第10話 隣で支えたい
その日の放課後、瑞希会長に誘われて、俺は駅前のカフェに入った。
「急に誘ってすまなかったな」
「いえ。瑞希会長とゆっくり話すのは久しぶりですから」
窓際の席で向かい合い、生徒会や授業のことを話す。会話は途切れることなく続き、気づけば会長が家で飼っている猫の話になっていた。
「私が机に向かうと、決まって膝に乗ってくるんだ。降ろそうとすると、甘えた目で見つめてきてな……」
「可愛いですね。それじゃ、なかなか降ろせないですよね」
「ああ。おかげで、家では作業が進まないんだ」
困ったと言いながらも、会長の頬は緩んでいる。
「でも、放っておけないところが会長らしいです」
「ふふ。君はそう思うのか」
会長が笑い、俺もつられて笑った。
凛とした会長も綺麗だけれど、こうして柔らかく笑う顔も素敵だった。艶のある黒髪を耳にかける何気ない仕草にも、つい見惚れてしまう。
「こんな話、ほかの生徒にはあまりしないんだがな」
「そうなんですか?」
「ああ。君といると、つい気が緩んでしまう」
会長は少し照れたように、カップへ視線を落とした。
学園中の生徒から憧れられる人が、俺の前でだけ、こんな顔を見せてくれる。そのことが、たまらなく嬉しかった。
ひなたと大和、紗奈と御手洗先輩。最近は、あの二人の隣に別の男がいることばかり考えていた。
けれど今は、会長の話を聞くのが楽しい。俺の言葉に笑ってくれるのが嬉しい。胸に居座っていた重苦しさが、少しずつほどけていく。
「今日は、和真君と話ができて嬉しかった」
「俺もです」
素直にそう答えると、会長は柔らかく微笑んだ。
「君と一緒に生徒会で活動できたら、きっと楽しかっただろうな」
「……会長」
「仕事の話ばかりでなく、今日みたいに他愛のない話もできただろうから」
会長の言葉に、胸が高鳴る。
俺と過ごす時間を、会長も楽しみにしてくれていたのだろうか。
もっと一緒にいたい。会長にも、そう思っていてほしかった。
俺は意を決して口を開いた。
「瑞希会長、俺……」
「すまない。電話が入ってしまった」
会長は申し訳なさそうに席を立ち、スマートフォンを耳に当てた。短いやり取りを終えると、困ったように眉を下げる。
「和真君、すまない。今日は君とゆっくり話したくて、生徒会には私用があると伝えていたんだが……問題が起きたらしい。今から学園に戻らなくては」
「俺も一緒に行きましょうか?」
会長と、もう少し一緒にいたかった。
「ありがとう。嬉しいが、生徒会のことだからな」
会長は鞄を肩に掛けると、少し照れたように頬を染めた。
「今日は付き合ってくれてありがとう。和真君さえよければ、またこうして話す時間をもらってもいいか?」
「いつでも大丈夫です」
「そうか」
会長はにっこりと笑い、カフェを出ていった。
瑞希会長は、やっぱり素敵な人だ。凛としていて、優しくて、俺のことまで気にかけてくれる。
もっと一緒にいたい。できることなら、付き合いたい。
そんな思いを胸に、俺は会長のいなくなった席を見つめていた。
◇◇◇◇◇
あの日から、瑞希会長のことが頭から離れなかった。
上品な佇まいも、控えめな笑顔も、思い浮かべるだけで頬が緩んでしまう。
もっと会長と話したい。次に会えたら、今度こそ気持ちを伝えよう。そう思っていたのに、会長は生徒会の仕事に追われ、なかなか時間を作れずにいた。
もともと会長は、何でも一人で抱え込んでしまう人だ。生徒会の仕事で遅くまで残っていることも、以前から噂になっていた。
俺が生徒会に入って、隣で支えてあげられたら――。
どうして、もっと早く入ると決めなかったんだろう。
そんな後悔が湧いてくる。
いや、生徒会に入らなくても、会長を手伝うことはできるはずだ。
そう思い、俺は放課後、生徒会室へ向かった。
扉の前まで来ると、中から会長の声が聞こえてきた。
「健君、ここが間違っているぞ」
「す、すみません、会長」
「まったく……しょうがないな、君は」
話しているのは、俺の代わりに書記として生徒会に入った須藤君と、瑞希会長のようだった。
「それと、頼んでいた資料はできたか?」
「はい! 印刷してきました」
「……これは前回の資料だな」
「えっ。す、すみません!」
「もう一度、今回の分を確認してきなさい」
「はい! すぐ取ってきます!」
須藤君が慌てて部屋を出てくる。扉の前にいた俺と目が合うと、彼は「あっ」と声を上げた。
「すみません!」
頭を下げ、そのまま廊下を走り出す。
「こら、健君! 廊下は走るな」
「は、はい!」
元気な返事が遠ざかっていく。会長は小さく息をついた。
「瑞希会長、大変そうですね」
「和真君、来てくれたのか」
会長の表情が、ぱっと明るくなった。
「健君はやる気こそあるのだが、どうも要領がよくなくてな」
会長は苦笑しながら、肩を回した。
「お疲れさまです」
「後輩の教育も、立派な仕事のひとつだからな」
そう言って微笑む会長は、いかにも会長らしかった。
「そうだ。よかったら、これをどうぞ」
俺は持っていた袋を机に置いた。中には、ペットボトル飲料が数本入っている。
「差し入れです。生徒会の皆さんで飲んでください」
「ありがとう、和真君。気を遣わせてしまったな」
「いえ。会長も忙しそうですし、何か手伝えることがあれば言ってください」
会長は一瞬、目を見開いた。それから、穏やかな笑みを浮かべる。
「和真君……」
その声は、いつもより少し柔らかかった。
会長が何かを言いかけた、そのとき。
「会長! 今度はちゃんと確認しました。こちらが今回の資料です!」
勢いよく扉が開き、須藤君が戻ってきた。
もう少しだけ、二人で話していたかった。そう思ったのは、俺だけだったのだろうか。




