第17話 俺の青春は終わった
『あたし、和真とはもうゲームしたくない』
乃亜の声は、さっきまでの泣き声よりも静かだった。その静けさが、かえって胸に刺さる。
「待ってくれ、乃亜」
『もういいよ。歩久ともちゃんと話したいし、今日は切るね』
乃亜が通話を切ろうとする。
「俺は乃亜のことが好きなんだ!」
考えるより先に、声が出ていた。
通話の向こうが静まり返る。
『……え?』
乃亜の戸惑った声を聞いて、俺は一気にまくしたてた。
「歩久にあんなことを言ったのは、本心じゃないんだ。乃亜と二人で遊んでた時間に歩久が入ってきて……邪魔されたような気がして、つい」
『和真……』
「歩久のことだって、友達だと思ってる。本当だ。あんな言い方をするつもりじゃなかった」
口にしながら、自分でも都合のいい話だと思った。
歩久からの返事はない。
それでも、今はこう言うしかなかった。乃亜に通話を切られたくない。もう二度と、俺の隣に戻ってこなくなるのが怖かった。
乃亜にまで見捨てられたら、俺はすべてを失ってしまう。
今まで当たり前のように続いていた、充実した学園生活が……。
そんなことを考えていると、情けないことに涙がこぼれた。
『和真さぁ……』
沈黙を破ったのは、乃亜の静かな声だった。
『生徒会長にも告ったでしょ』
その言葉に、俺は一気に現実へ引き戻された。
『そういう噂って……すぐ広まるんだよね』
「そんな……」
『フラれちゃったみたいだけどさ……和真も落ち込んでると思って、一緒にゲームでもして気を紛らわせようと思ったのに』
責めるような口調ではなかった。むしろ、乃亜は俺を気遣ってくれていた。そのことが、余計に胸に刺さる。
短い沈黙のあと、彼女は少し迷うように言葉を継いだ。
『会長にフラれたら、次はあたしって……和真は本当にそれでいいの?』
返す言葉がなかった。
瑞希会長に告白してから、まだ日も浅い。
これでは、女子に手当たり次第に告白している、節操のない男にしか見えない。
いや、それは紛れもないただの事実だった。
『和真、そんなことするタイプじゃなかったじゃん。どうしてなの?』
「……悪かった」
『謝ってほしいんじゃないよ。何かあったのなら、ちゃんと話してよ。あたしでよかったら、聞くから』
その優しさが、今は苦しかった。
「ごめん。もう、無理だ……」
『和真、待って――』
俺は返事をせず、通話を切った。
もう、話すことなんて何もなかった。
ひなたと紗奈が俺のそばから離れると、焦って瑞希会長に告白した。会長に振られたら、今度は乃亜に好きだと言った。
ついさっき口にした「好き」が、ひどく薄っぺらに思えた。
自分の気持ちさえ、もう信じられなかった。
ひなた、紗奈、瑞希会長、乃亜。
四人に囲まれていた頃が、ひどく懐かしい。
もう、俺の青春は終わったんだ。
◇◇◇◇◇
翌朝、俺は一人で学園へ向かった。
隣にひなたはいない。家の前で待っていた紗奈も、もういない。
教室に入ると、ひなたは大和の隣で楽しそうに話していた。大和が何かを言うと、彼女は笑いながらその肩を軽く叩く。
いつも俺のそばにいたひなたは、今は大和のそばにいる。
二人がこちらに気づいた。俺はすぐに視線を逸らし、自分の席へ向かった。
乃亜は少し離れた席から、心配そうにこちらを見ていた。
その視線に気づいていても、顔を向ける気にはなれなかった。
謝るのか。もう一度、好きだと伝えるのか。
何をどう話せばいいのか考えることさえ、もう面倒だった。
誰かと向き合って、関係を取り戻そうとする気力もない。
もう、どうでもいい。
俺がこれからどうなろうと、誰が隣にいようと。何もかも、どうでもよかった。
◇◇◇◇◇
家に帰っても、何をする気にもなれなかった。
いつもなら、鞄を置くなりゲーム機を起動していた。けれど今は、コントローラーに手を伸ばす気すら起きない。
画面をつければ、乃亜や歩久のことを思い出してしまう。
ふと部屋にある漫画に目を向けるが、どうしても乃亜のことが頭をよぎる。
もう……限界だ。
学園なんて行きたくない。
ベッドに腰を下ろし、ぼんやりしていると、隣の家の方から話し声が聞こえてきた。
ひなたと、大和の声だった。
俺は窓辺に近づき、カーテンの隙間からそっと外を覗く。
家の前で、二人が向かい合っていた。大和が何かを囁くと、ひなたは恥ずかしそうに俯く。やがて、ためらうように顔を上げ――二人の唇が重なった。
息が止まった。
ひなたが、大和とキスをしている。
目をそらせなかった。胸の奥が強く脈打ち、指先が冷たくなる。
ひなたは俺の幼馴染で、ずっと俺のそばにいた。
朝、俺を起こしにきて、俺が何か言うたびに、恥ずかしそうに頬を染めていた。
なのに。
唇を離した二人は、照れくさそうに笑い合った。
胸の内側から、どす黒い感情が湧き上がってくる。
おい……ふざけるな、ひなたは俺のものだぞ。
気づけば、俺はカーテンを引き千切りそうなほど強く握りしめていた。




