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第19話 救い

「ごめん……ごめん、ひな……」


 同じ言葉ばかりが、口をついて出た。


 目の前で泣いているひなたを見ると、罪悪感でどうにかなりそうだった。


 いつも向日葵《ひまわり》のように笑う、純粋で優しい幼馴染。


 俺の冗談に頬を赤くして、どんなときもそばにいてくれた。


 今日だって、俺を心配して部屋まで来てくれたのに。


 その優しさを、俺は踏みにじった。


 最低で最悪の行為。


 いくら謝っても、もうひなたと笑い合っていた頃には戻れない。


 取り返しのつかないことをした。


 このあと、どうなるのだろう。


 物音に気づいて母さんが来たら。この部屋で泣いているひなたを見たら。


 ついさっきまで、いつものように彼女を迎えていた母さんは、俺にどんな顔を向けるのだろう。


 ひなたの両親にも知られる。小さい頃から、俺のことまで可愛がってくれた二人だ。


 大切な娘を俺が傷つけたと知ったら、何と言うのだろう。どれほど憎まれても仕方ない。


 警察を呼ばれるかもしれない。学園にも知られるだろう。ひなたにも、大和にも、もう合わせる顔がない。


 家にも、学園にも、俺の居場所はなくなる。


 終わったんだ……すべてが。


 明日からどう生きていけばいいのか、何も浮かばなかった。


「俺……なんでもするから……一生かけて償うから」


 声が震えた。


 今さらそんな言葉で、何を許してもらおうとしているんだ。


 俺が何を言っても、ひなたを傷つけた事実は変わらない。


 彼女を慰めようと伸ばしかけた手を、俺は引っ込めた。


 何もできずにうつむいていると、肩にそっと手が触れた。顔を上げようとしたときには、ひなたの腕が俺の背中に回っていた。


 ひなたは涙を拭わないまま、俺を抱きしめていた。


「かずくん……ずっとつらかったんだよね」

「ひ、ひな……?」


 耳元で、彼女の声が震える。


「ごめんね……こんなになるまで、何もしてあげれなくて」

「なんでひなが謝るんだよ。俺は――」

「私……やっぱり、かずくんの隣にいる」

「……え。それって……」

「大和くんとは別れる。こんなことになって……もう、彼の隣にはいられないから」


 ひなたはそっと腕をほどき、赤い跡の残る自分の身体に視線を落とした。


「ごめん……ひな。なのに、どうして……こんな俺のそばに」

「大丈夫。私が……かずくんのすべてを許してあげるから」


 そう言って、ひなたは再び俺を抱きしめた。

 

 何もかも失った。自分の人生も、もう終わった。そう思っていた。


 それなのに、ひなたは隣にいると言ってくれた。


 許してもらえるはずがない。そう思う一方で、その言葉にすがりたかった。


 涙が止まらなかった。


 今の俺には、ひなたの言葉だけが、たった一つの救いに思えた。


◇◇◇◇◇


 その後、ひなたは本当に大和と別れ、以前のように俺のそばにいてくれるようになった。


 あの夜のことは誰にも話さず、大和には「自分の本当の気持ちに気づいた」とだけ伝えたという。


 大和は「そんな気はしてた」と言って、別れを受け入れたらしい。


 あれほどひどいことをした俺を、ひなたは見捨てなかった。隣に座り、話を聞き、優しく笑いかけてくれる。


 誰かと付き合うことばかり考えていたのに、今はひなたと何気ない時間を過ごすだけで、心が温かく満たされていく。


 ひなたを傷つけた事実は消えない。これから一生をかけて、償っていこうと思う。


 今度こそ、彼女だけを大切にする。ひなたがそばにいてくれることを、もう当たり前だと思いたくない。


 隣で微笑む彼女を、必ず幸せにする。俺はそう心に誓った。


◇◇◇◇◇

 

 学園へ続く並木道を、ひなたと手を繋いで歩いていた。


「どうしたの? かずくん」

「いや……幸せだなって思ってさ」

「えへへ、私もだよ」


 ひなたが、繋いだ手をきゅっと握った。


「こんな俺と一緒にいてくれて……ありがとな」

「もう! そのことは忘れてって言ったでしょ?」


 強い風が吹き、ひなたの髪を揺らした。


「これからは……ひなに救われた分、俺がひなを幸せにしていくんだ」

 

 そう……すべてを許されて本当の愛を知った。


 くだらない恋人探しなんて、もう必要ない。


「この先、何百回、何千回と生まれ変わっても、俺がひなを幸せにするからな」

「もう、なにそれ……ほんとお(・)馬(・)鹿(・)なかずくん」

「馬鹿ってなんだよ!」

「ふふふ。言葉どおりだよ!」


 照れ隠しに笑うひなたを心から愛おしいと思う。

 

「好きだよ……ひな」


 今度は、自分の口にした「好き」を、迷わず信じることができた。

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