第12話 もうあとはない
聞き間違いかと思った。
会長が、健君と……?
会長は頬を赤らめ、指先で黒髪をひと房つまむと、落ち着かない様子でくるくると弄んだ。
「健君と……ですか?」
「ああ。少し前に、告白されてな」
会長は照れたように目を伏せる。
「最初は驚いたよ。私のような堅物を、恋愛対象として見てくれる一年生がいるとは思わなかった」
「……そうだったんですね」
声がうまく出ているか、自分でも分からなかった。
会長は、自分がどれほど魅力的なのか分かっていない。
美人で、凛としていて、付き合いたいと思っている男子は、学年を問わずいくらでもいるはずだ。
ただ、あまりにも高嶺の花で、想いを伝える勇気が出ないだけだ。
「冗談ではないかと思ったが、『僕は本気です』と、まっすぐ伝えてくれてな。健君は生徒会の仕事にも一生懸命取り組んでいるし、悪い子ではない」
会長は黒髪を指に巻きつけたまま、小さく笑った。
「手のかかる後輩だが、どこか放っておけないんだ。頼りないところもあるけれど、そこは私が支えてやりたくなってしまう」
「それで、付き合うことにしたんですか」
「ああ。突然のことで、すぐには答えを出せなかった。だが、返事を待つ間も、健君は変わらず真剣に向き合ってくれてな」
会長の頬が、また赤く染まる。
「恋人ができたのは……初めてなんだ」
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
嫌だ……会長の初めての恋人になるのは、俺だったはずだ。
どうしてもその事実を受け入れられなかった。
「それって……恋人とは違うんじゃないですか」
「……え?」
「瑞希会長は、手のかかる後輩を責任感で面倒見ているだけなんじゃ……。それで付き合うというのは――」
言いかけたところで、会長の悲しそうな顔が目に入り、言葉が途切れた。
「そんなふうに言うのはやめてくれ……。私だって、たくさん悩んだんだ」
会長の目には、じんわりと涙が浮かんでいた。
「恋愛のことなんて何も知らない私が、健君の言葉にどう向き合えばいいのか……どれだけ必死に考えたか、和真君には分からないだろう」
会長は涙をそっと拭い、気丈に顔を上げた。まっすぐな眼差しが、俺を捉える。
「す、すみません」
「私は、責任感だけで健君と付き合うことにしたんじゃない」
会長の声には、少しずつ熱がこもっていく。
「健君はああ見えて、男らしいところもあるんだ。二つも年下なのに、私をエスコートしようと一生懸命なんだ」
「…………」
「私に頼ってばかりではいられないと、毎日努力をしている。そんな彼を……私は愛おしいと思うようになったんだ」
会長は目を伏せ、席を立とうとした。
「会長……待ってください。俺は、あなたが好きです」
口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。今さら伝えても遅い。それでも、言わずにはいられなかった。
「君はどうして……今になってそんなことを言うんだ」
会長の声が震える。
「本当は、君に生徒会に来てほしかった。君と過ごす時間が好きで、もっと一緒にいたいと思っていたんだ。でも、私の心にはもう健君がいる」
「それでも……好きなんです」
「頼むから、もう私を困らせないでくれ」
会長は伝票を手に取り、席を立った。
「和真君には感謝している。生徒会を手伝ってくれたことも、話に付き合ってくれたことも」
会長は、再び凛とした表情を取り戻していた。
「君への感謝まで失いたくない。だから……もうそんなことは言わないでくれ。君にはきっと、私より素敵な人が現れる」
そう言い残し、会長はカフェを出ていった。
すぐには席を立てなかった。俺はしばらく、会長が座っていた席を見つめていた。
◇◇◇◇◇
翌日、教室前の廊下の窓から外を見ると、会長と健君が中庭を並んで歩いていた。二人は楽しそうに話し、ときおり顔を見合わせて笑っている。
その光景を見た瞬間、胸の奥がどす黒く濁った。
本来、会長の隣にいるのは俺だったはずだ。
生徒会の書記も、会長の彼氏も。俺が手に入れるはずだった。
それなのに、健君は何もかも奪っていった。
会長目当てで生徒会に入った卑しいやつ。
可愛い顔をして、まだ子どもみたいな見た目のくせに。要領も悪くて、会長を困らせてばかりだ。それなのに、真面目で一生懸命な後輩を演じて、まんまと懐に潜り込んだ。狡い奴だ。
会長は俺のことが好きだったはずだ。本当は俺のことを待っていたはずなんだ。
それなのに、あんなチビに簡単に口説き落とされるなんて。
……会長も、案外チョロい女だったんだな。
ひなたもそうだ。幼馴染としてずっと俺のそばにいたくせに、いつの間にか俺の親友と付き合い始めた。
紗奈だって、あれだけ俺に絡んできたくせに、御手洗先輩に一度助けられただけで、あっさり鞍替えした。
俺も、もう……手段を選んでいる場合じゃない。




