
「うん。俺、けっこう好きなんだ」
ひなたは驚いたように目を瞬かせ、それからキーホルダーにそっと触れた。
「私も好きで……。でも、周りに知ってる人があまりいなくて」
「そうなんだ。俺、この前のライブにも行ったよ」
「えっ! あのライブ行ったんだ」
ひなたの声が、わずかに弾む。
「どうだった? やっぱりすごかった?」
「ああ。生で聴くと、音の迫力が全然違うんだ。特に最後の曲がよくてさ」
「最後の曲って、もしかして、あの曲?」
「そう。まさか最後にあれが来るとは思わなかったよ」
「いいなあ。私も生で聴いてみたいな」
ひなたは身を乗り出し、ライブの様子を尋ねた。普段は控えめな彼女の声が、話すうちに少しずつ弾んでいく。
「私、あの曲の歌詞が好きなの。落ち込んでるときに聴くと、元気が出るよね」
「分かる。俺もあの歌詞、いいと思う」
二人の会話が弾み始めたところで、ひなたが俺の方を向いた。
「かずくんも、たまに聴くよね?」
「曲は知ってるけど、別に好きってわけじゃないかな」
「そ、そうだよね」
ひなたは少し寂しそうに微笑むと、大和の方へ向き直った。
「ライブでは、ほかにどの曲を歌ったの?」
大和が答えるたび、ひなたは嬉しそうに相づちを打つ。好きなバンドの話をする彼女は、いつもよりずっと饒舌だった。
◇◇◇◇◇
それから数日後、ゲームの新作発売イベントが開かれることになった。
発売を楽しみにしていた俺は、昼休みに大和を誘った。
「今度の土曜、新作ゲームの発売イベントに行かないか? 限定グッズもあるらしいぞ」
「悪い。その日は予定があるんだ」
「そうか。まあ、仕方ないな」
「最近、あんまりゲームできてなくてさ」
大和は申し訳なさそうに笑った。
「気にするなよ。俺は一人でも大丈夫だ」
「ごめんな。楽しんできてくれ」
その後も、ひなたと大和が話しているのを見かけることはあった。けれど、俺はそれほど気に留めなかった。
ひなたは俺の幼馴染で、大和は俺の親友だ。二人が仲良くなったところで、何かが変わるわけじゃない。そう思っていた。
◇◇◇◇◇
イベント当日。会場は大勢の人で賑わっていた。
「たまには……ひなにお土産でも買っていくか」
ひなたが好きそうな小さいマスコットのキーホルダーを買う。
自分の目当てのグッズも手に入れ、新作の試遊も楽しんだ俺は、満足して会場を後にした。
駅へ向かう途中、見覚えのある二人の姿が目に入った。
ひなたと、大和だった。
二人は並んで歩きながら、楽しそうに話している。
そして――ひなたの手は、大和の手とつながっていた。
指まで絡めた二人の手を見て、俺は足を止めた。
大和が何かを言うと、ひなたは照れたように笑う。その手を離そうとはしなかった。
うそだろ……。
ひなたは、大和のことが好きだったのか?
少なくとも、俺にはそんな素振りを見せていなかった。
ひなたはずっと俺のそばにいて、何かあるたび俺を頼ってきた。朝になれば起こしに来て、俺が冗談を言えば顔を赤くして――それが当たり前だった。
ひなたは俺のことが好きなんじゃなかったのか?
俺にとって、ひなたは可愛い妹のような存在だった。これからも、当たり前のように俺の隣にいてくれると思っていた。
なのに今、ひなたは大和と楽しそうに歩いている。
胸の奥に、どうしようもない喪失感と悔しさがこみ上げた。
「付き合ったのか……俺に何も言わずに」
大和に出し抜かれた。あいつが、ひなたを俺から奪った。
なんで大和の手を取るんだよ。
ひなたが大和を受け入れていることにも、怒りが込み上げてくる。
そのときになって、ようやく気づいた。
俺は……ひなたが好きだったんだ。
控えめなところも、俺の話を優しく聞いてくれるところも好きだった。
俺は現実を受け入れられず、その場から逃げ出した。




